第6章 ジュリアの秘密
20 親友の彼女
眞奈は毎日がとてもつらい気持ちだったので、その気持ちから逃げるように、ジュリア・ボウモントの調査についてのめり込んだ。ジュリアのことを考えていればみじめな現実を忘れることができた。
もうマーカスのことは考えないようにするんだ。マーカスとイザベルを気にしているひまなんてない。ジュリアを助けるために何かしないとね、眞奈は思った。
ジュリアがなんで病死したのか原因を調べたら、彼女ともう一度会ってその病気に気をつけるよう警告するの。そしたらジュリアは死ななくて済むだろうし、アンドリューと結婚して幸せになれる!
眞奈はまず、ウィストウハウスの見取り図がほしいと考えた。何かを指標にして歩かないとまたお屋敷の中で迷ってしまう。ところが、学校の図書館でもインターネットでも見つからなかった。眞奈にできることといえば、困ったときのウィル頼み。
「ねぇ、ウィル、ウィストウハウスの見取り図を探したいんだけど……」
「なんだよ、おまえ、学校で泥棒でもするつもりなのか?」
ファンタジーの通じない彼には、まさか『亡霊と会うために過去への抜け道を探す』とは言えない。
眞奈は「ウィストウハウスの隠し通路や隠し部屋を探す探検遊びなの、宝探しみたいで面白いでしょ」と説明した。
「ほんとにそんな理由で歩いてまわるのかよ!」、ウィルは目をむいた。
それでも彼はあちこち探して、リーズの民俗資料館で、ウィストウハウスの見取り図を手に入れてきてくれた。
「こんなものでおまえが落ち込まないで、ちょっとでも楽しいなら」、ウィルは半信半疑で言った。
お屋敷の見取り図が見つかってから数日間、眞奈は、お昼休みはランチを超特急で食べたり、帰りのスクールバスを一本ずらしたりして、なるべく時間をつくった。そして校内を歩きまわり『過去への抜け道』探しに熱中した。
ウィルは不満たらたらだったが、眞奈の決心がゆるがないのを見ると、ときどきは『探検遊び』に付き合ってくれた。
眞奈は一応ウィルの分も見取り図をコピーして渡した。
しかしウィルは、もらった図面をさっさとナップザックのポケットに押し込んだ。本音ではそんな子どもっぽい遊びにはいっさい興味がなかったので、ジェニーとのデートを理由に参加しないことも多かった。
眞奈としてもそっちの方がむしろうれしかった。
一緒に探してくれるウィルの気づかいはありがたいが、亡霊をちっとも信じていないウィルがそばにいたら、神秘的な『過去への抜け道』なんて発見できないにきまっている!
眞奈は考えられる限りのいろいろな行き方で歩いてみて、片っ端から部屋や廊下を確認した。
歩いた廊下やチェックした部屋がすぐわかるように、見取り図にペンで『済み』の印をつけた。
しかし眞奈は、いまだに過去に行くことはおろか、あのときジュリアが下りてきたらせん階段にさえたどり着くことができていなかった。地図に書かれた『済み』印だけがどんどん増えていった。
一ヶ所だけ、ジュリアたちが帰り方を教えてくれて、一番最後に通った真っ暗闇の『階段通路』は比較的ラクに発見できた。
眞奈は何度も行ってみた。でも、マーカスの言うとおりだった。階段を上っても下りても不思議な力は何も起こらず過去には行けない。
あのとき二人が考えたとおり、『階段通路』は過去からの『帰り道』だけに適用される抜け道なのかもしれない。
「やっぱり『行き』と『帰り』は道が違うのよ。ここは帰り専用の道なんだわ。行きが大事なのに、なんで行きの道が見つからないの?」、眞奈はつぶやいた。
「おい、なんだよ、大丈夫か?」、ウィルは心配そうに眞奈を見た。
眞奈ははっとした。
今日はウィルと一緒に階段通路に来たんだっけ。つい、ウィルがいるのを忘れてひとりごとを言ってしまっていた。
「なんでもないの、ちょっと別のこと考えていて」、眞奈は慌てて言いわけし
