第31話 煌めく星

「――え? メイ君? なんか刺々とげとげしいんだけど?」


「すみません。でも今回の件で、貴方が天然語句だということに改めて気付かされたもので」


「ご、ごめん! 本当に【春花秋月】がメイ君だって気付かなかったんだよ! あの時は色々と混乱していたのもあるし……」


 年下語句のすんとした表情に、「ううっ、僕は探偵失格だ……」とソカが縮こまる。


「まあ、コイツが天然で不運で幸薄語句なのは、今に始まったことじゃねーだろ」


「はあああ」

 思いっきり、ソカが溜息を漏らす。


「いや、アンタは助け舟出したつもりやろうけど、逆効果やで? あんましウチの兄貴分イジメんといてや」


「にしし。サ行語句を見てるとついな。……まあ、幸薄なのは、本当だろ?」


 ランマの視線の先に、既に故語となった【春花秋月】を見ていることを、バンとメイは察していた。


「それよりも、今はコイツをどうにかしねーとな」


 改めて、ランマがイヘンに目を向けた。既に全身血まみれで、肩で息をするほどの苦しみに耐えている【韋編三絶】。彼を救うことが、【意馬心猿】から受けた依頼である。


「韋編先生……」


 ソカもまたイヘンの過去に触れ、その〈意味〉が書き換えられた事実に、同情を禁じえない。たとえ散々美麗語句を弄んだ犯罪者であっても、正しく罪を償い、元の立派な【韋編三絶】に戻って欲しいと願う。


「さてランマ。ボクの目の前で、再度依頼人の望みとやらを叶えておくれ」

 そんなことが出来るのならば――。そう言いた気な表情で、オウショウが玉座から見下ろしている。

 

 ランマが隣に立つジンに視線を向けた。


「お前さんとこの長兄の能力だろ? どうにかなんねーの?」


「……兄は、一生に一度という制約の下、その〈語句〉の持つ〈意味〉を改変させるという、強力な力を持っています。【王侯将相】が言った通り、兄の能力によって書き換えられた〈意味〉を、元に戻すことは出来ません。兄もまた、その〈語句〉との間に、一生に一度という制約を受けていますので。たとえ兄――【一期一会】であったとしても、それは不可能なのです」


「そんなっ……。じゃあ、韋編先生は……」


 ぐっと涙を堪えるソカに、イヘンはそっと視線を逸らした。


「……別に元の〈意味〉に戻る必要なんてないわ? だって昔よりも今の方が幸せだもの」


「ふーん。それは姉ちゃんを失っても言えるのか?」


 ランマに訊ねられ、イヘンは目を伏せた。


「……【意馬心猿】はもう、黒塗りされたわ? 私があの〈語句〉に依頼して、口を封じてもらったんだもの」


「あの〈語句〉?」

 ソカに訊ねられるも、イヘンはその〈語句〉の名前を告げることはなかった。すでにイヘンが黒塗り――死を覚悟していることは明白だった。


 しんみりと沈黙が流れる中、「もういいですか?」とメイが冷めた表情で言う。


「なんか諦めモードが漂っているようですけど、ぼくならこの〈語句〉の心を変えることが出来ますけど?」


「え? メイ君?」


「はああ。やっぱりソレしかねーわな」


「まあ、ソレがこの〈語句〉の十八番おはこやしな」


 気乗りしない様子で、ランマとバンが言う。


「ぼくはどこかのサイコパスとは違って、その〈語句〉の〈意味〉を変えることは出来ません。でも、その心なら変えることが出来ます。だからぼくに依頼してきたんですよね、ジン課長」


「ええ。貴方ならきっと、邪心を持つ〈語句〉を、澄み切った心にすることが出来ると思ったので。【王侯将相】との繋がりがなければ、もっと早くにこの事件も解決出来たのでしょうが」


 ジンがそっと笑みを浮かべた。


「メイ君が、韋編先生の心を変える? そんなことが出来るの?」


「まあ、普段シスイは単独で依頼を受けることがほとんどだからな。お前は知らなくても当然か。おいシスイ、折角の機会だ。俺の相棒にお前の能力を見せてやってくれ」


「わしも実際に見るのは初めてやな」

 バンも興味深そうに顎に手を寄せ、笑っている。


「分かりました。ではイヘン先生、宜しいですか?」


 メイが優美に笑いながら、イヘンに手を差し伸べる。その手を握ろうとして、イヘンは躊躇うように目を伏せた。


「シュウゲツ……」


「ぼくは【明鏡止水】だと言ったでしょう? その〈意味〉は、〈晴れ晴れと澄み切った心境〉を言います。そう、邪心のない、明るく澄み切った心境――。ぼくの鏡をよく見てください」


