22 窓辺のジュリア
次の日、眞奈は午前中の授業が終わるのを今か今かと待ち続けて、やっとお昼休みになると、過去への抜け道探しのスタート地点である大階段に向かった。
ウィルはタバコを吸いにどこかに行ってしまったので一人きりだった。今は一人なのがありがたい。
今までジュリアは病死したと眞奈は思っていた。でもそれは違った。ジュリアは殺されたのだ。
確かにウィルのママから聞いた話はショッキングだったが、過去の世界に行ったときのジュリアの話と総合すると状況は明らかになった。
ボウモント一族の莫大な財産を持っているジュリアがアンドリューと結婚しようとしていたので、エマとリチャードは結婚させまいとしてた。ジュリアが結婚したらジュリアと一緒に財産も出ていってしまうから。
あのときジュリアは婚約したばかりだと言ってうれしそうだった。
エマたちに婚約がわかるのは時間の問題だし、うすうす感づいているだろう。焦ったエマたちはすぐにでもジュリアを殺すにちがいない。
確かエマは5月の舞踏会でなんとか侯爵と何か相談すると言っていた。彼女やリチャードが直接手をくだすとも思えないから、そのなんとか侯爵が殺害するのだ。
ジュリアのことで進展があったのはよかったが、マーカスのことを考えると眞奈の心は重かった。今となっては、マーカスが眞奈との約束忘れているのは幸いともいえよう。一緒にヘレン・ハドソンの家に行ってジュリアのことを聞き出すなんてできない。
マーカスがこのことを知っているとはとても思えなかった。まさかこのウィストウハウスで自分の先祖がイザベルの先祖のジュリアを殺したという話を知りながら、子どもの頃からお屋敷を楽しそうに探検なんてできないだろう……。
それにマーカスはあのとき「ジュリアは病死した」ってはっきり言ってたし。
パパの言うとおり、一八〇年も前のできごとを気にするなんてバカバカしいのかもしれない。でも、マーカスとイザベルにとっては「全然気にしない」ってことはできないんじゃないだろうか、眞奈は思った。
ともかく眞奈がジュリアを助けることができれば、マーカスの先祖がイザベルの先祖を殺したという歴史は残らないわけで、マーカスもイザベルも傷つかなくて済む。
ジュリアを助けることは彼らのためでもあるわけだ。
そしてよく状況を考えると、ジュリアが殺されたことは確かに悲劇ではあるが、これから過去の世界のジュリアを助けるという目的なら、むしろ『殺人』の方が『病死』よりもいいのかもしれない。眞奈はポジティブに考えるようにした。
病死を回避するのは難しいが、殺人はその殺される瞬間だけうまく逃れられれば、死ぬのを回避できる!
殺される日にちや時間、場所、殺した人物を特定できれば、確実にやめさせることができるだろうし、前もってジュリアに有益な警告だってできるだろう。
しかし、そうするためには、なんとしてでももう一度ジュリアに会うために過去の世界に行かなければならない。
眞奈は、全力をあげて過去への抜け道を探すことを改めて決意した。
さっそく見取り図を見ながら、一度は行って『済み』印をつけた場所で、可能性の高そうな廊下と部屋にもう一度行ってみることにした。
眞奈は歩きながらつぶやいた。
そうそう、この廊下はあのとき通った記憶があるんだよね。
眞奈は一番初めにジュリアに会ったとき、カサカサ音がしたので亡霊がいると恐怖した瞬間を忘れることはできなかった。それは壁の掲示板で揺れているはがれかけのポスターだったのだが――、 ここはそのときの場所だ。
見取り図を見ながらであれば、ここへは何度も来れるのだが、この先がどうしても釈然としない。
眞奈は少し考えをまとめようと、使われていない教室に入って適当にイスに座った。
「あーあ、なんだか疲れちゃった」、眞奈はため息をついた。
そのとき不意に、本当に不意だったのだが、眞奈が顔を上げて何気なく窓の外を見ると、なんと向こうの棟の窓辺から、あの女の子、ジュリア・ボウモントがこちらを見ているのが見えた!
「まさか!」、眞奈は何度もまばたきをした。
「きっと幻でしょ」
でも、ブロンドの流れるような髪に、優しくて愛嬌ある笑顔……、まさしくあのときに会った一八〇年前の亡霊のジュリアだった。
自分の妄想なんかじゃない、本物のジュリアだ!
ここが『過去への抜け道』なの? ありえない! だってこの場所は何度も来てるもん。
眞奈は何がどうなっているのかわからなかったが、ともかくジュリアに会えた。今はそれだけで十分であった。
眞奈は窓まで走り寄った。急いでガラス戸を開けると、「ジュリアァ!」と叫んだ。
ジュリアも眞奈に気づいたようだった。こちらを見ながら手を振って何か叫んでいる。
おそらく「マナ!」と叫んでいるのだろう。でも声はなぜか聞こえない。
「ジュリア、待ってて!」
早く行かなきゃ、ジュリアが消えちゃう!
眞奈は向こうの棟にたどり着くにはどう行くのが一番早いのか、もどかしい思いで見取り図を見た。ここからはぐるっとまわって行かなきゃいけないようだ。ジュリアが何階のどこの窓から顔を出しているのか確認して、眞奈は使われていない教室を飛び出した。
眞奈は必死で走った。
やっと向こうの棟にたどり着き、ジュリアのいた二階まで一段抜かしで階段を上がった。でも、ジュリアがどこの部屋にいたのかがあいまいである。
逆がわから見たとき窓は右から四番目ではあったのだが、それがどの部屋なのか……。部屋の順番を数えながら廊下を走った。
たぶんここだ。
しかし、中からはおしゃべりや笑い声、机やイスをずらす音、走り回る音などが聞こえていた。ありふれたいつもの喧噪……。
眞奈が部屋に入ると、そこは教室だった。制服の生徒たちが騒いでいた。
ジュリアは消えてしまった、過去の世界も消えてしまった……。
眞奈の意識がはっきりしてくると、知ってる顔がいくつも見えた。そしてウィルが手を振っている。ファンタジーからもっとも遠いウィルの現実的な顔を見ると、眞奈の希望はしゅんとしぼんだ。
ウィルが大きな声で呼んでいる。
「マナ、こっちだ! 席とっておいたぞ」
どうやら午後の授業の部屋だった。ちょうど授業が始まるところでみんな集まっている様子だ。
ジュリア、どうしよう……せっかく会えたのに……。
眞奈は混乱した気持ちで泣きたくなってしまった。
そこへ、混乱に追いうちをかけるように、マーカス・ウェンワースがまっすぐと眞奈の方に向かって歩いて来た。
「マナ、待ってたんだよ! 前に言っていたミセス・ハドソンとこ行く約束だけど、ごめん、遅くなって。ヘレンを説得するのに手間取っちゃってさ、でも昨日OKをもらったから今度一緒に行こう。ちょっと先だけど来週の金曜日はどうかな?」
自分のことは忘れ去られているはずだったのに……。眞奈は呆然とした。
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