第27話 陛下の言葉
統監本部の捜査車両の中で、見え始めた『飛燕城』を前に、ソカが息を呑む。
「――『飛燕城』と【韋編三絶】が裏で繋がっていたなんて……。僕は何回か依頼人絡みでランマさんと『飛燕城』に出向いたことがありますが、あの廃材の城を統べる【王侯将相】は、それはそれは危険な〈語句〉ですよ? 以前の依頼でも……」
そこまで言って、ソカは口をつぐんだ。
その城に出向くのは、【影】の本体探し以来だ。文字売買の末にバラバラにされた【扇影衣香】。彼女のような被害者は、きっと統監本部でも把握しきれていない程多いに違いない。非合法的な取引や実験が繰り返されている犯罪組織の巣窟だ。生粋のお嬢様であった【扇影衣香】が巻き込まれたあの事件のことは、依頼人である彼女の意向から、統監本部に通報することはなかった。あの事件は、依頼人が納得する形で探偵が解決したのだ。だからこそ、統監本部の捜査語句、【一網打尽】の前で、そのことを口にすることは出来なかった。
「ソカ君? どうしました? 以前の依頼でも【王侯将相】と接触する機会があったのですか?」
ジンの問いたてにソカは目を伏せた。それでも再びジンに視線を向けると、「ランマさんがすべて丸く収めました」と笑ってみせた。
「ソカ君……」
笑って何かを誤魔化そうとするその〈語句〉に、ジンが目を瞑り、亡き弟の姿を重ねる。
(ヨウ……)
捜査車両が『飛燕城』に到着すると、既に城内では轟音が鳴り響いていた。
「メイ君っ……!」
車を降りたソカが血気に逸るも、「落ち着きなさい、ソカ君。無闇に動いてはいけません」とジンが制止する。
「でもっ……! いくらメイ君であっても、【韋編三絶】と【王侯将相】が相手では、分が悪すぎます!」
「大丈夫。必ず僕が【明鏡止水】探偵を救い出しますから」
ぐっと強く自分を見上げる『組摘』の課長に、「ジンさん……」とソカが落ち着きを取り戻す。
「君はその〈意味〉から、敵を引き付けやすい〈語句〉です。決して僕の傍を離れないように」
「分かりました」
ゴクリと息を呑み、ソカがジンの後に続く。他の捜査語句達は銃を片手に、ソカを護るように周囲を警戒しながら進んでいった。
あと少しで【王侯将相】の玉座というところで、ドォンという爆発音が鳴った。見れば、前方で【明鏡止水】の【鏡】を粉々に砕いた【韋編三絶】の姿があった。
「メイ君っ……!」
粉々になった【鏡】の前で、ソカが崩れ落ちた。
「そんな。メイ君の【鏡】が砕けるだなんて……」
跡形もなく塵となって風に舞う【鏡】。メイの姿はどこにもない。
「うふふ。ちょーっとだけ遅かったわね、ソカちん。貴方のお仲間であるシー君は、跡形もなく砕け散ったわ? これだけ派手に散ったんだもの。『熟合度』の低い〈語句〉では、まず復活なんて出来ないでしょうね。今この時、この世界から【明鏡止水】という〈語句〉は黒塗りされたわ? そう、黒塗り。【明鏡止水】は死んだのよ、ソカちん」
「うそだ。メイ君が死んだなんて……」
呆けるように呟くソカの隣では、ジンがじっと状況を見極めている。
「あら、華麗なる【一】族のエリート捜査語句サマ。貴方とは思う存分愉しんだ後、この『飛燕城』でバラバラにして差し上げようと思っていたのに。わざわざそちらからお出まし頂けるとは、些かつまらないわね。折角の機会だから、そのすましたお顔を、ぐちゃぐちゃの泣き顔に変えたかったわ?」
やれやれと、イヘンが鼻息を漏らす。
「……それで?」
「なぁに、その
役立たずという言葉に、ソカは泣きながら顔を上げた。隣に立つジンは、じっと前を見据えたまま、やがて口を開いた。
「随分とお喋りな〈語句〉なのですね、【韋編三絶】は。……ですが、口程にもないとは、正しく貴方のことですよ」
「なぁに? 何が言いたいの、アンタ」
「フン。……言いたいことはそれだけか――。そう言っているのですよ、三流語句」
挑発するように笑ったジンに、ソカは目を見開いた。気づけば、イヘンとオウショウの周囲を捜査語句達が取り囲み、銃を向けている。
