第6話 大物

 ランマは【極悪非道】組の屋敷を出ると、先日依頼を受けた、とある“大物”の下へと向かった。その邸宅も【極悪非道】組に負けず劣らず広大で、門扉には家紋である市松模様が描かれている。何やら分厚い本を読んでいた邸宅の守衛に向かい、ランマが言った。


「——よお。お宅の主に伝えてくれよ。【国士無双】が来たってな」


 守衛の老人は訝しる様子もなく、邸宅に電話を掛けた。

「どうぞ」と言って、ランマを邸宅に通す。

「ありがとさん」


 悠々と邸宅に向かうランマの背中を見つめていた老人。再び分厚い本を手に取ると、それのカ行を開いた。


【国士無双】——〈並ぶものがいない、傑作した人物〉その〈意味〉を調べ、「ふん」と鼻で笑った。


「この世界で、【一】族に並ぶ家系もおらぬだろうに。何が傑作した人物か」

 そう一語句、呟いた。


 邸宅の玄関にて執事の出向いを受けたランマは、その後に続き、主人の下へと向かった。今回の不正調査の結果を伝えに、ランマが“大物”と呼ばれる男に接近する。バンが秘密裏に潜入調査をしていた裏雀荘で行われていた、闇の組織と統監本部——暗躍組織摘発課との裏取引。その報告書を持ち、邸宅の奥の部屋で“大物”と対峙した。

 

 その男は車いすに座り、大きな窓の外を見つめている。


「よお。久しぶりだな、【一期一会】。……相変わらず病弱な大富豪様ってか?」


「やあ、【国士無双】。いや、今は【快刀乱麻】か。きみも相変わらず、アウトローな〈語句〉だな」


■一期一会(いちごいちえ)

一生に一度の出会いのこと。どの出会いでもただ一度の機会なのだから、大切にすべきという意。


 振り返った【一期一会】。【一】族特有の黒と赤。——腰まで伸びる黒の長髪と、切れ長な赤い瞳。若い見た目でありながらも、その雰囲気は年長者たる落ち着きがある。


「それで、例の不正調査の結果は出たのかな?」

「ああ。ここに報告書を置いとくぜ。ウチの優秀な探偵が徹マンに明け暮れ、手に入れた情報だ。嘘偽りはねえよ」

「もちろん、きみ達の働きは信頼しているさ。今や、統監本部の信頼は、地に落ちたも同然だろうからね」


 【一期一会】が嘲笑を浮かべる。それに、ぴくりとランマが反応した。


「別に、統監本部を擁護してるワケじゃねーけど、その裏取引に、アンタんトコの弟クンが関与してるっぽいぜ?」

「弟? はて、統監本部に私の弟なんていたかな?」


 車いすを動かしながら、【一期一会】がランマに近づいてくる。テーブルに置かれた報告書に目を通し、「ふふ。そうか、やはりな」と呟いた。その様子を、ランマはじっと見下ろしている。


「……【一網打尽】。アンタら華麗なる【一】族の、優秀なエリート捜査官サマだろ?」


「いちもうだじん? うーん、私の弟にそんなのがいたかな? 何分、兄弟が多いものでね。末の弟らのことは、よく知らないんだ」


「それでも【一】族の長兄サマかよ。血族の結束が固い、この世界を裏で牛耳る【一】族。政治も金も、アンタら【一】族が動かしてるようなモンだろ?」


「やだなぁ、ランマ。私達【一】族を、そのような悪名高き家系にしないでおくれよ。私達はただ、皆よりこの世界に生まれてくるのが早くて、その上、人数が多かった、それだけのことさ」


