12 肖像画の部屋

 ウェントワースルームは眞奈がウィストウハウスで見た他のどの部屋とも違っていた。


 伝統的な英国式インテリアの洗練を極めたシックな内装美だった。


 部屋の中央にクラシカルな革張りのソファセットがあり、手の込んだ刺繍のクッションがいくつも置かれている。壁紙や天井は淡いグリーンのパステルカラー、天井のモールディングや暖炉のフレームには見事な漆喰飾り、コンソールの上の大きな花瓶には何十本もの白いバラが生けられている。上を見上げれば豪華なシャンデリアがまばゆく、幾重にも取り巻かれたガラスビーズが光をキラキラ反射している。


「インテリアも当時を再現してるんだよ」、マーカスは言った。


 そして『肖像画の部屋』と呼ばれるだけあって、壁には一族のポートレートがところせましと飾られていた。


 肖像画の人物たちは男性も女性も老いも若きも誰もが堂々としていて、絵を見ている者をまっすぐ見つめ返している。まるで本物の人間の生き写しのようにリアルでいささか不気味でもあり、幼いマーカスが肖像画の中から少女が抜け出てきたと考えても無理はなかった。


 眞奈は好奇心いっぱいに肖像画を見回した。


 まず部屋の中央に位置している二つの巨大な肖像画が目に入った。三十代半ばぐらいだろうか、女性と男性、横に二つ並べられている。


 マーカスは解説した。

「彼らは夫婦なんだ。左がリチャード・ウェントワース伯爵、右がエマ・ウェントワース伯爵夫人。このお屋敷の三代目で、時代は一八四〇年代頃かな、ヴィクトリア時代初期だよ。彼らの時代が全盛期だったんだ。お屋敷の大きさもそのとき一気に二倍に増築されたんだって」


「エマ!」、眞奈はすぐに思い出した。

「ジュリアのお姉さんだ。リチャードはお兄さんね」


「そうだけど、なんで知ってるの?」、マーカスはいぶかしげに聞いた。


「実はジュリアだけじゃなくて第二、第三の亡霊もいたのよ。それがエマとリチャードなの。でもドアごしの声だけで姿は見なかったんだけど」


「エマとリチャードにまで会ったなんて、君は霊感が本当に強いんだね!」


 マーカスが尊敬のまなざしで眞奈を見たので、眞奈は赤くなり、「そんなことないよ、私、道に迷ってただけだし……」と、小さな声で言った。


「これが、ジュリアの肖像画だよ」、マーカスは部屋の端っこにある小さな絵を指さした。


「あー、そうよ、彼女がジュリアだ!」、眞奈はうれしそうに言った。


 彼女のバラ色の頬や愛嬌あるひとみ、無邪気な微笑み……。絵は小さいながらもよくジュリアのことを描けていた。


「春のような女の子だわ」、眞奈は言った。

「でもどうしてエマたちと比べてこんなに絵が小さいのかな?」


 ジュリアの絵の小ささや額縁の質素な感じ、飾ってある位置が部屋の端っこなのが眞奈を不安にさせた。ジュリアの背後には何か不幸なストーリーがあるのでないかという強い予感があった。


「それはジュリアが若い頃に病死したからだよ」、マーカスは言った。


「若い頃に病死?」、眞奈はショックで青ざめた。

「そんなはずないわ! 病気になんて全然見えなかった! 婚約したって言ってたぐらいだもん」、眞奈は興奮して声を荒げた。


 慌ててマーカスは謝った。

「マナ、ごめん。もう少し言い方を考えればよかった。でも、ジュリアの若い頃の病死は本当なんだ。確か十六歳で亡くなったはずだよ。だから亡霊になったんじゃないかな。まぁ一八〇年くらい前は若く死ぬのはよくあることで、彼女だけ特別に悲劇なわけじゃないけどね。でもジュリアが婚約してたってのは知らなかった」


 眞奈の顔は青ざめたままだった。

「十六歳……。私と会ったとき彼女はもうすぐ十六歳の誕生日だって言ってた。あれから一年もしないで病気で亡くなったなんて信じられない! エマも何か意地悪そうだったし……」


「エマが意地悪って?」


「ドアごしに聞こえたのよ。エマとリチャードが何かを内密に仕組んでいたの。ジュリアは舞踏会の計画のはずだって言ってたけど、なんだか悪いことをしそうな感じがしたわ。ジュリアはエマにいじめられていたんじゃないかな?」

「君は亡霊たちに会っただけじゃなくて、そんなことまで聞いたんだ」


 眞奈は考え込むように言った。

「私、亡霊のジュリアに会ったというよりも、たぶん私自身が過去の世界に行ってたと思うの。なんていうか、ジュリアは亡霊っぽくなかった、ちゃんと生きている人間だって感じたわ。だからむしろ私の方が過去の世界にワープしてたというか……」


「過去の世界へワープか。『過去への抜け道』があるとしたら、やっぱりつじつまが合うな」、マーカスはつぶやいた。


「つじつま、合ってる? 合っているわけないじゃないの」、眞奈は思わず大声をあげた。「自分が過去の世界にワープして戻ってきたなんて! それにジュリアがあの後すぐ死んだなんて!」


 いろいろあって最初は感覚が麻痺していたが、少し時間が経ってみると、ありえない奇妙な体験をした実感が眞奈に押し寄せた。


 眞奈は混乱で泣きそうだった。「いったいどうすればいいの……。ジュリアが死んだなんて」


「マナ、大丈夫だよ、君に何か問題があるわけじゃないんだ。これはウィストウハウスの問題なんだよ。たまたま君はウィストウハウスの謎に巻き込まれただけなんだ」

 マーカスは眞奈を安心させるように言った。

「僕に説明させてくれるかい?」


 マーカスの声は落ち着いていてまっすぐな思いが感じられた。その言葉を聞くと眞奈も冷静さを取り戻した。


 そしてマーカスはウィストウハウスの謎について話しはじめた。

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