「あら。いつの間にか、【四面楚歌】状態になっていたようね。貴方の気持ち、今なら少し分からなくもないわ、ソカちん。でも、さっきのセリフは取り下げて貰うわよ、おチビさん。私は【韋編三絶】。崇高なるア行であるこの私が、三流語句なはずないでしょう?」
周囲を統監本部の捜査語句に包囲されようが、イヘンは何ら焦る素振りすら見せない。後ろで廃材の玉座に腰掛けるオウショウも、ただ愉悦を浮かべ、この状況にほくそ笑んでいる。
追い込んでいるのはこちらの方なのに、ソカは言い知れぬ不安に襲われた。心許なく、隣に立つジンの名を呼ぶ。
「……しっかりと立ちなさい、ソカ君。敵は我々のことを侮っています。なら、好都合。弱き者が強き者を挫いてこそ、我が統監本部の【勧善懲悪】は目を覚ますのですから」
そう言うとジンは人差し指を掲げ、それを一気に地面に向けた。イヘンとオウショウに向け、一斉に銃弾が浴びせられる。捜査語句達による砲撃に、思わずソカは怯んだ。
銃弾は二語句を護るように張られていたシールドにより、あっという間に地面に落ちていった。
「……っ、やはり一筋縄ではいきませんね」
指揮官として立つジンが、忌々しくイヘンとオウショウを見つめる。
「ふふ。ここはボクの城だよ、【一】族のお坊ちゃま」
不気味なほど冷徹な眼差しで見下ろすオウショウに、捜査語句達は慄いた。ア行である証の赤い瞳ではなく、青い瞳が彼らの心を貫いていく。その絶対的な君主相手に、畏怖する心が芽生えた。
その場に拳銃を落とし、一語句、また一語句と、その場に跪いていく。それが【王侯将相】という『飛燕城』の絶対君主の力であった。
ソカもまたオウショウに見つめられ、その心を貫かれる前に、ぐっと目を逸らした。
「……【四面楚歌】。君はランマの相棒には相応しくない〈語句〉だ」
「え……?」
オウショウの呟きに、ソカはピクリと反応した。
「もういいでしょう、オウショウ陛下。とっととこのおチビさんをバラしちゃって。ああでも、この際、こっちの故事上がりもバラして、今度こそ私に忠実なペットに創り変えるのも良いわね」
イヘンが卑しくソカとジンに向かい、冷笑を浮かべる。
「【一網打尽】と【四面楚歌】だから、そうねぇ、【一面歌尽】なんてどうかしら? 一から始まる、まったく新しい【四字熟語】の誕生よ? その〈意味〉は、〈辺り【一】【面】を私を讃える【歌】で覆い【尽】くす〉、なんて素敵じゃない?」
「ぐっ……! 新しい【四字熟語】の誕生など赦されない! オウショウさん、貴方はこの城の王かもしれませんが、この世界の神ではないんですよ!」
奮い立ったソカがオウショウと対峙する。
「ソカ君の言う通りです。【王侯将相】、貴方の罪は数え切れない。この世界で一番の大罪人である貴方を逮捕することが、我々『組摘』の悲願の一つです……!」
ジンが漆黒の鎖を出現させ、オウショウに向かい捕縛術を放つ。真っ直ぐに伸びていくも、先程と同じくシールドに阻まれた。
「ああ……!」
ソカの落胆の声が漏れるも、「まだです!」とジンが言い放つ。
シールドに阻まれた鎖であったが、すぐに方向転換し、シールドごとオウショウの体に巻き付いていく。拮抗するシールドと鎖であったが、バチバチと放電しながらも、捕縛対象であるオウショウを締め上げた。
「すごい。これがジンさんの力か……」
「ええ。私は【一網打尽】。狙いを定めた敵ならば、どんなに阻まれようとも、地獄の底まで追って捕縛しますから」
「わあ。恐ろしい捕縛術ですね……」
顔に似合わず恐ろしい能力を持ったジンに、ソカは敵にならず良かったと、内心安堵した。
「あらら。陛下ったら、無様な恰好ねぇ」
「何とでも言えば良いさ」
自由を奪われた身でありながらも、オウショウは愉快そうに笑っている。
「さて、残るは貴方だけです、【韋編三絶】。対峙した状態であれば、私の捕縛術に勝る力はありませんよ」
「ふん。お高く止まっちゃって、やぁね。これだから統監語句は嫌いなのよ。風情の欠片一つありゃしない」
