第8話 【一刀両断】

「——貴方が【一刀両断】?」


 近づいてくる女形の〈語句〉を、怪訝そうにソカが見つめる。


■一刀両断(いっとうりょうだん)

物事や問題を速やかに決断、処理すること。物事を思い切りよく決断すること。


「ええ。家族からは、リョウと呼ばれていますわ。以後お見知りおきを、【四面楚歌】さん」

「どうして僕の名前を? いやそれよりも今は、ランマさんを助けなくちゃ……!」

 

 ソカが虫の息のランマの傷を塞ごうと、ハンカチで止血する。その隣に腰を落としたリョウが、「そのようなことをしても無駄ですわよ?」とソカに微笑む。


「うるさい。ランマさんは僕が絶対に助けるんだ!」

 鼻を啜りながら、今にも泣きだしそうなソカが言い放つ。

「おやめなさいな。それは、徒労というものですわよ?」

「うるさいっ! あんたは黙ってろっ」

「あら、レディに向かって、なんという口の利き方でしょう。もういいですわ。ほらランマさん、貴方もいつまでそうなさっているおつもりなの? さっさと起きて、相棒サンの杞憂を晴らして差し上げて」

「え? 杞憂? ランマさん……?」

 呆然とするソカの目が、血だらけのランマに向けられた。


「……っふ。ふふ、なーんだよ、もうおしまいかよ」


 ひょいっと起き上がったランマに、「え? どういうこと?」と目を白黒させるソカが問う。


「ランマさん? どうしてそんなに元気そうなんですか?」

「んー? まあ、話せば長くなるんだが、掻い摘んでいえば、今回の“猫探し”の依頼人こそ、ここにおわす、【一】族が御令息——【一刀両断】サマっつうことだな」

「はあ? この人が依頼人? っていうか、この人、女性じゃないんですか?」


 見た目は華やかなお嬢様で、真っ赤なワンピースが良く似合っている。


「あら、見た目も心も女性ですが、正真正銘、【一】族の男系熟語ですわ。自分では令嬢だと思っているのですけれど。ランマさんとは昔馴染みでして、毎度毎度こうして一刀あそんでいるのですわ」

「あそんで……? でも血が……」

「あ、これ? これは探偵なら必需品のアイテム、“血のり”なり~」

 

 どこまでもふざけ倒すランマに、ソカはイラっとするも、大きく溜息を吐いた。


「まったく、心配して損した。アンタは遊んでいるつもりでも、僕からしたら心臓が飛び出る思いだったんですからね」

「ニシシ。わりーわりー。そうむくれるなよな~、ソカ」

「もういいです。アンタを心配しても杞憂だということが分かったので。それよりも、“猫探し”の依頼人が【一刀両断】さんということは、この【猫】達は……」

「ええ。わたくしの大切なペット達ですわ。お屋敷で可愛がっていたところを、逃げ出してしまったのです。ほら【猫】ちゃん達、帰りますわよ」


 リョウの言葉に従うように、【猫】達が彼の後を追う。ソカに肉団子状態にされていた【猫】達が、「ニャー」と、ここから出してくれと言わんばかりに訴える。


「あ、ごめんね。すぐに出してあげるから」

 そう言って、ソカが青い壁を消した。残りの【猫】達もリョウの後を追いかけていく。


「おいリョウ、もう【猫】を逃がすんじゃねーぞ?」

「うふふ、ランマさん。【猫】は気まぐれな生き物ですから、いつかまたお屋敷から逃げ出すこともありますわ? そうなったらまた、貴方に“猫探し”を依頼しますわね」

「っけ。逃げ出したなんて、それらしく言ってんじゃねーよ。……本当は、【一】族に仇なす輩を警戒し、こいつらに監視させてんだろーが」


 ぴくりとリョウが立ち止まった。振り返ったリョウが、再び冷徹な赤目を彼らに向ける。


「その御体をスパンと二分されたくなければ、それ以上の詮索は無用ですわよ、ランマさん。……【一刀両断】が飼いならすペットは、【猫】だけではない。鉄歯を持つ【鼠】に噛み千切られたくなければ、お前達は何も考えるな。良いな、【快刀乱麻】」


 淑女から男の声色となった【一刀両断】に、思わずソカは背筋が震えた。リョウが【猫】を従え、ランマ達のもとから姿を消した。


「……【一刀両断】、二面性のある〈語句〉ですね。しかし、あの【猫】達は、ランマさんに依頼しなくても、自分達で主の下に帰ったんじゃないんですかね?」

「さぁ。アイツの真意は分からねーよ。今回、“猫探し”を依頼してきたのはアイツだ。イチゴの奴も秘密裏で動いているようだし、他の【一】族も出てきた。まあ恐らく、【一】族から俺らへの警告のつもりだろう」

「警告? 僕達が【一】族に何を警告されなければならないんです? 僕達は善良たる一語句の探偵集団ですよ?」


 眉を顰めるソカに、ランマが【一期一会】の伝言を思い出す。


『——我らが討つべきは、『アイ』だとね』


「……リョウの奴が言った通り、俺らは何も考えるな――。そういうコトだろ」

 そこまで言って、ランマが大きく背筋を伸ばした。

「さて、アイツらの方はどうなったかな?」

「そうだ。アンさんが受けた殺人依頼。この世界の【神】とやらは見つかったのでしょうか? それに事務所に一人残ったバンがサボっていないか、確認しなければ!」


 ソカが足早に事務所へと戻っていく。その後ろ姿に、ランマが呟いた。


「……この世界の【神】ねえ。そんな概念が、この世界に残っていたとはな」


 夕日に照らされるランマの顔が、じっと一点を見据えて動かない。


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