第4話 【極悪非道】組、大親分

「――ここに来るのは、5年振りか」 


 辞書界における、激怒、暴力、非行などの【アウトレイジ】な〈意味〉を持つ語句が集う、【極悪非道】組の総本部――。広大な敷地に日本家屋や池、更にはゴルフ場まで完備されている門扉の前で、警備中の男によって、ランマは行く手を遮られた。


「何モンだ、てめえ」

「そんなに目くじら立てんなよ~。俺はただ、オヤジに借りた金、返しに来ただけだからよ~」

「何言ってやがる、てめえ。オヤジがてめえみたいなドサンピンに、金を貸すハズがねえだろ……?」

 

 睨みを利かせて凄む、顔中傷だらけの男に、はあっとランマは溜息を吐いた。


「じゃーさ、オヤジに伝えてくれよ。その三一侍さんぴんざむらいが、アンタのタマ取りに来たってよ」

「なっ! てめえっ――」

「やめろ、チョモ!」


 ランマに突進しようとした男を、門扉の横のドアから出てきたオールバックの男が止めた。


「なっ!? ドテンの兄貴っ……」

「おー。【怒髪衝天】じゃねーか。おっきくなったなー」


■怒髪衝天(どはつしょうてん)

毛髪が逆立つくらい激しく怒り狂う様。

「怒髪天を衝く」とも読む。


「三下が生意気な口を利いてすみませんでした。オヤジがお待ちです。どうぞこちらへ」

 門扉が開き、「じゃ、そーゆうコトなんで」とランマは悠々と屋敷に入っていった。

 

 紫の瞳に、黒シャツに白スーツを着るオールバックの男に先導されながら、庭に面した廊下から見る池や橋に「かわらねーな、この屋敷も」とランマが頭に手を乗せながら言った。


「さっき門の前にいた奴は、新入りか?」

「いえ、ここ2,3年の奴ですよ。【猪突猛進】と言って、元々カタギの語句だったんですが、その〈意味〉から社会に馴染めず、腐っていたところを、オヤジに拾われたんです」


■猪突猛進(ちょとつもうしん)

猪のように、一直線に目標に向かって猛然と突進すること。後先を考えずに事を進める様や、融通の利かない行動をたとえる。


「そっか。ケド、イノシシが門番やってるなんざ、ちーっとばっかし笑えねーなぁ? 暴戻ぼうれい兄弟はどーした? 昔から、門番はアイツらの仕事だったろ?」

「兄弟は集金業に昇格しました」

「そーなのか? ああ、だからここ最近、アイツらが借金の取り立てに来てたワケね」

「すみません。兄弟が無理な取立てをしたようで。オヤジもあなたに貸した金については、返してもらわなくても良いとのお考えなんですが」

「そーゆーワケにもいかねーよ。カタギになったとはいえ、俺もこの組の一員だったワケだしな。世話になった男への筋の通し方は、忘れちゃいねーよ」

「ふっ、アンタらしいですね」


 ドテンが振り返り、廊下の一番端にある障子の前で腰を落とした。その後ろにランマが立ち、ドテンは頭を垂れて「お連れしました」と障子の向こうにいる語句に声を掛けた。


「おお」という幅のある太い声が返され、ドテンが障子を開けた。

 

 部屋の中心には火鉢が置いてあって、その中で燃える黒墨を火箸で探る男がいる。


三一侍さんぴんざむらいが頭のタマァ取りに来たなんざ、随分笑えるじゃねえか。よっぽど貧乏侍の生活が窮迫しとると見えるなぁ?」


「まあ、質屋で金作ってきたことは事実だけどな」

 ランマが首を垂れるドテンの隣に立った。


「どうした? 入ってこねえのか?」

 片膝を立てながら火箸を動かす着物姿の老人に、ランマは無表情で目を据えている。


「ここは天下の任侠一家、【極悪非道】組の屋敷だ。そしてこっから先は、その【極悪非道】組の大親分――【愛月あいげつ徹灯てっとう】の絶対領域だ。よそもんになったイチカタギが、そう易々と足を踏み入れていい領域じゃねーよ」


「はっ、言ってくれるじゃねえか。カタギになったとは言え、親子の縁まで切った覚えはねえよ。ほら、さっさと入ってきな」


「いやけどよ――」


「ごちゃごちゃうるせえな。蹴り入れろ、ドテン」


「へい」


 そう言葉を返す前に、ドテンがランマの背中に蹴りを入れた。部屋に押し込まれたランマが「てめー、ドテンこのヤローっ」と喚く。


「元兄貴であろうが、オヤジの命令は絶対なんで。俺は外でジャマが入らないよう見張ってます。あとは、お二人で話されてくだせえ」

 頭を下げたまま、早々に障子を閉めた。


「ったく、誰かサンに似てかわいくねーな~」


 首筋をかくランマに、「それで、オイラから借りた金、律儀にも返しに来たってか?」と、火鉢の中からアルミ箔に包まれたものを火箸で取り上げた。


「オメーさんも食うか? 上等な墨で焼いたから、うめーぞ?」


 そう言ってアルミ箔を剥がし、中でホクホクに焼けた芋をランマに向けた。


「いや、いらねーよ。子分連中にでもやってくれ」


 ランマは姿勢を正し、先程から火鉢を探る大親分【愛月徹灯】と向き合った。


「アンタから借りた金の残り300万、耳ぃ揃えて持ってきた。途中、滞納して悪かったな。今日でキレイさっぱり完済させてくれ」

「わざわざ質屋で金宛がうなんざぁ、よほどオメーんとこの探偵連中は、無能と見えるなぁ? たった300ぽっち、事務所のモン質入れしねぇとならねえほど、経営が逼迫しとるようなら、いっそのこと、ウチに帰ってきたらどうでぃ? なんなら、オメーんとこの探偵全員、面倒見てやってもかまわねえよ?」


「バカいうんじゃねーよ。アイツらが極道なんぞ、なれるワケねーだろ。それに、ああみえて結構優秀揃いなんだぜ? ウチの探偵タチは」


 そう言うと、ランマは、にっと笑った。


■愛月徹灯(あいげつてっとう)

ものを大切にして可愛がる程度が、極めて激しいこと。

「愛月」は月を愛すること。

「撤灯」は光源となる灯りを撤去すること。

【故事】中国の唐の楚頲そていは、酒を飲みながら詩を作る宴席で、月明かりがとても美しかったので、灯りを撤去させたという故事から。



 


 












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