第15話 だってお前、絶対不運に巻き込まれるだろ?
シンエンこと【意馬心猿】から、待ちに待った連絡が届いた。ソカはそわそわした心を落ち着かせることが出来ず、ランマやバン、アンのデスクの周りをぐるぐると歩き回っては、ぽ〜っとした表情を浮かべている。
「――ったく、ちったぁ落ち着けよ、ソカ」
「所長の言う通りやで、ソカちゃん。おっさんのコメンテーターに会えるんが、そないに嬉しいんか?」
苛立つランマとバンをよそに、アンは気が気ではない。
「ぼくの可愛いソカがおっさんのコメンテーターに会うだって? そんなことは許さないぞ、ソカ! そいつは絶対、お前に良からぬことをする気だ! ええいっ、すべてが疑わしい! 穢らわしいおっさんにソカの尻の穴が――」
「言わせへんで? 変態クソ野郎」
立ち上がったバンが、アンの頭を掴み、ぐぐぐっと締め上げていく。
「おいエセ関西弁野郎っ……! ぼくの神聖なる頭に触れるなっ……て、イタタタ! 締め上げてるっ、ぼくの天才的頭脳をっ……!」
「おい、もうそこら辺で終わりにしとけよ。ったく、【韋編三絶】に会えるからって、浮足立ってんじゃねーよ、ソカ」
「え? なんか言いました?」
すっかり周りが見えていなかったソカが、推しに会える喜びを全面に出して、ランマに首を傾げた。
「はあ。もういい。ったく、んじゃ、この中で誰がソカについていくかだが――」
「はい! 勿論、ぼくに決まっているだろ!」
ソカが暴走しないよう、保護者的立ち位置に立候補した、アン。
「え? 僕なら一人で大丈夫ですよ? シンエン先生もいますし、推しの前でもちゃんと良い子に出来ますし」
「そういう問題じゃねーんだわ。分かったよ、んじゃ、アンに頼むわ」
「ああ! ソカの貞操を守ってやれるのは、ぼくしかいないからな! しっかりとおっさんからソカをガードしてみせるぞ!」
自分の胸を打つアンに、「ホンマに大丈夫なんか?」とバンが訝しがる。
「うげえええ。アンさんと一緒かぁ。まだバンの方が良かったな」
そう悪態をつくソカに、「なっ……! こんな変身能力しか取り柄がない〈語句〉のどこが良いと言うんだ、ソカ! お前にはこの天才語句【疑心暗鬼】がついてるんだぞ!」と、アンが喚く。
「ええ〜? だって、僕からしたらアンさんと二人きりの方がよっぽど恐ろしい目に遭いそうというか、絶対ベタベタ僕に触ってくるでしょ?」
「そ、それは……! ま、まあ、今回に至っては、ぼくは保護者的立ち位置だ。しっかりと息子の暴走を止めてみせよう」
「誰が息子ですか! 僕の憧れの韋編先生とお話しさせていだたくだけですよ! 粗相なんてするわけないでしょ!」
そう宣言するソカを、ランマとバンは黙ったまま遠い目で見た。
(こいつ絶対、不運が発動するだろ(やろ)な。そうなった時、嫌でも巻き込まれるのは……)
二語句は哀れみの目を、ヤキモキするアンに向けた。
「――わぁ。これがテレビ局の中かぁ」
ソカがシンエンとの待ち合わせ場所である、テレビ局の中を歩いていく。その後ろから、最大限の警戒心を全面に出したアンがついていく。
「ああ、ソカさん! こちらです!」
「シンエン先生!」
馬の頭に猿の体の女形――【意馬心猿】から手を振られたソカが、いよいよ【韋編三絶】との面会を前に、浮足立つ。
「あら? そちらはもしかして……」
ソカについてきた〈語句〉に心当たりのある、シンエン。
「はい。うちの探偵の一語句、【疑心暗鬼】さんです」
「やはり! 噂はかねがね。私は【意馬心猿】です。貴方とは同じ仏教派生組で――」
「ふん! そんなことはどうでもいい。さっさとうちの息子に【韋編三絶】とやらを会わせてくれ」
アンの横柄な態度にも、シンエンは「ふふふ」と笑った。それから何やら鼻息を荒くすると、狂気的な眼差しでアンに詰め寄った。
「あああ、さすがは孤高の天才〈語句〉ですね! 今日は相棒のバンさんはいらっしゃってないのですか? お二語句の純愛も書かせて頂きたいのですが――」
「お、おい! なんだコイツは! なんで猛烈に興奮しているんだ?」
「ああ。仕方ありませんよ、アンさん。この方は、生粋の作家さんですからね。人の【心】の機微を書かせたら右に出るものはいない、煩悩を純文学に昇華できる作家さんですよ」
「はああ? だからって、なんでぼくとあのエセ関西弁野郎の純愛になるんだ! 不愉快極まりないぞ!」
「まあまあ、落ち着いてください、おとーさん」
「ぼくじゃなく、こいつの暴走を止めろ、ソカアアア!」
「――とまぁ、紆余曲折ありましたが、ここが【韋編三絶】の控室です」
すっかり自らの煩悩を制御できるようになったシンエンにより、二語句は彼の控室の前までやってきた。
はあっと、すっかり疲れ切ったアンをよそに、ソカは自らの心を落ち着かせた。
「いよいよ、夢にまで見た韋編先生との面会だ」
憧れの【韋編三絶】は、ソカと同じ故事から発生した〈語句〉であり、政治・経済などのコメンテーターとして、広く世の中に知れ渡っているイケオジだ。ごくりと息を呑んだソカに、シンエンもまた、緊張感を走らせた。
「本当にイヘンに会われるんですね? 後悔してもしりませんよ?」
「え? それってどういう……」
「ここまで来て言うのもなんですが、イヘンはだいぶ変わった〈語句〉ですよ?」
「変わっている? それは――」
その時、控室の中からガタンと大きな音が響いた。
「韋編先生っ……?」
彼の一大事を憂い、ソカが控室のドアを開けた。すると部屋の中で倒れている【韋編三絶】を発見し、すぐに介抱した。
「韋編先生! しっかりしてください、【韋編三絶】さんっ……!」
ソカの呼びかけにも、なんの反応も見せない、【韋編三絶】。控室の中には彼以外、誰もいない。ただ窓だけは開いていて、カーテンが大きく波を打っていた。
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