た。
『過去への抜け道』調査はそんな八方塞がりの状況であったが、思わぬところからジュリアの新情報が転がり込んできた。
ウィルのママとパパが眞奈の家へランチに来たのは日曜日のことだった。
ランバート夫妻は、子どもたちの仲がいいので一度眞奈の家に挨拶に来たいと思っていたのだが、今日まで延び延びになっていた。
「こんにちは。イギリスにはだいぶん慣れましたか? こんな外国暮らしなんて大変ですね」
「お天気も悪いしね。何か困っていることがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
ウィルのママとパパは気さくな人柄で、眞奈のパパはもちろん、英語や外国人が苦手なママもすぐ打ち解けた。
大人たちのランチ会のため、眞奈はずっと二階の自分の部屋にいたが、階下から聞こえてくる笑い声を聞き、親友の両親と自分の両親がうまくやっているのが感じられほっとしていた。
そのとき眞奈の携帯にメールが送られてきた。なんとウィルが眞奈の家の玄関にいるという。
眞奈が急いで玄関に行ってドアを開けると、ウィルがガールフレンドのジェニーと一緒に立っていた。
「ウィル! いったいどうしたの?」
「さっきおふくろから電話があってさ、おまえの家に持って行くはずだったお使い物のワインを忘れたから届けろって。ちょうどジェニーと駅に行くところだったんでおまえの家に持って来たんだ」、ウィルはワインを手渡しながら言った。
ウィルの隣にいるジェニーは眞奈に何も言わずそっぽ向いていた。
彼女には以前に一度会ったことがあるが、ジェニーは明らかに眞奈のことを忘れているようだ。眞奈は、ジェニーに自分から挨拶するべきか迷ってそわそわしはじめた。
二人が会釈しないので、ウィルは双方をもう一度簡単に紹介した。
「前にも会ったことあると思うんだけど、ジェニー、親友のマナだよ、マナ、ジェニーだよ、いつも話してるだろう?」
「こんにちは」、眞奈はジェニーに挨拶した。
ジェニーはあいまいな笑みを見せただけだった。
「ランチはどうなってる? おふくろとおやじ、ちゃんとうまくやってるかな?」、ウィルは心配そうだ。
「いい感じで進んでいるみたい。みんな楽しそうよ」
「そっか、それはよかった」
眞奈が「デートだったの邪魔しちゃってごめんなさい」とジェニーに言うと、ジェニーはしらけた様子で何も言わず、口角を上げ表面的な笑みをつくった。愛想のかけらもない、無関心な様子だった。
うわ、感じ悪いっ……。
眞奈は心の中で毒づきながら、ジェニーの腰履きジーンズとむき出しになっているウェストのタトゥーをチラ見した。
興味のないことに付き合わされるジェニーも迷惑なのだろう。どんなに嫌な女の子でも親友の彼女なのだ、ここは我慢して普通の態度でいなきゃ。
「それじゃウィルと楽しんでね」、眞奈は努めて明るく言った。
ジェニーは無言でまたそっぽ向いた。
ウィルは、そんなジェニーの態度と眞奈との微妙なやりとりに全然感づいていない様子で、いつものように上機嫌だった。
「悪いけど今日はもう行くからな」
ウィルは大人のカップル然として、ちゃっかりジェニーの腰に手をやり歩き出した。
一方、ジェニーはむすっとした顔で、ウィルがエスコートしようと自分の腰にあてた手をさっとはらった。
ウィルはちっとも気にせず、幸せそうににやにやしている。
最初、眞奈はジェニーの感じ悪い態度は自分に興味がないか、自分を嫌いかだと思っていたが、今の仕草を見ると、原因はウィルにあるのかもしれない。
きっと何かケンカでもしてジェニーがご機嫌ななめなのに、ウィルがそれに気がついていないんだわ。まったく鈍感なんだから……。
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