第22話 本物の有能と、天然語句

 ベッドの端に縛り付けられている中、ジンは隣で項垂れるソカに声をかけた。


「大丈夫ですか? あと少しの辛抱です。しっかりと自分を持ってください。貴方は故事由来の四字熟語、【四面楚歌】でしょう?」


 自らを取り戻せと言わんばかりのジンの言葉に、ソカが天井を見上げる。その目には涙が浮かんでいて、「ぼくは……」と呆けたような声が出た。


「貴方は不運でもなければ、人の不幸から生まれた故事でもない。確かにその〈意味〉は孤立無援な様子を喩えたものですが、その先に敗北があると、誰が決めたのですか?」

「え……?」


 自らの〈意味〉を励ますような言葉を、ソカは初めて聞いた。


「たとえ孤立無援の状態であろうとも、は、そこから這い上がってきたのではないですか? どんなに命の危機にさらされようが、貴方は今この時を生きている。それは、貴方が勝ち続けてきたという証拠の他ありません」

「ぼくは……そうだ、僕はまだ、敗けちゃいない……!」


 その言葉に奮起され、ようやくソカは自分を取り戻した。はっと我に返り、隣で同じく縛られている〈語句〉の存在に気がついた。


「あ、あなたは、『組摘』の課長さんじゃないですか……!」

「ええ。【一網打尽】と申します。あの夜以来ですね、【四面楚歌】さん」


 その体は小さいが、随分大人びた笑みを浮かべるジンに、「裏雀荘を摘発した時の……」と、ソカがその時の苦々しい思い出を振り返る。


「……って、体中、傷だらけではないですが! 大丈夫ですか? すぐに治療を……!」


 どうにか縄を解こうとするも、二語句ともガチガチに縛られている。どうにもならない現状に、ずんとソカが落ち込んだ。


「僕は役立たずだ……」

「そんなことありませんよ」


 一挙一動が可愛らしく思うも、ジンは大人の対応で微笑んだ。


「私のことは気になさらなくても大丈夫です。それに、あの裏雀荘事件はまだ、解決していません。今なお捜査中です。私は今は別件の――美麗語句連続失踪事件の捜査で動いています。まあ、こうして敵の懐に飛び込んでみたは良いですが、この事件の裏に潜む闇は、思っていたより大きかったようです」


「え? この事件の裏に潜む闇?」


「ええ。あのクローゼットの中には、【韋編三絶】により騙された美麗語句達が監禁されています。当初はそれだけの罪かと思っていましたが、どうやらもっと大きな組織と裏で繋がっていたようです」


 そこまで言うと、ジンは自らを縛る縄をブチッと千切った。


「ええっ? ガチガチに縛られている状態でっ? その体のどこにそんな力が……?」


「私は【一網打尽】ですよ? 縄であれ鎖であれ、捕縛術にかけては誰にも敗けません。捕縛が出来るのだから、解縛が出来て当然でしょう?」


 そう言って、ソカを縛る紐を、いとも簡単に解いてみせた。ようやく自由の身となったソカが、「うわぁ、本物の有能さんだぁ」と、一種の憧れの目でジンを見つめる。


「はは。貴方は……君は面白い〈語句〉ですね、ソカ君」


「うっ……! そ、そうか。この〈語句〉は【一】族。僕なんかよりもずっと年上だった……」


 改めてその事実と向き合い、「いつぞやは色々とご無礼なことを言って、すみませんでした」と謝った。


「いえ。この世界のすべての〈語句〉を護ることが、僕の使命ですから」


 一人称が私から僕へと変わったことに、ほんの少しジンの素を見た気がした。


「【一網打尽】さん……」

「できれば、ジンと呼んで頂ければ」


 紳士的な態度に、ソカはごくりと息を呑んだ。


「じ、じん、……さん」

「さん付けなどしなくても良いのに」

「い、いえ! さん付けさせてください! せめてもの敬意は示させてください!」


 赤面するソカが畏まる。


「分かりました。ではソカ君、君は僕と共に来てください。この胸糞な事件の全容解明のためにも、君には証人となってもらわなければなりません」


「はい! 僕も一探偵として、あの胸糞語句野郎を豚箱に放り込む協力は惜しみませんよ! あのクソ野郎と、それからあの謎の美青年、二語句まとめて取っ詰めてやるっ……!」


 息巻くソカに、ジンがポカンと首を傾げた。


「あの、ソカ君……。君は『快刀乱麻探偵事務所』の探偵さんなんですよね?」


「ええ! 僕は『快刀乱麻探偵事務所』の専任探偵の一語句です!」


「な、ならば、【韋編三絶】のマネージャーである【春花秋月】の正体が何者か、気付いていらっしゃるでしょう?」


「え? あの美青年の正体? いいえ? 誰なんです?」


 至極真面目な会話をしているつもりのソカに、ジンは面食らった。


(ボケては……いないよな、さすがに。思っていた以上に天然なのか……?)


 様々な疑惑は生じるも、ジンは口角を上げると、ソカの為に一から説明を行う決意をした。


「よく聞いて下さい、ソカ君。【春花秋月】の正体、それは――」



 シュウゲツが運転する車の助手席から、廃材の摩天楼である『飛燕城ひえんじょう』を見上げるイヘン。車を降り、城の守護者である〈語句〉に、『飛燕城』の絶対の王への謁見を求める。


 謁見許可を得たイヘンの後ろを、彼のマネージャーであるシュウゲツが続く。そこで行われる取引に、ようやくその時が来たと、シュウゲツはほくそ笑んだ。


 その腕には、緑色のリストリングがはめられている。


【月】を背に、廃材を積み上げた玉座に座る、一人の〈語句〉。


「――やあ、久しぶりだね、イヘン」

「ええ。お久しぶりね、オウショウ陛下」


 恭しくイヘンが胸に手を寄せ、頭を下げる。その後ろから、シュウゲツが真っ直ぐにオウショウ――【王侯将相おうこうしょうそう】を見上げた。


「おや? 後ろにいるのはもしかして……」


「ええ。私の可愛いペットの【春花秋月】よ」


「そうか。【春花秋月】……確かソレは故語こごのはずだがねぇ」


「故語?」


「そう。ソレはもう、この世界では黒塗りされているのさ。……そう、君の雇用主、【快刀乱麻】が殺めた愛すべき〈語句〉だった女性さ」


「あの探偵アウトロー気取りの〈語句〉の? ならお前は……!」


 きっと振り返ったイヘンに、シュウゲツが「フン!」と鼻で笑う。変装の一種、銀色のカラーコンタクトを外し、緑色の瞳で対峙する男が言った。


「……ふう。ようやく自分の目で見ることが出来る。やっとこの変態胸糞野郎から解放される日が訪れたんだ。ほんっとうに長かった。これは報酬を倍にしてもらわなければ、割に合わないなぁ。まあ、色々と面白いモノも見れたし、ぼくとしては、満点の出来だと思うんだけど」


 長々と話す青年に、イヘンの怪訝な表情が怒りに満ちていく。


「……アンタ、誰なのよ?」


「ああ、申し遅れましたね。ぼくは『快刀乱麻探偵事務所』の専任探偵、――【明鏡止水めいきょうしすい】。どうです? 素のぼくの方が、イケメンでしょう?」


 悪の巣窟『飛燕城』であっても、【明鏡止水】は、並々ならぬ余裕な表情でもって、自らの素性を明かした。


■明鏡止水(めいきょうしすい)

邪心のない、明るく澄み切った静かな心境。

「明鏡」は、一点の曇もない鏡。

「止水」は、流れが静止して澄み切った水のこと。 


 

 

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