45 呪われた子ども

 イザベルの涙を見たレイチェルは、「イザベル、あなた知ってたの?」と聞いた。

 イザベルは泣きながらうなずいた。

「ええ。……三月におばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんが死ぬ前に先祖のことを話してくれたの。ジュリアがウェントワース夫妻に殺されたこともね……。今まで黙っててごめんなさいって謝ってくれた。ママもパパも知ってたけど、私とマーカスがショックを受けると思って黙ってたって言ったわ。元々ボウモント家とウェントワース家は仲がよかったのに、ジュリアの件があって気まずくなったって。だから時代を越え私とマーカスが仲良くなってくれてうれしい、これからもずっと仲良くねって、最期、おばあちゃんはそう言って亡くなったの」

 イザベルは涙を手でぬぐった。


 マーカスがめずらしく怒り出した。

「三月に? なんで今までずっと教えてくれなかったんだよ! お葬式だって行ったのに誰も何も教えてくれなかった」

「私のママもパパもあなたが気にすると思ってたの。私もそう思ったわ。きっと私と一緒にいるのが気まずくなるんじゃないかって」

「そんな一八〇年も前のこと、気にするわけないじゃないか、考え過ぎだよ。今まで僕に話してくれなかったことの方が納得いかないよ!」

「ごめんなさい、マーカス。だって亡くなったあなたのママのこともあるでしょ、だから……」

「だから、なんだよ? そんなに心配なんかしてくれなくったっていいよ、もう子どもじゃないんだ! イザベルはいつもそうじゃないか!」


 レイチェルは二人の言い合いを止めるように間に入った。

「もうマーカス、そこまで怒ることないじゃない、それを子どもだっていうのよ、だからイザベルにもマナにも心配されて真実を言ってもらえないんでしょ。それにイザベルだってこんなことぐらいでなにも泣かなくていいじゃない」


 眞奈も泣きたくなってきた。

「イザベルは知ってたのね。ああ、そしたらイザベルに相談すればよかったわ。私、誰にも言えずつらかったの」

 そして自分を責めるように言った。

「私、ジュリアの殺人の計画を知ったのに、どうすることもできなかった。婚約者のアンドリューにジュリアを護ってくださいと頼むことはできたけど……。それで……それで、一人帰ってきちゃったの、ジュリアを置き去りにして。そんな危険な場所なのに……。でも何もできなかった。イザベル、ごめんなさい、あなたのジュリアを見捨ててきたも同然だわ」


 眞奈はヘレン・ハドソンに顔を向けた。

「私、ジュリアが助かったかどうか知りたいんです。アンドリューが彼女を助けられたかどうかを。何か知るためのいい方法はないでしょうか? もしくは助かったかどうかあなたが知ってませんか? あなたは不思議な力を持っているって聞いています。知ってたら教えてください! ジュリアのメイドのグラディスはミセス・ハドソン、あなたの血縁ですよね? グラディスも不思議な力を持ってたし、『過去への抜け道』も私たちが住んでいる未来の世界も知ってたわ。私、グラディスに助けられたんです。グラディスは私が味方だって知っているはずよ。私は味方なんだから、あなたは私を嫌う必要ないんです。きっと誤解なんです。だからあなたも知っていることをなんでもいいので、どうか私に教えてくれないでしょうか? そしたら私、もう一度過去の世界に行ってジュリアを助けて来ます!」


 しかし、ミセス・ハドソンは冷たく黙ったまま何も言わなかった。

 眞奈は腹が立ってきた。この人はいったいなんでこういう態度なのか、眞奈は怒りを抑えきれなかった。

「あなたが何も言わない気なら、こちらにも考えがあります。例えばジュリア・ボウモントのお墓を掘り返すとか。もし棺に遺体が入っていなければ殺されずに助かったってことよ。もしアンドリューとどこかに逃げて幸せに暮らしたとしたら、ウィストウハウスの墓地に遺体があるわけない。でも、エマ・ウェントワースは世間体を気にするタイプだもの、家柄の体裁のためにお墓をつくるかもしれないわ。ジュリアがいなくなったのは駆け落ちしたからでなく、病死したからだってね。そうだったとしたら、棺の中に遺体はないはず。そうよ、その可能性は高いわ。だって、ウィストウハウスの四つ目の謎は『棺の中から消えた死体』なのだから。きっと消えたのはジュリアの死体のことだわ!」


 眞奈がそこまで言うと、ミセス・ハドソンが初めて眞奈に向って口を開いた。

「やはりおまえは呪われた子どもだね。ものごとを破壊せずにいられない、根っからの破壊者だ。とっとと自分の国へお帰り。ウィストウハウスに不幸を呼び寄せる、悪魔の子ども、邪魔者の子ども」

 ミセス・ハドソンは一言一言区切りかみしめて言った。英語が不自由であろう外国人の眞奈にもちゃんと理解できるように。


 食卓の空気が一気に凍りついた。子どもたちは自分の耳を疑った。

 特にヘレンになついているマーカスとイザベルの驚きと衝撃は言葉にできないぐらいであった。

 愛すべきおばあちゃん、ヘレンがいったい何を言うのか! これは悪夢にちがいない……。

 イザベルは真っ青な顔をして今にもイスからくずれ落ちそうだった。マーカスはただ呆然とヘレンを見つめていた。


 ヘレン・ハドソンはマーカスとイザベルの方を見てにっこり微笑んだ。

「この呪われた子どもからおまえらを護るのが私の務めだよ。マーカス、イザベル、あんたたちはお互い好きになってるんだから、いずれ結婚して子どもが生まれてくれれば……、そして首尾よくウィストウハウスがマーカスのものになれば、ウィストウハウスにとって一番幸福なことなんだよ。またウェントワース家とボウモント家の時代が来て、一族の子どもたちが元気に走り回り、家族は幸福で、ウィストウハウスも幸福になるのさ。長い年月をかけてまたウィストウハウスによい時代が巡ってくる。第二の黄金時代の始まりだ。今はバカの骨頂だよ。落ちるところまで落ちたもんだ。せっかくの美しいお屋敷を細断してこんなくだらない学校と公園にするとは……。間抜けなガキどもと安っぽい大衆に媚を売るはめになるとは……」

 ミセス・ハドソンは今度は眞奈に顔を向けた。

「おまけに醜い外国人にお屋敷をうろつかれるなんぞ、我慢ならないよ。おまえ、その醜い顔はちゃんと隠しながら去るんだよ。もう二度と見たくない。なんという呪われた子どもだろう。ウィストウハウスに不幸を呼び寄せる、悪魔の子ども」


 事の成り行きがまるで芝居がかっていて、みんな黒魔術に取りつかれたように何も言えなかった。しかし、通学組でヘレン・ハドソンにあまり先入観のなかったウィルの反応が一番早かった。

「なんだと、ババァ!」

 ウィルが勢いよくイスから立ち上がった。今にもなぐりかかりそうな勢いで、「もう一度言ってみろ!」と怒鳴った。


 眞奈もイスから立った。

「私、帰るわ、日本じゃなく『イギリス』の自分の家にね。それに、ミセス・ハドソン、あなたはウィストウハウスを心配しているようだけど、あなたに心配してもらうのはウィストウハウスがお断りよ! ジュリアは私を呼んでくれたの、ウィストウハウスは私を選んでくれたの。だから私がウィストウハウスとジュリアの幸福を護ってみせるわ!」

 そして眞奈は、さっさと門番屋敷を出て行った。ウィルが、「おい、マナ!」とその後を追っていった。


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