第23話 兄の心
「――え? じゃあ、あの【春花秋月】が、ウチの事務所の【明鏡止水】だと言うんですか? 変装していたとはいえ、全く気づかなかった……」
約三ヶ月にも渡って、【韋編三絶】のマネージャーとして潜入調査を行っていた、【明鏡止水】。
「確かにメイ君はイケメンだし、今回の美麗語句連続失踪事件の内偵調査には相応しい〈語句〉ですけど、まさか彼の個別案件の依頼人が、『組摘』のジンさんだったとは……」
「本来であれば、正式に『快刀乱麻探偵事務所』に依頼すべきだったのですが、今回は被疑者特定にまで時間を要しました。なかなかマル被――【韋編三絶】の尻尾が掴めず、慎重にならざるを得なかったばかりに、【明鏡止水】探偵に個別依頼させて頂いたという事情があります」
「まあ、ウチの探偵達は、個別依頼も受けていますからね。それには所長も口を挟むことはせずに、各語句に任せていますから。と言っても、メイ君のことだから、ランマさんにはある程度のところまで話しているのでしょうが」
「僕が依頼人であるということは、くれぐれも内密にしてもらうよう最初に約束しましたので、君の所長さんも僕のことは知らなかったようですが……。それよりも、今は被害者を救出するのが先です」
ジンがクローゼットを開けた。そこにいた五人の〈語句〉達に、「統監本部、暗躍組織摘発課課長、【一網打尽】です。皆さんを救出に参りました」と、正義を掲げる赤目で告げた。
「はああ。やっと帰れるっ……」
「ようやく地獄が終わるのね!」
絶望に打ちひしがれていた美麗語句達の目に、ようやく希望の光が灯った。見目麗しい語句達は、みな言葉巧みに【韋編三絶】に自宅へと招かれ、薬と恥辱により、長い間ここに監禁されていたのであった。
イヘンの自宅周辺に、サイレンと共に統監本部の捜査車両が到着した。ジンの部下達が次々にイヘンの家宅捜査と、被害者救出に取り掛かった。被害者語句達は安堵の表情を見せたが、ただ一語句、ずっと俯いている女性語句がいた。その可憐な〈語句〉に気付き、ソカが「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「え、ええ。すみません……」
怯えるような小声に、ジンの瞳が向けられた。そこに、捜査語句達が駆けつけた。
「課長、お怪我の治療を」
「いえ。必要ありません。これはここに潜入するための必要傷。致命的な裂傷はありません」
「え? じゃあ、その傷は……」
「協力者である私の探偵さんに付けてもらったものですね」
「すみません、ウチの【明鏡止水】がっ……!」
「いえ。彼から君が新しいコレクションにされたと聞き、これ以上の被害者が増えることは許せなかったもので」
「す、すみませんっ! 僕のせいでっ……!」
「いえ。前々から私の影はチラつかせていましたからね。それに、マル被が【一】族を欲していたことも、彼の報告により分かっていましたから。私が捕まれば、マル被は間違いなく動く。――そう確信していたので」
真っ直ぐに被害者たちを見据えるジンが、それまでの雰囲気とは異なることに、ソカは気づいていた。ジンが陣頭指揮を執り、捜査語句達に指示を飛ばす。
「一先ず被害者は全員、統監本部直下の病院へと搬送いたします。心身の回復後、事情聴取に移ります」
救急車が到着し、ソカを除く被害者全員が病院へと搬送されていった。
「あの、ジンさん……」
「ソカ君、ここから先は、我々『組摘』の仕事です。君は事務所に帰って、上司に無事をお伝えなさい。君の大切な同僚、【明鏡止水】探偵は、必ず我々が護ります。だから――」
「嫌です! 僕も一緒にメイ君を助けに行きます! それに、あのクソ野郎が逮捕されるところをこの目で見ないと、僕も気が済みませんから……!」
「ソカ君……」
「ジンさん……。さっきは僕にも一緒に来るよう、仰ったではないですか。急に統監本部の〈語句〉らしさを見せつけられたら、僕……」
しゅんと落ち込むソカに、ジンは度肝を抜かれた。
「僕も最後までお付き合いします。この事件の裏に潜む闇は、僕達『快刀乱麻探偵事務所』が解決してみせます」
その確信が、どこから来るものか分からない。それでもソカは、はっきりと言い切った。その熱意に、ジンもまた感化された。
「……分かりました。共にこの事件を解決いたしましょう」
「はいっ……!」
嬉しそうにソカが頷いた。その表情に、ジンが自分の胸を掴む。
(この突き動かされる感情は何だ? ……そうだ。君は彼に似ているんだ。だから僕は君を助けたいと思ったんだ……)
「――では貴方は我々と同じ車にお乗りください」
そう部下に促されて、ソカが捜査車両へと歩いていく。その遠のいていく背中に向かって、ジンが呟いた。
「……遠くに行っては駄目だ、ヨウ――」
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