21 亡霊少女の秘密

 眞奈がウィルから渡されたワインを居間に持って行ったとき、一座はちょうどイギリス王室と日本の皇室の話題で盛り上がっていた。


 パパが大げさに手を広げてみせた。

「いや、ダイアナ妃の実家のオルソープ邸で、結婚式場のビジネスやってると聞いたときは本当に驚きましたよ、日本じゃ考えられない……」


「ほんと、そうね」、ママも同意した。

 ママも、キャサリン妃やダイアナ妃のことには興味があったので、楽しく話題に参加していた。


 ウィルのパパ、ミスター・ランバートは言った

「あれだけの邸宅を維持していくには莫大な金が必要ですからね。大戦後は貴族も金策に大変なんですよ」


 ウィルのママ、ミセス・ランバートが、部屋に入って来た眞奈に目をやって「あら、娘さんね。いつもウィルと仲良くしてくれてありがとう」と、眞奈に微笑んだ。


「こちらこそいつもウィルに面倒みてもらっています。ありがとうございます。……あの、ウィルがワインを持って来てくれました」、眞奈はそう言ってワインを渡した。


「そうなのよ、私ったら嫌だわ、肝心のお使い物のワインを忘れちゃって……。これどうぞ」


「まぁ、ありがとうございます」、ママはお礼を言った。


「ウィストウ村の雑貨店で買ったの。あそこの店主はワインを選ぶ目は確かなんですよ」


 ミセス・ランバートの言葉を聞いて、パパは言った。

「そういえばウィストウハウスも元々貴族の邸宅ですよね。由緒ある立派な建物ですね」


「元ウェントワース家のお屋敷だね。確かに立派な歴史的建造物だ」とミスター・ランバート。


 眞奈は突然ウィストウハウスとウェントワース家の話が出てきたのでドキッとして、そのまま立ち止まった。


 ミセス・ランバートは同調した。

「そうね。せっかくの歴史的な建物だから、ウェントワースの末裔が屋敷を手放すと決めたとき、最初は重要文化財としてヨークシャー州が保存するという話もあったのよ。でも、けっきょく学校になったのよね」


「その一族の子孫は今もヨークシャーに住んでいるんですか?」、眞奈のパパは興味深げに聞いた。


「いいえ、確か今はニューカッスルに住んでいるんじゃなかったかしら。でも、直属ではないけど親戚がいてね、その子どもが、マナ、あなたの学校に通っているのよ、名前はマーカス・ウェントワース。それにウェントワース家の遠縁でやっぱりウィストウハウスにつながりのあるボウモント家のイザベル・ボウモントも一緒に通っているのよ。あなた、二人とも知ってるでしょう?」


 マーカスとイザベルの名前を聞いて、眞奈は息を飲み込みつつ、「ええ、同級生です」となんとか答えた。


「私、昔、イザベルのお母さまと一緒に学校保護者会の役員をしていたことがあってよく知ってるのよ。イザベルとマーカスはほとんど姉弟同然に仲がよくてね、ご両親も家族ぐるみの付き合いだとか。ウィストウハウス・スクールでイザベルとマーカスの仲がいいのは不思議な縁よね。あんな歴史があるというのに……。マナ、ウィストウハウスの亡霊の噂話はまだあるのかしら?」


 眞奈は自分の耳を疑った。

 こんなところでジュリアの亡霊話まで出るとは……。

 眞奈は心臓の鼓動がすごい勢いで早まるのが、自分でもはっきりわかった。今やウィストウハウスの謎は向こうから扉を開いて待っているのだ!


「ええ、少女の亡霊の謎は今も有名です、とっても有名です」、ミセス・ランバートの気が変わり別の話題になるのが心配で、眞奈は素早く勢い込んで答えた。


「そう、昔のままなのね。子どもたちはそういう幽霊話は大好きだものね」、とミセス・ランバートは微笑んだ。


 パパが思い出したように言った。

「確か、オースティン校長先生も話していましたね、ウィストウハウスには大昔の時代に亡くなった女の子の亡霊が出るって」


 ゴシップ好きのミセス・ランバートはうれしそうに話しはじめた。

「なにね、一番初めにウィストウハウスを建てたのはボウモント家だったのよ、ボウモント家はこのあたり一帯を取り仕切っていた有力な一族だったの。ところが、ウェントワース家の者と結婚したとたん、ボウモント家の者は次々と死に、けっきょく家も財産もウェントワース家のものになったのよ」


