14 過去への抜け道


「僕は昔からウィストウハウスを探検していて、屋敷の構造も詳しいし、実際歩いてみてどこがどんなふうにつながっているかも詳しいけど、そんな『過去への抜け道』のような通路や部屋はなかった。だから結論として、『過去への抜け道』は、隠し部屋かあるいは隠し廊下や隠し階段みたくなっている可能性があるって思ったんだ」


 眞奈はやっとマーカスが建築図を書いている意味が飲み込めた。


「つまり、マーカスは建築図を書くことで、図面の計算上で理屈に合わない部分を探し出しているってわけね。外の壁面の凹凸と、中の部屋の造りが不一致なところはあるか」


「そのとおりだよ。図面の計算上は部屋か通路がありそうなのに、実際に建物内部を歩いてみて部屋や通路がなかった場合、そこに隠し廊下か隠し部屋みたいなのがあるってことだろ。それが現在と過去をつなぐ秘密の抜け道になっているんじゃないかなと思って。いかにもあやしそうじゃないか」


「隠し部屋とか、隠し通路ってよく映画や小説ではあるけど……」、眞奈は半信半疑だ。


 マーカスは言った。

「まぁ、亡霊や魔法使いがいるかいないかは別にして、ウィストウハウスに隠し部屋とか隠し通路があってもちっともおかしくないよ。ウィストウハウスが建てられた時代の貴族のお屋敷にはけっこうそういうのがあったんだ。ただウィストウハウスは学校用に改築されているから、たとえあったとしても改築のとき壊されてしまったのかもしれない。でもひょっとしたらそのまま残っているかもしれないだろ?」


「なるほどね」


「と言いつつ信じてないだろう?」、マーカスは眞奈をからかった。


「そ、そんなことないけど……」、本音を見透かされて眞奈はどぎまぎした。


「でも、ウィストウハウスには例えば『秘密の地下道』ってのは実際今もあるんだよ。宗教弾圧の時代、カソリックの神父を逃がすことができるように、プライベートチャーチから本館につながっているんだ」


「へぇー秘密の地下道なんてあるんだ」


「オースティン校長先生が言ってたんだけど、学校に改築するとき、あまりに古いからその地下道を取り壊そうという案もあったそうだよ。なんていったってウィストウハウスの前のお屋敷時代のものだしね。でも何かの災害のとき内部から外に出られるように残したんだってさ」


「隠し地下道があるぐらいなら、隠し通路や隠し部屋があったとしてもおかしくないわね」、眞奈はマーカスの話を聞きながら、だんだん信じるようになった。


「昔、隠し部屋や通路がないかオースティン校長先生に聞いて、『それはありませんよ』って笑われたことがあるんだけど、でもいくら学校用に改築したっていっても建物自体を取り壊したわけじゃないだろ。主に仕切りとなる壁を入れたりしただけだしさ。だからウィストウハウスに隠しスペースが残されていたとしても、僕は不思議じゃないって気がするんだ」


 眞奈は考え込みながら言った。

「もし仮に隠し通路か何かがあったとして、私が気がつかないで偶然にそこを歩いて『過去への抜け道を通った』ってのはありえると思う。だってずっと迷ってたもんだから手当たりしだいぐるぐる歩いたの。すごく焦っていて必死だったし、同じ場所を何度もまわったわ。どこを通ったのか全然覚えてない……」

 と言いながら、途中で眞奈は息をのんだ。


「でも帰りは覚えてるわ! ジュリアたちに教えてもらって窓のある廊下づたいに帰ってきたの。きっとあれよ! あのドアにはさまれた真っ暗な階段。『階段通路』ってジュリアたちは呼んでた。あの『階段通路』が『過去への抜け道』に間違いないわ!」


「君がどの階段のことを言ってるか想像つくよ、僕もジュリアたちにそう教わって同じように帰ってきたから」、マーカスは言った。


「その階段通路は僕もあやしいと思ったんだけど、でも、違った。何度かその階段を上ったり下りたりしてみたけど過去に行けなかったんだ。それに、僕が過去の世界へ行ったとき、『行き』はそこを通らなかったことは確実だよ。もし通っていたら、ドアにはさまれている階段通路なんて変わっているし目立つから忘れるわけないよ」


 眞奈は同意した。

「確かに『行き』は私も通らなかった、『帰り』だけよ。でも絶対あの階段通路はあやしいわ。あの階段通路を通った後、周りの雰囲気が変化して、現在に戻ってきたような感じがしたんだもん」


「行きと帰りは違う抜け道だってことかもしれない」


「そうね。階段通路は帰りの抜け道の役割だけって可能性もあるわね」


 ふと眞奈は思いついた。

「私、『窓』もあやしいと思うの。きっと『窓』が『行き』の過去への抜け道よ」


 ところがマーカスはそうは思っていないようだった。

「窓かぁ。君が窓をお気に入りなのはわかるけど……、でもさっき君が過去へ迷い込んだとき窓は通んなかっただろう?」


「そうね、窓は通ってないわね」、眞奈はしぶしぶ認めた。


「『窓』なんて行きも帰りも通り抜けられっこないよ、だって窓の向こうは外なんだから。もし文字通り無理に通ったら下に落ちちゃうじゃないか。さっき君と歩いたときのように、下がルーフトップになっていれば別かもしれないけどさ。でも、昔ジュリアに会ったとき、窓を通って屋根の上を歩いたなんて記憶がないしね。そしたらやっぱり『過去への抜け道』は普通の通路か部屋か階段のはずだよ」


 むろん理屈ではマーカスの言うとおりだった。


 しかし、眞奈は自分がどうしてこんなにウィストウハウスの窓にひかれるのか、どうして窓に魔法使いがいるなんて感じたのか、何か強い気持ち……、『窓が重要だ』という重い感覚をぬぐいきれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る