第20話 君は誰?

「――ん? ここは……?」


 目覚めたソカは、自分が寝ていた部屋が見知らぬ場所であることに、はっと飛び起きた。


「僕、どうして……?」


 必死に今日の出来事を思い返す。憧れの【韋編三絶】との夕食に舞い上がり、お酒を飲んだことで、すっかり眠ってしまっていた。まさかの失態に、ソカは、さっと両手で顔を覆った。


「ということは、ここはもしかして、韋編先生のご自宅では……」

「――御名答です」


 その時、ドアを開けて入ってきた一人の〈語句〉に、ソカは顔を上げた。


「えっと、あなたは……?」

「ん? まさか気付いていらっしゃらない?」

「は? 僕達、どこかでお会いしたことがありましたっけ?」


 本気で首を傾げるソカに、(この〈語句ひと〉、マジか……!)と、入ってきた見目麗しい〈語句〉は顔を隠し、吹き出すのを堪える。


「ま、まあ、敵を欺くには、まずは味方からって言いますしね。ぼくもその方がやりやすいですし」

「えっと、一体何の話をされているんですか? ……って、やっぱりここは韋編先生のご自宅なんですね。すみません、いつの間にか眠ってしまっていたようで。先生は今どちらに?」

「先生ならば、シャワーを浴びていらっしゃいますよ」

「そうなんですね。ではご挨拶した後、僕は御暇おいとまさせていただきます」


 そう言って立ち上がったソカが、ぐらっと立ち眩みでその場に倒れた。


「え……?」


 床に激突する寸でのところで、青年姿の〈語句〉がソカを受け止めた。


「あ、すみませんっ……! おかしいな、力が入らない……」

「無理もありませんよ。貴方は薬を盛られ、ここに連れてこられたのですから……。そう、貴方はすでに【韋編三絶】のコレクションの一つです。ここから出ていくことなど許されません」

「はあ? 僕が韋編先生のコレクションだって? そんな訳――」

「あらぁ? 起きたのね、ソカちん」


 そこに、バスローブ姿の【韋編三絶】が姿を現した。まっすぐにソカの下へと歩みより、その体をベッドに押し倒した。


「〜〜っつぅ、せ、せんせい……?」


 ベッド脇に立つイヘンが、愉悦を浮かべてソカを見下ろしている。


「貴方は今日から私のペットよ、ソカちん。同じ故事上がりとして、死ぬまで可愛がってアゲルわ?」


 うふふと女のように笑うイヘンに、ソカが抵抗するように首を振る。


「どうして貴方がこんなことをっ……!  それに、故事上がりなんて、貴方の口から聞きたくなかったっ……!」


「うるさいわねぇ。どう頑張っても、私達が故事上がりであることに変わりないのよ。私も必死になって故事由来の〈語句〉への差別を撤廃させようとした。けれども、現実はそう易易と動かない。この世界は、誰かしらの犠牲の下に成り立っている。ならば、その犠牲となっている〈語句〉を救済するためにも、私自らが彼らを安穏の地へと誘ってあげようとしているだけよ。大丈夫、何も怖がらなくて良いのよ、ソカちん。ここでは、貴方を故事上がりと差別する〈語句〉はいない。もう二度と、自らの〈意味〉に苦しむこともなく、誰も傷つけずに済むわ?」


 そう笑みを浮かべて力説するイヘンが、ソカの上にのしかかった。


「い、いやだっ……! こんな【韋編三絶】は、僕が憧れた〈語句〉じゃないっ……!」


「ふふ。そんな酷い言い方はやめてちょうだいな。誰も本当の私のことなんて、知りやしないのだから」

 

 イヘンがソカの首筋に舌を這わせた。


「ひいっ……」


「貴方は今日から私のコレクション7となったのよ。これからは毎晩、貴方を可愛がってアゲルわ? 私の愛らしい【四面楚歌同胞】。うふん」


「た、たすけて……」


 ソカがぐっと恥辱に耐えながら、自分達を見下ろす青年に助けを求める。表情を隠す青年が、呟いた。


「……すみません。ぼくは先生の欲望を満たして差し上げなければならないので、貴方を助けることは出来ません」

「そんなっ……ひゃあっ……」


 首筋を強く吸われたソカから、絶望の声が漏れる。


「そうよ。この子は私の忠実なるペット。貴方も彼のように本当の私を受け入れてくれると言うのならば、少しくらい自由にさせてあげても良いけれど」


 イヘンが抵抗を見せるソカの手首を押さえつけ、その服を脱がせていく。


「い、いやだ……! 誰がお前のペットになんかなるか!」


「そう。なら、散々痛めつけて、その体に分からせてやるのみね。そうやって他のコレクション達も、私に忠実なペットになっていったのだから」


「他にも被害者がいるのか! このくそやろう……!」


「いいわねぇ、ソカちん。もっと虚勢を張りなさいな。そうやって頑なな貴方の意地もプライドも、ズタズタになるまでイジメ尽くしてアゲルわ? ふふ。ほら、シュウゲツ。貴方はとっとと子犬を蹴散らしてきなさい」


「仰せのままに」


 そう立礼し、部屋を出ていく青年――シュウゲツに、「いやだ、待って! 助けてっ……!」とソカが叫ぶ。


 ドアノブに手を回したシュウゲツが、ソカに振り返り、言った。


「……窮地を脱するに、自らの能力を活かせずして、何が探偵ですか。その『熟合度』の高さこそ、【四面楚歌】の最大の強みでしょう?」


「え……?」


 その言葉にソカが一瞬、冷静になるも、無情にも部屋のドアはパタンと閉められたのであった。


「待って! 君は……誰――?」










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