第24話 【明鏡止水】

 ――満月の夜。


 摩天楼『飛燕城』の廃材の玉座の前で、【明鏡止水】は、【韋編三絶】と【王侯将相】という、二人のア行語句と対峙していた。


「まさかアンタが【明鏡止水】だとは思いもしかなかったわ? アンタは私のコレクションの中でも特に可愛がってあげたと言うのに、まさか探偵だったなんて、とんだ裏切りだわぁ?」


「そうですねぇ。ぼくは貴方のコレクション5として、主に忠実で、いつだってその欲望を叶えて差し上げてきましたからね。……ほんと、反吐が出るほど不愉快極まりない仕事でしたよ」


 緑色の瞳を光らせ、【明鏡止水】――メイがイヘンを睨みつける。


「分かっているね、イヘン。この城にボクの不愉快な〈語句〉を招き入れたんだ。その罪は、君に償ってもらうよ?」


 背後の玉座から、高みの見物と言わんばかりに、オウショウが片肘をつき、笑っている。


「ええ、分かっているわ。自分のケツは自分で拭けるもの。こんな〈澄み切った心境〉という〈意味〉しか持たないような美麗語句に、この私が敗けるはずないわ?」


「おや? ぼくら美麗語句が、心境や風景美を表しただけの〈語句〉だとお思いで? 嫌だなぁ、その偏見。どこかのだれかにそっくりだぁ」


 メイが余裕の表情を浮かべ、イヘンを挑発する。


「お前らア行語句老害が蔓延る世なんて、ぼくら『五体語』がぶっ壊してやりますよ。それがから託された願いなので」


「……フン。『五体語』ねえ。大層な肩書の割には、欠損語ばかりのように思えるなぁ?」


 嘲笑を浮かべるオウショウを、メイがじっと見上げる。


「君がその『五体語』だと言うのなら、この【王侯将相】に証明してみせるが良いさ」

 

 オウショウが人差し指を伸ばし、「マ行のヒヨッコが、崇高なるア行に勝てるというのならね」と、イヘンと戦うよう指示を出す。


「さあて、お仕置きの時間よ、マ行語句青二才


「そのツラ二度とテレビに出られないくらい、殴ってやりますよ、ア行語句変態ジジイ


 メイが両手をかざし、目を見開いた。【明】【鏡】【止】【水】の字がそれぞれ放たれ、イヘンを取り囲むように等身大の鏡が地面から出現した。四枚の青銅製の大鏡は、それぞれに四字を冠している。そこにいつの間にか、四人のメイの姿があった。


「あら、イケメン四人に取り囲まれるというのも、悪くないわねぇ?」


「その余裕、どこまで持つか見物ですよ、イヘン先生?」


【明】の鏡に映るメイがイヘンに向け、右手をかざす。その瞬間、眩い光が放たれ、その場が【明】るんだ。目潰しのような攻撃に、ぐっとイヘンも顔を顰める。


「でも残念、そんな鏡、私が壊してアゲルわ!」


 ソカの青い壁を破壊した時同様、両手をかざしたイヘンに、【止】の鏡の中のメイが嘲笑を浮かべる。鏡を破壊しようとした、その瞬間――。


「なっ……!」


 イヘンの動きがピタリと【止】まった。その場に崩れ落ちるも、まったく身動きが取れない。


「これはっ……」


「おやおや、身動きが取れない相手を眺めるというのも、愉しいものですねぇ、イヘン先生。そうやって何人もの美麗語句を縛り付け、恥辱の限りを尽くしたお前には、相応しい最期をくれてやろう」


 涼しい顔で制裁を下そうとする、【鏡】の中のメイ。


「ただぼくも鬼じゃない。最期は【水】責めか【心】責めか、お前に選ばせてやる」


「あら。随分と優しいのね、美麗語句イケメンはっ……!」


 窮地に追い込まれるも、反撃の瞬間を見計らっていたイヘンが、ぐっと両拳を握った。その直後、【明】と【止】の鏡が粉々に砕け散った。


「ちっ……!」


 今度はメイが顔を顰め、ぐっと奥歯を噛みしめる。残る2枚の鏡に映るメイは、立ち上がったイヘンがスーツについた土埃を落とす仕草に、じっと目を据える。


「【明鏡止水】……。その名を冠した攻撃は面白いけれど、やはり青二才。その『熟合度』もまだまだ低いわね。その証拠に、破壊された鏡の復元は出来ないようだし」


「ぐっ……」


「本当、何故この世界は差別対象を故事由来の〈語句〉にしたのかしらね。故事由来はその意味合いも強いから、『熟合度』だって他の〈語句〉とは比べ物にならないというのに。まあ、大方、この世界に初めて生まれた〈語句〉が、【愛】を冠する仏教派生組の祖――だったからでしょうけど。彼らは、私達故事由来の〈語句〉を、目の敵にしているものねぇ」


「ふん。いくらなんでも、仏サマに関連した〈語句〉を貶めることなど出来ないでしょう?」


「だからと言って私達が故事上がりだと揶揄される謂れなどないはずよ!」


 喚き散らすように反論したイヘンに、ぐっとメイが押し黙る。その脳裏に、同じく故事上がりだと揶揄されてきたソカの姿が浮かんだ。


「私はね、この世界に最初に創られた【愛】が、何よりも憎いのよ。何が『【愛】溢れ――』で始まる世界よ。そんな見せかけの【愛】よりも、私の愛の方がずっと尊いわ!」


 イヘンが片手をかざし、怒りのままに【水】の鏡を砕けさせた。残るは、【鏡】に映るメイのみ。愉悦を浮かべるイヘンに対し、【鏡】の中のメイが、ぐっと目を据えた。




 





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