26 友情の行方

 次の日の朝、神様はどこまで意地悪なのか、一時限目の国語がまたしてもグループワークだった。 

 眞奈は先生から一緒のグループにされないために、わざとレイチェルを避けて彼女から一番遠い席に座っていた。

 ところが、なんと教室の向こうからレイチェルがつかつかと歩いてきて、「マナ、よければ一緒に組まない?」と眞奈に声をかけた。

 眞奈は心底びっくりした。

「でも……、あなたはそれでいいの?」

「まぁ、もちろんよ。私はマナ、あなたと一緒にグループワークしたいの!」、レイチェルはきっぱりと言った。「あなたさえよかったらだけど……」

 実は眞奈が昨晩みじめで眠れぬ夜を過ごしている間、レイチェルはレイチェルでやっぱりみじめで眠れぬ思いだった。遠い外国から来た英語が不自由な女の子に取った自分の態度をひどく恥じていたのだ。彼女は本当の意味で賢い少女だったので、自分の態度が時に威圧的で相手を緊張させること、眞奈がレイチェルを仕切り屋だと考えてあえて意見を譲ったこともよくわかっていた。

 さらにレイチェルは言った。

「クレアもあなたと一緒にやりたがっているのよ。前からあなたと仲良くなりたかったんですって」

 眞奈にとってこれまた意外なことだった。クレアとは今まで一度もしゃべったことはなかった。

 一度もしゃべったことない女の子が自分と仲良くなりたいだなんて、そんなことありえるのだろうか。

 でも、向こうでにっこり手を振っているクレアを見たとき、クレアが本当にそう思っているのが感じられた。

 眞奈は後で知るのだが、以前からクレアは異国で大変な思いをしている眞奈を気にかけていた。クレアは自分が太っていることや、男の子に全然モテないどころかバカにされていること、そして成績がよくないことにひどくコンプレックスを持っており、自分がつらい思いをしているからこそ眞奈の悲しみにも敏感で、眞奈に対していつも優しい気持ちを抱いていたのだ。

 眞奈は少しドキドキしながらレイチェルとクレアのグループの席に移動した。

 ステイブリー先生の国語の授業は、「小説のハッピーエンドとアンハッピーエンドの違い」というのがテーマだった。

 昨日の科学の実験で自分の意見を言わず、レイチェルやクレアたちに任せきりにしてしまったことを反省していた眞奈は、やっぱり今日も先生の質問の意味は理解できていなかったのだが、ともかくなんでもいいから自分の意見を口にした。

「日本には『終わりよければすべてよし』ということわざがあるぐらいなので、たとえCSルイスが『不思議の国のアリス』において、夢から覚めて現実の世界が待っているとアンハッピーエンドを暗示していたとしても、アリスはまだ子ども時代の最中であって、優しいお姉さんもいることだし、文学的にはハッピーエンドで間違いない」と、自分でも何を言っているのかまったくもって意味不明だったが、ともかく眞奈は頑張って一生懸命しゃべった。

 もっとも『終わりよければすべてよし』は日本のことわざではなくシェイクスピア(イギリスお膝元の巨匠……)の名言で、「不思議の国のアリス」の作者はC・S・ルイスではなく、ルイス・キャロルで、おまけに先生の質問は『不思議の国のアリス』についてではなく、カナダ人のノーベル賞作家アリス・マンローの小説のことであった(『ワンダーランド』っていう単語が聞こえたからてっきり不思議の国のアリスだと……)。

 しかし、レイチェルもクレアも眞奈のことをけっして笑わなかったしバカにもしなかった。むしろレイチェルもクレアも、頑張って自分の意見を述べようとしている眞奈の勇気に心を動かされた。いろいろわからないことだらけで不安だろうに、勇気を出して消極的な自分を変えようとしている……。

 眞奈の意見に対して、クレアは「それはいい発想ね」と微笑み、レイチェルは「そうね、それはいい答えだわ」と褒めた。

 最後のグループ発表では、レイチェルは眞奈の意見を利用し、かつ間違ったところをカバーし、かつステイブリー先生を感心させるツボを散りばめ……、という「ザ・レイチェル技」をやってのけた。

 他のグループの発表が進んでいくにつれて、眞奈は、自分の答えが勘違いだらけだったことがわかり恥ずかしさで真っ赤になった。でも同時に、眞奈の間違ったところを修正しながら彼女の意見をきちんと活かしたレイチェルのことを尊敬し、クレアの優しさにも感謝した。

 そしてけっきょくのところ、眞奈たちのグループはステイブリー先生から最優秀グループに選ばれ、賞品のチョコレートバーを勝ち得たのだった。

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