 からっとした笑顔を向ける【一期一会】に、ランマが吐息を漏らす。


「……ロクが実家に帰りたがらない理由はこれだな」

「おや、末弟に会ったのかい?」

「末の弟らのことは知らないんじゃなかったのかよ?」

「まあ、中間子のことはあんまりだけど、末弟は別さ。【一六銀行】は元気そうだったかい?」

「まあな。アンタから依頼の報酬を得たら、アイツんトコに質入れしたモンを取り返しに行くぜ?」

「そうか。なら彼に伝えてくれないかい」


 ニコニコ笑っていた【一期一会】が、さっと真顔となった。


「我らが討つべきは、『アイ』だとね」


「あい? そう言えば、アイツに伝わるのか?」

「ああ。よろしく頼むよ、ランマ。それから今回の報酬、約束通りの金額を支払おう」


 そう言って、【一期一会】が懐から小切手を取り出した。それを受け取ったランマが、「まいどあり」と言葉を残し、【一】族の邸宅を後にした。


 金融機関にて小切手を資金化したランマが、「娑婆」地区に質屋を構える【一六銀行】の店の暖簾をくぐった。


「よお、ロク。質入れしたモンを――」

 

 先客がいた。それは長身のロクとは対照的な小柄な男。二人がランマに目を向けた。二人とも同じ黒髪と赤目をしている。


「あら、快刀チャンじゃな~い。質入れした【草】でも買戻しに来たのかしらァ?」

「ああ。ケド、先客がいたな。お前サンは……」


「ではロク、また来るよ」


 そう口早に言って店を出ようとする、スーツ姿の男。すれ違いざま、ランマが男を見下ろし、言った。


「この間は、ど~も。まさか組摘の課長サンが、こーんなに可愛らしい坊ちゃんだったとは驚きだな~」


 ぎりっと男――【一網打尽】がランマを睨みつけた。


「ついさっきアンタんトコの長兄サマから伝言を預かって【】たってのに、もう【ショー】かよ。早い展開はキライじゃねーケド、アンタの出番はもうちっと後の方が、盛り上がるんじゃねーかな」


「貴方の仰っていることは良く分かりませんが、あまりアウトローな言動をされていると、そちらの事務所にガサ入れに参りますよ? ……ああ、違いました。ガサ入れしなければならないのは、【極悪非道ごくひ】組の方でしたね。失礼」


 上品な話口調であっても、その赤い瞳は、ランマの生い立ちに関係する【極悪非道】組に向けられている。


「っけ。言ってくれるじゃねーの。まあ、いずれアンタらとも決着をつけてやるよ。虎坊にもヨロシク伝えてくれや」

「ええ。いずれまた」

 そう言い残し、ジンが店を後にした。ようやくロクと二人きりとなり、ランマがニッと笑う。


「いかにもエリートサマって感じの弟だな」

「ナニ言ってんのよ。アレでもアタシの兄貴よ。怒らせたら怖いんだから」

「あ、そっか。アイツの方が先に生まれたんだっけ。長身のお前サンと、おチビのアイツが並ぶと、どっちがどっちか分からなくなっちまうな」

 ニシシと悠長に笑うランマに、ロクが「はあ」と吐息を漏らす。

「それじゃ、アンタらが質入れした【草】を持ってくるから、ちょっと待ってなさい」

 

 事務所から持ってきた質草を取り戻したランマが、店を出る前、【一期一会】から預かった伝言をロクに言い渡した。


「——というコトを、【一】族の長兄サマより託って来たぜ~? お前サンなら、この〈意味〉が分かるってな」

「……そう」

 ロクが視線を逸らし、難しい顔を浮かべる。


「その『アイ』ってのは、誰のコトなんだ?」


「さあ? 正直、アタシも散髪(さっぱり)よ」


「相変わらず洒落てんなぁ。……ケド、俺が思ってる『アイ』じゃねーよな~?」


「馬鹿おっしゃいなぁ。アタシら【一】族が束で掛かっても、アンタの育ての親である【極悪非道】組、大親分【愛月撤灯】にゃ、勝てる訳ないでしょ?」


「ならイイケド。この世界の権力中枢である【一】族が打倒を掲げる『アイ』ねえ。頼むから、この世界を崩壊させるコトだけは勘弁してくれよ」


「まあ、その【一】族の末弟であるアタシにゃ、関係ない話よ。イチゴめ、こういうコトこそ、ジンに言えばいいのに……」


 ロクが一人呟くも、ランマはそれ以上何も聞かなかった。手押し車に質草を積み、ランマは事務所へと戻った。


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