「風情? 貴方が言う風情を〈意味〉に持つ美麗語句達に何をしたのか、貴方はお忘れですか?」
「別に、ナニしたって良いじゃない。権力者が自らのコレクションを愛でるなんて、当然のことでしょ? ねえ、オウショウ陛下」
イヘンが玉座に腰掛けたまま捕縛されているオウショウを見上げた。
「ああ。この世界の王はボクだ。だからボクが良いと言えば、それはすべて肯定されるんだよ。ボクの言葉は絶対だ。ボクに命じられて、抵抗できる臣民なんかいやしないんだよ。ほら、捜査語句達よ、立ち上がれ。そうして、【一網打尽】と【四面楚歌】を生きたまま捕らえろ」
オウショウに命じられ、跪いていた捜査語句達が、すっと立ち上がった。
「うそ、まさか……」
あっという間にソカとジンが捜査語句達に囲まれた。みな、オウショウの言葉に操られ、その目は忠実な臣民として、二語句を捕らえんとしている。それには、ジンもぐっと喉の奥を鳴らした。
「貴方に【四面楚歌】をお返しするわね、ソカちん♡」
「くそやろう……!」
「ほら、ボクが『死ね』と命じたら、彼らはなんの躊躇もなく拳銃自殺するよ? 部下全滅なんて、『組摘』の課長からしたら、明日の朝日も浴びることが出来ないほどの大失態だろう?」
「くっ……」
ジンの顔が苦悶に歪む。
「ようやく大人しく言うことを聞いてくれそうだね。ほら、まずはこの鎖を解いてもらおうか」
オウショウの言葉に拳を握るも、ジンはその体を捕縛していた鎖を解いた。
「ふう。ようやく自由だ。さて、そろそろ君達をバラす時が訪れたよ。――大人しくボクの前に跪いてもらおうか」
オウショウの強い言葉に、ソカとジンが顔を逸らす。
「……分かったよ。じゃあ、捜査語句諸君、みなこの世界から黒塗――」
「分かりました!」
二語句が同時に叫び、オウショウの前で跪く。
「うふふ。始めからそうすれば良いのよ。まったく、【一面歌尽】が誕生した暁には、たーっぷり可愛がってアゲルわ?」
イヘンが下衆に笑い、その時を心待ちにする。オウショウが玉座から二語句を見下ろし、彼らに向かい手を翳した。
「さあ、この世界から【一網打尽】と【四面楚歌】が黒塗りされる。まったく新しい【四字熟語】となれる悦びを胸に、バラバラにしてやろう」
ぐっとソカとジンが目を瞑る。
「この世界に別れを告げ、新しい〈語句〉に生まれ変わ――」
その時、二台の大型バイクが廃材の城の屋根を突き破り、ソカとジンの前に現れた。
「え……?」
きょとんとするソカの目に、フルフェイスのヘルメットを外した二語句が映った。その顔一面に、喜びが浮かぶ。
「――ふう。どうやら間に合ったようだな」
「真上から登場する必要なんて、あったんか?」
「ランマさん! バン……!」
「よお、ソカ。相変らず不運が爆発してるみてーだけど、無事で良かったぜ。んで、そっちは『組摘』の課長サンじゃねーの。まさかお宅が今回ソカの不運に巻き込まれるなんて、意外ね」
「ソカ君は不運じゃありませんよ。今回巻き込んだのは私の方ですから」
「あっそう。んじゃ、後はこいつらをブチのめせば解決ってことでいーんだな?」
「ええ」
「にしし。んじゃ、シスイへの報酬は二倍払ってもらうぜ? ご依頼人さんよぉ」
「すべて解決に導いてくださるのなら、当初の三倍の報酬を支払いましょう」
遅れて登場した心強い助っ人に、ジンも立ち上がる。
「ソカちゃん、あの変態ジジイにナニされたんや?」
「え? バン?」
背中を向けて問うバンに、ソカが首を傾げる。
「スケベぇされたんか?」
「なっ……! う、うん。ちょっとだけ……」
「そうかぁ。なら、歯ぁ食いしばれや、変態ジジイ」
笑いながらも凄むバンに、イヘンは「うふふ」と笑った。
「イイわねぁ、貴方。関西弁を話す〈語句〉の泣きっ面、拝まずにいられるかっての♡」
完全にバンをロックオンしたイヘン。満月は西へと傾き始めていた。
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