 その直後、メイの隣に【鏡】を冠する青銅製の鏡が現れた。そこに、満身創痍の【韋編三絶】が映し出された。


「ほんと、ひどい姿ね……」

 地面に座るイヘンが、力なく自嘲した。


「酷いことをされたのは、ぼく達の方ですよ、イヘン先生」


「……そうね。だからこそ、私はもう――」


「イヘン先生が黒塗りされたら、誰が貴方の罪を償うんですか?」


「え……?」


「黒塗りされて、故語となった【韋編三絶】の罪は、他の誰でもない、貴方自身で償わなければ。死んで赦されようなどと思わないことです。貴方は生きて、きちんと自分の罪を償ってください」


 メイがイヘンの肩に手を乗せた。鏡の中のイヘンに向かい、微笑みかける。


「シュウ……そうね、【明鏡止水】。私はこの罪を償い、今度こそ、故事由来の〈語句〉達の差別撤廃に邁進しなければならないわね」


 イヘンの胸に巣食っていた、ドス黒い〈意味〉は消えない。それでも、その胸にある心が浄化され、澄み切った心境へと変わっていく。その心境の変化が、彼の赤い瞳に“煌めく星”を生み出した。


 キラッキラの心と瞳を持つ、新生【韋編三絶】の誕生である。


「ああ! なんて世界は素晴らしいのかしら! これからは、この瞳の星に恥じることのないよう、澄み切った心であり続けなければ……!」


 鼻息荒く、キラッキラのイヘンが、少女漫画のように澄み切った心でそう宣言し、立ち上がった。


「え? 韋編先生? なんかキャラ変わってませんか? メイ君の能力って、これなんですか? ランマさん」


「まあ、なんだ。シスイの解決した案件には、“煌めく星”を瞳に持つ奴らが誕生するからな。ある意味、〈意味そっち〉よりもこっちを変えられる方が、キツイ気がするがな……」


「えっぐぅ。こないして“煌めく星”が生まれとったんかいな。まだ【疑心暗鬼変態ストーカー】の方がマシなレベルやで」


「やだなぁ。あんな偏見ヤローとぼくの能力を並べないでくださいよ。まぁ、この技は本来、どうしようもないクソ野郎にしか使わないんですがね。今回は事情が事情なので。言ったでしょう? ぼくの“煌めく星”は最強だって」


 メイの力とはまったく関係ないところで、キラッキラに瞳を輝かせたソカが、尊敬の眼差しを向ける。


「うわぁ~! メイ君の必殺技、初めて見たよ! 凄いんだね! ヒーローみたい!」


「どこがやねん! だからそないすぐ憧れんなや! そうやって痛い目見るんは、アンタなんやで!」


「ふふ。本当に面白いですね、ソカ君は」


 ジンはジンで、ソカに対してのハードルがかなり低い設定となっている。


「――それじゃあ、私を逮捕してくださいな、『組摘』の課長さん」


 そう言って、イヘンがジンに両手を差し出した。胸ポケットから手錠を取り出したジンが、イヘンを拘束する前に、言った。


「我々統監語句に、ア行語句を逮捕する権限はありません。ですが、貴方の一文字目を伏せ字とし、逮捕することは可能です」


「ええ。貴方の口振りから、そうだろうとは思っていたわ」


「一文字目を伏せ字にする? どういう意味ですか?」


 ソカに訊ねられ、ジンが説明する。


「アからオ゙で始まるア行語句。彼らはア行特権という特別な権利で護られています。不逮捕の原則もその特権の一つですが、彼らの一文字目を伏せ字とし、秘密裏に逮捕することが可能とされているのです。しかし、今まで伏せ字扱いで逮捕されたア行語句の前例はありませんが」


「いいえ。ア行特権など関係ないわ? 私を【韋編三絶】のまま逮捕してちょうだい。そうすることで、この世界の秩序を変える、足がかりとなるかもしれないでしょう?」

 

 イヘンの決意を見せる、キラッキラの瞳が、それを強く望んでいる。ジンもまたそれを悲願としていることから、「分かりました」と頷いた。


「――【韋編三絶】、貴方を美麗語句連続失踪事件の被疑者として逮捕します」


 ガシャン――ア行語句として初めて、【韋編三絶】は統監本部に逮捕された。






 

 









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