第25話 鏡に映る月

 【明鏡止水】ことメイは、約3ヶ月にも渡る潜入調査を振り返った――。


 統監本部、暗躍組織摘発課課長、【一網打尽】から受けた個別依頼について、メイは所長である【快刀乱麻】と、潜入調査を得意とする【千変万化】には、話せる部分のみ説明を行った。


「――依頼人については、今回は秘匿性を重要視されているため、お答えできませんが、然るべき筋からの依頼です。とある事件の早期解決のためにも、被疑者とされる〈語句〉の懐に飛びこんできます。時間は要しますが、これはぼくが個別で受けた依頼です。必ず成功させてみせますので、しばらく事務所への出勤は出来そうにありません」


「分かった。ケド、お前一人で大丈夫なのか? 助っ人として……」

 

 聞くからに危険な依頼に、ランマの案じる目がバンに向けられる。


「潜入調査なら、わしの方が十八番やで? お前みたいなヒヨッコには、まだまだ荷が重すぎるやろ。せやからその依頼はわしが――」


「いいえ、心配には及びません。確かに潜入調査ならば、バン先輩の方が適任でしょう。ですが、今回は美麗語句に関わる事件。なら、この『快刀乱麻探偵事務所』で一番のイケメンであるこのぼくこそ、今回の潜入調査に相応しいのです。顔も心も澄み切ったこのぼく、【明鏡止水】以上に適任な語句はおりませんよ」


「ははは〜」とピカピカの笑顔で諭すメイに、「はああ」とランマが項垂れる。


「お前なぁ、いくらイケメンだと言っても、この潜入調査は恐らく、お前の貞操にも関わってくるだろーが。そういう危険が伴っているからこそ、探偵に依頼が回ってくるんだろ? そういう覚悟、ちゃんとあるのか?」

「分かっています。今回恐らくぼくは、奴さんにあられもない姿で犯されることでしょう」

「なら尚更わしの方が――」


 いきり立つバンの顔が迫り、メイがそれを拒絶する。しっかりと先輩二語句を見つめ、言った。


「いつまでもヒヨッコ扱いしないでください。ぼくだって『五体語』の一語句です。いつか訪れる然るべき戦いに備えて、ぼくも経験を積まねばなりません。その時に足手まといになるのは嫌なので……」


「シスイ……」


「大丈夫。ぼくは【明鏡止水】ですよ? どんなに胸糞なことをされようとも澄み切った心でいることが出来ます。何があっても、ぼくの鏡が曇ることはない。ぼくの“煌めく星”は、ある意味最強ですから。だから今回の依頼は最後までやらせてください。どういう結末になろうとも、ちゃんとここに帰ってきますから」

 

 にっこりと笑うメイに、バンが、ぐっと喉の奥を詰まらせる。それでもドカッと椅子に腰掛け、「……潜入調査は名前が命や。偽名を考えんとな」と、その覚悟に理解を示した。


「名前か。今回の案件ヤマは、美麗語句が関わっているんだろ? なら、潜入にうってつけの名前があるぞ」

「分かっとると思うけど、生きとる〈語句〉の名は使われへんねんで?」

「わーってるよ! 探偵事務所の所長だぞ、俺は! ったく……【春花秋月】。あいつの名前を使え」

「シュンカさんの? でも彼女はっ……!」


 今度はメイが急き立てられるも、ランマが首を振る。


「いーんだよ。【春花秋月】――。誰が聞いても美麗語句だろ? それに、幸の薄いサ行語句なら、奴さんもいくらか油断してくれるだろ?」


「せやな。サ行は幸薄やからな。……って、誰が幸薄やねん! サ行なめんなや!」


「まあまあ、バン先輩。サ行は苦労語句が多いってだけですから」


「うっさいわ、ボケ! このわし、【千変万化】がいるサ行が、幸薄やら苦労語句やら言われて、黙っとるわけあらへんやろ!」


「なら聞くが、ソカは幸薄じゃねーのか?」


「うっ……。幸薄……やな、あの〈語句〉は。はああ。ホンマ、あの兄貴ヅラすんの、いい加減やめてほしーわ」


「ふふ。そこがソカ先輩の可愛らしいところじゃないですか。いいなぁ、ぼくも兄弟語句がほしいなぁ」


 そんな三語句のやりとり後、メイは【春花秋月】に扮し、単独で【韋編三絶】に近づいた。元来、他の〈語句〉の心に入り込みやすい性格をしているメイにとって、イヘンを虜にさせることなど、造作もなかった。すぐに彼のコレクションとして監禁されることとなったが、その恭順さと献身的な態度から、【韋編三絶】が持ち歩くペットとして、マネージャーと身の回りの世話を兼務するようになった。


