第34話 【●●●●】

 逮捕したキラッキラの【韋編三絶】を捜査車両に乗せたジンは、朝日が昇り始めた『飛燕城』の前で、ソカと向き合った。


「ソカ君、今回の事件では被害者となった君ですが、こうして共に事件解決に導くことが出来て良かったです」


「いえっ……! 結局何のお役にも立てず、申し訳ない気持ちでいっぱいです……」


 しゅんとソカの肩が縮こまる。面目ない気持ちで顔を伏せるソカの頭を、背伸びするジンが撫でた。


「ジ、ジンさんっ……?」


「すみません。君を見ていると、弟を見ているようで……」


 ソカに亡き弟、【一陽来復】の面影を見るジンに、ランマもまた目を細めた。気が済んだジンはメイに視線を向けると、深く頭を下げた。


「この度の依頼で、貴方には精神的にも肉体的にも大きなダメージを与えてしまいました。この償いは、報酬以外でも必ずさせていただきます」


「いえ。この依頼を受けると決めたのは、ぼく自身です。それに今回がではありませんからね。貴方が気に病む必要なんてありませんよ。それよりも、被害者である美麗語句達のアフターケアの方を、よろしくお願いします」


 メイもまたジンに向かい、頭を下げた。


「ええ。後のことは統監本部にお任せください。では皆様、またの機会に――」


 ジンが捜査語句達と共に、捜査車両に乗り込んだ。微笑みながらも軽く会釈をしたジンに、ソカが見惚れる。


「わあああ。あんなに小さいのに、かっこいいなぁ、ジンさん」


「ホンマ、後何回痛い目ぇ見たら分かるんや、この不運熟語は」


「おい、バン! 僕は不運熟語じゃないと何度言えば分かるんだ!」


「へえへえ」


 ポコポコとバンの肩を叩きながら叫ぶソカに、弟分が耳を塞ぎながら生返事した。その隣でメイが、「この感じ、懐かしいですね」と苦笑する。


「――ああ。わかった……」


 リストリングでアンから報告を受けたランマが、三語句に背を向けたまま、項垂れた。


「どうしたんです、ランマさん。アンさんからだったんでしょう?」


 ソカの問いには答えず、ランマがそっと拳を握る。


「ランマさん……?」


「……シンエンが死んだ」


「え……?」


 俄には信じられないソカ。バンは顔を逸らし、メイは大きく息を吐いた。


「そん、な……シンエンせんせいが……?」


「【韋編三絶】が依頼したという〈語句〉の仕業ですか?」


 メイが真っ直ぐにランマの背中に訊ねた。


「ああ。奴さんの名前は【暗中飛躍】。その筋では有名な必殺請負語句だ」


 沈鬱なランマの言葉に、ソカがその場に崩れ落ちた。ぐっと涙を堪え、「どうして……」と呟く。


「ソカちゃん、【意馬心猿】は自分がこうなるんを分かってたんや。せやから、わしらに【意】を託したんやで。ソカちゃんが初めて一語句で請け負った依頼人やったんやろ? 辛いやろうけど、全部が全部、ハッピーエンドなわけと違うんやで」


 バンがソカの肩に手を乗せた。その気持にそっと寄り添う。


「そうだぞ、ソカ。俺らは探偵業。依頼人が口封じに遭うことも珍しくねーんだ。気持ちを切り替えろ」


 ランマもまたソカを叱咤する。


 はい、わかりましたと、すぐに立ち直ることなど出来やしない――。そう思うも、メイは何も言わずに、ただ黙ってソカが立ち上がるのを待った。


 やがてソカは立ち上がると、朝焼けに向かい、空を掴んだ。


「ここで立ち止まったら、シンエン先生に顔向けできませんよね。それなら、僕は歩み続けなければならない」


「ソカ……」


「納得もできなければ、受け入れることもできない。だけど、理解はできる。【意馬心猿】はこの世界から黒塗りされた。もう二度と、その〈語句〉とは会えない……」


 黒塗り、二度と会えない。その言葉に、ランマはぐっと目を瞑った。


(シュンカ……)

 

 分かっている――。でも今だけは、その〈語句〉との思い出に浸らせてほしい。そう思うのは、ランマやソカだけではない。メイもバンも、それぞれに今は亡き【●●●●】がいるのだ。

 

 文字売買の末、解体された単語を繋ぎ合わせれば、もしかしたら懐かしい【●●●●】と再会できるかも知れない――。


 それを人知れず思った〈語句〉は、この中の誰か――?




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