「ボウモント家は絶えたんですか?」


「直系はね。でも遠縁は細々と残っていたの。それがイザベル・ボウモントの家ね」


「それで女の子の亡霊ってのは誰なんですか?」


「次々死んだボウモント一族の中には、ウェントワースの策略で殺された人間も何人かいて、その一人がその女の子の亡霊だといわれているわ。

 その女の子の母親は夫を亡くした後、爵位はあるけどほとんど無一文だったウェントワース伯爵と子連れ再婚したんだけど、すぐ死んでしまったの。やがてウェントワース伯爵も死に、まだ十歳だったその女の子は母方・ボウモント家のお屋敷と莫大な財産を相続したのはいいのだけど、新しく爵位を継いだ義理の兄と兄嫁のウェントワース一族の元に取り残されてしまったの。ウェントワース家は借金だらけでお金に困っていてね。ボウモント家のその女の子の周りには、彼女の財産を狙う敵しかいない状態だったわけ」


「まるでサスペンス映画のようですね」とパパ。


「新しく爵位を継いだ義理の兄のリチャードと妻のエマは……、特にエマは野心家の女でね、けっきょく、エマ・ウェントワースが、そのボウモント家の直系の生き残りである女の子を殺害してボウモント家の莫大な財産を奪い、エマとリチャードは大金持ちになったという実話なんですよ。

 それで殺されたその女の子は成仏できなかったのでしょう、今でも亡霊となってウィストウハウスに現れるという伝説になったんですね」


「なるほど、サスペンスだけでなくホラー映画にもできそうですね」


 パパの言葉にうなずいて、ママも、「だからウィストウハウスはなんだか暗いというか、少し陰気な感じがするんですね」と言った。


 ランバート夫妻とパパ、ママはこのショッキングなゴシップネタを、すっかり楽しんでいた。


 パパは言った。

「そしたら二つの家の子どもたちであるイザベルとマーカスや、彼らの両親が仲がいいのは、ずいぶんと皮肉な話ですね」


「ほんとそうですね。でもまぁ一八〇年以上も前の話ですからね。何があったにしろ、けっきょくのところは大昔から親戚なわけだし、つながりは強いはずですよ」


「それでその女の子の名前はわかってるんですか?」、パパは聞いた。


「ええ。女の子の名前は……」、ミセス・ランバートが口を開きかけた。


 しかし、震える声で後を続けたのは真っ青な顔をした眞奈だった。

「女の子の名前はジュリア。ジュリア・ボウモント……」


 ショックを受けている眞奈の顔色を見て取ったママが声をかけた。

「眞奈、あなた大丈夫?」


 ミスター・ランバートは妻に「おい、おまえ」と、ゴシップ話を止めた。


 ミセス・ランバートは恥じ入った。十四歳の女の子がいる前で、同級生が関係する悲劇を自分がいかにグロテスクに話をしていたか……。

「まぁ、マナ、ごめんなさいね、本当に。こんな話をあなたのいる前でするべきじゃなかったのに」


 眞奈のパパは笑いながら、ミセス・ランバートに言った。

「いや、眞奈は大丈夫ですよ。もう大人ですから」

 そして眞奈に言い聞かせた。

「眞奈、なんたって一八〇年以上も前の歴史上の話だよ。日本の歴史にだっていろいろ残酷な話は山ほどあるだろう、それと一緒で子孫だってそんなこと気にしちゃいないさ」


「そうさ。今はマーカスもイザベルも普通の友達として仲がいいんだから、過去の歴史なんて何の問題もないんだよ。だから気にする必要はないよ」、ミスター・ランバートも優しく眞奈に言った。


 最初のショックが通り過ぎると、眞奈は自分がランチ会の場の空気を悪くしていることを感じた。

「私、大丈夫です。ただちょっと驚いただけなんです。気をつかわせてすみません」


 眞奈はまだ顔色が悪かったが、少しだけ頬に血色が戻ってきた。

「ミセス・ランバート、教えてほしいんです。そのことはマーカスやイザベルは知っているんでしょうか? あとジュリアがどんな殺され方をしたかわかりますか?」


「マーカスとイザベルはおそらく知らないと思うわ。それに殺され方まではわからないわね」


 ミセス・ランバートは言葉を選びながら言った。

「マナ、この話をマーカスとイザベルに言わないでくれる? 私がこんなことをお願いする資格はないと思うけど、もしかしたらご両親が意図して黙っているかもしれないし……」


「ええ、大丈夫です、私言いません」

 眞奈は請け合った。

 そして小さな声でつけ加えた。

「それに私、べつにマーカスやイザベルと仲がいいってわけじゃないんです。ほとんどしゃべったことないくらいで……。だからそもそも二人にこのことを話す機会なんてないんです」

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