 当然、他のコレクション達もイヘンに甚振られていたが、積極的に自分に興味を抱かせるよう動いたメイによって、彼らが恥辱を受けることは少なくなっていった。


 すべては、【春花秋月】による、美麗語句連続失踪事件の被害者救出のためであった。イヘンは仕事中は男性語句として、女形の美麗語句を連れ歩いた。彼女達はテレビ局のクローゼット内に連れ込まれ、本番が終わるまで、そこで待たされた。一方プライベートでは女性語句であるイヘンは、男形の美麗語句を侍らせ、愛でた。


 そうしていくつもの証拠を集め、いざジンにそれらを提出しようとした矢先、この事件の裏に潜む、とんでもない闇を知ることとなった。


 イヘンは、あの『飛燕城』の絶対君主――【王侯将相】と繋がっていたのである。文字売買の末に、新しい四字熟語を創らんとする大罪人、オウショウと共に、まったく新しい美麗語句を生み出す算段でいたのだ。


 きっかけは、イヘンが夢見がちに語った慾望だった。


『――この世界に、私だけのために創られた〈語句〉を誕生させるの。生まれながらにして、私だけのために生きる〈語句〉。私の愛を一身に受け、その〈語句〉もまた、私にだけ愛を捧げる。そんな私だけの四字熟語を誕生させるの』


『そのようなことが可能なのですか?』


『ええ。あの男ならば、それも可能よ』


『あの男? それは一体……』


『【王侯将相】――。貴方も名前くらい聞いたことくらいあるでしょう?」


『オウショウって、あの廃材の王の? しかし、文字売買は禁止されています。それに新しい四字熟語を誕生させるなど、神をも冒涜しかねない、禁忌に等しいことですよ? そのようなことをすれば、統監本部だって黙っちゃいない』


『そうねぇ。でも、そんなこと、私達ア行語句には関係ないことよ? だって統監本部は、私達ア行語句のためにあるといっても過言ではないもの。その証拠に、私がどんなに罪を犯しても、あいつらは私を逮捕なんか出来やしないんだから』


 ゲスに笑ったイヘンからは見えないところで、メイは拳を握った。

 

 すぐにジンに報告すると、オウショウとの接触があるまで、このまま潜入調査を続けるよう指示された。携帯電話で、捜査本部にいるジンと話す。


『――ええ。分かっています。今現在、被害者はぼくを含めて六語句。これ以上被害者を増やさないためにも、早急にオウショウとの接触現場を押さえます。あと、これは貴方に言うべきか迷ったのですが、【韋編三絶】は、【一】族に並々ならぬ執念を抱いています、恐らくは……新しい四字熟語の一字として加えたい文字なのでしょう』


 そのことは、イヘンと床を共にする際に、何度も聞かされたことだった。

『――うふふ、まったく新しい四字熟語が一から始まるものであれば、あの華麗なる【一】族の名折れとなるは、必至。それが誕生した時に見せる、あいつらの屈辱に耐えかねない顔は見モノでしょうね』


『――なるほど。マル被は【一】族を欲しているのですね。分かりました。ならば、その文字売買に使われる〈語句〉として、私がその役を買いましょう』


 ジンもまた、ただならぬ執念を持って、この事件解決に動いている。そうしてジンとの段取りを決めていたところに、あの不運熟語が連れてこられたのであった。


◇◇◇

「――ああ、本当にソカ先輩は不運熟語だなぁ。でも今頃きっと、課長さん達と一緒にこっちに向かっているんでしょう。だったら、カッコイイところを見せなきゃ、美麗語句の名折れですよね。ほら、最後のお遊びです。どちらが先に逝くか、勝負しましょ? イヘン先生?」


 明らかなメイの挑発に、イヘンは卑しく笑った。


「泣いて喚いても許してあげないわよ、シー君♡」


「……キモいんだよ、変態ジジイ」

 

 いっそう強く、メイの緑色の瞳が光った。最後の【鏡】に映る満月の下には、どこまでも心が研ぎ澄まされた【明鏡止水】の姿があった。



 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る