第7話 猫探し

 事務所では、【支離滅裂】の依頼を受けたアンが、その滅茶苦茶な依頼内容に苛立ちを募らせていた。彼の話を聴きながら、その言葉をメモ書きに残す。


「——この世界の【神】は、我々【四字熟語】に人格を持たせ、世界の終末戦争に向け、それぞれに【武器】を与えた。【神】は我々【四字熟語】に争いを強要している。明らかな【神】の欺瞞である。正義こそ、我らに在り。辞職しない政治家も、財を独り占めする金持ちもいらない。書き残された物語は、あの男が黒塗りし、この世界の真実を隠してしまっている」


「はは。ほんと、【支離滅裂】だなぁ。どうしよう……」


 困り果てたソカがそう呟いたところで、事務所のドアが開いた。この事務所の所長、【快刀乱麻】の登場に、救世主を得たようにソカが立ち上がった。


「ランマさん! もう、どこほっつき歩いてたんですか!」

「ああ、悪い。ほら、ロクのとこに質入れしてたモン、取り返してきたぞ」

 そう言って、ランマが手押し車から運んできた事務所の備品を、ソカに手渡した。

「わぁ! 僕のティーカップ! ということは、“大物”から報酬が得られたんですね!」

「当然だろ? バンの仕事に狂いはねーからな。……で、コイツは誰だ?」

 ランマの目がソファに座るシリに向けられた。目の前にはアンが座っていて、「はあ」と頭を抱えている。


「あの、この方は【支離滅裂】ことシリさんで、今回の依頼人です」

「依頼人? んで、今回の依頼内容は?」

「それが……」


 ソカが頭を抱えて苛立つアンに目を向けた。


「殺しの依頼だとさ。だからこの案件は、ぼくが受ける」

「アン、お前……」

 ランマの意味深な視線がアンに向けられる。

「分かってるさ。ターゲット以外、殺したりはしない。そういう約束だからな」

 ふん、とアンの視線がそっぽを向く。

「まあ、分かってんならイイケド。……んで、お宅は誰を殺してほしいワケ?」

 つっけんどんなランマの態度に、あれ? とソカが訝しがる。


「ターゲットは、この世界の【神】サンやと。よぉ分からん、【魔王】やら【勇者】やらが出てきて、正しく【支離滅裂】な依頼人サンやで?」

「そっか。【神】殺しを探偵に依頼するってのも、まあ、アリっちゃアリか」

「いや、やっぱりナシでしょ。……アンさん、本当にターゲットを殺めるつもりですか? アンさんは【疑心暗鬼】、本来は〈なんでもないことまで疑う状態〉という〈意味〉を持つ〈語句〉ですけど、それで殺しを生業にしていたとは、僕には思えないんです。アンさんは本当に……」


 沈鬱とするソカの表情に、ふっとアンが笑う。


「かっわいいなぁ、ソカ。ぼくを心配してくれるなんて、流石はぼくの崇拝者だな、ソカ♡」

 

 バチン! と明るくウィンクしたアンに、全身サブいぼ状態のソカが、「だから僕は貴方の崇拝者ではありませんから!」と声を張って否定した。


 相変わらず依頼内容が滅茶苦茶な【支離滅裂】を、アンが外へと連れ出した。ここからは依頼人と二人きりで、その真意やら目的やらを聞き出す。二語句とは別行動で、ランマはソカと共に、別件の仕事——“猫探し”にあたった。


「——アンさん、本当に大丈夫でしょうか?」

 裏路地で猫を探しながら呟かれた言葉に、「ん~? ダイジョーブだろ」と、辺りをきょろきょろしながら、ランマが答えた。

「お~い、猫ちゃーん、猫ちゃんやーい」と間の抜けたランマの声が届く。

「でもっ……」

 立ち止まったソカが、ランマの背中に向かって、言った。


「……僕、自分が『五体語』であることは覚えていますが、なぜここにいるのか、なぜ貴方の相棒をやっているのか、それが思い出せないんです」


 その言葉に、ランマもまた立ち止まった。ソカに背中を向けたまま、そっと俯く。


「ねえ、ランマさん。僕は【四面楚歌】なんですよね? 僕はここに来る前は——」

 

 俄かに周囲から殺気立つものを感じた。ランマがニヤニヤしながらソカの隣に立つ。彼らを囲むように、一つ二つと怪しい猫目が増えていく。


「毎度毎度この状況に追い込まれて、お前が【四面楚歌】じゃないんだったら、一体なんだっつうんだよ?」


 窮地であっても、ランマは愉快そうに笑っている。「はあ」とソカが溜息を吐いた。


「……確かに、毎度毎度この状況を呼んでいるのは、僕の〈意味〉がそうさせているんですよね」

「そう、お前は正真正銘、【四面楚歌】。そして、そんな不運なお前を助ける相棒、それが〈こじれた物事を鮮やかに処理し、解決する〉——【快刀乱麻】、俺のコトだ」


 そう敵に向かって口上したランマに、相対する10匹ほどの猫達が「シャー!」と威嚇する。


「……ふん。“猫探し”の依頼を受けたはイイけど、まさか荒くれものの【猫】だとはな。まあ良い、依頼人には、後でたっぷり報酬をふんだくってやるからなぁ。それよりも今は、この窮地を脱するのが先だよな、ソカ」

「ええ。毎度毎度、自分でも嫌気が差しますけど、戦わなくちゃ、項羽と同じ運命をたどることになるのでっ……」

「その意気だぜ、ソカ。いっちょ猫チャンと、快刀あそんでやるとするか」


 ランマの手の甲に、【快】【刀】【乱】【麻】の語句が腕から流れ落ち、麻の葉模様の鞘に納められた刀が現われた。ソカも同じく左手の甲に【四】【面】の文字が、右手の甲に【楚】【歌】の文字が雪崩れ込み、「東西南北、四面から取り囲んでやろう」とお決まりの文句を言う。


 ソカの能力により、四面から青く光る壁が【猫】達を追い込む。大半が肉団子状態で押し込まれたが、ぴょんと飛び跳ねた数匹の【猫】が、ランマ目掛けて鋭い爪で襲い掛かった。


「バッカだなぁ。【猫】が【快刀乱麻】に勝てるかよ!」


 ランマの金瞳が大きく見開き、振りかざした刀が凶暴な【猫】を薙ぎ払おうとした瞬間——。


 どこからともなく現れた一閃が、ランマの胸を突いた。


「がはっ……」

「ランマさんっ……!」

 血反吐を噴き、その場に倒れ込んだランマの下に、血相を変えたソカが駆け寄る。

「しっかりしてください、ランマさんっ!」

 

 急襲とも言える攻撃に、ソカが呆然と困惑する。そこに、一人の足音が近づいてきた。【猫】達が道を開け、その〈語句〉に向かい、首を垂れる。

 

 はっと振り返ったソカの目に、ニコニコと笑う若い女形の〈語句〉が映った。市松模様のカチューシャと、ロングの黒髪を揺らしながら、その〈語句〉はソカへと近づいていく。


「あなたは……?」


「わたくしですか? わたくしはただの通りすがりの猫好き女子ですよ。まあ、この世界では俗に、【一刀両断】と呼ばれる、華麗なる【一】族の令嬢ですけれど」

 

 うふふと優美に笑った【一刀両断】の赤目が、ランマとソカに向かい、冷徹に据わった。


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