第4章 ウィストウハウスの五つの謎

11 マーカスとイザベルの祖先


 眞奈は聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしたが、特にマーカスが気分を害している様子はなかった。


 マーカスは言った。

「さっき言っていた亡霊の女の子の肖像画なんだけど、二〇八号室の近くにあるから見て行く?」


「もちろん見たいわ!」、眞奈は大きくうなずいた。


 屋根から侵入した小さな空き教室を出ると、すぐ横にささやかな階段があった。一階まで下りて今度は廊下を少し歩いた。


 眞奈は上下左右、きょろきょろした。いつも授業を受けている教室エリアとはかなり趣が異なっている。


 廊下にはふかふかのピンクのじゅうたんがしかれていたし、小花模様の壁には均等間隔で小型シャンデリアが取りつけられていた。ところどころに、優雅なベンチスツールやコンソール。そして大きな絵画に古時計、彫刻、ポプリポット……。

 このまま貴族令嬢が歩いていてもおかしくなさそうな雰囲気だ。


 マーカスが説明してくれた。

「この辺りは三〇〇年前、ウィストウハウスが建てられたとき最初につくられた建物部分なんだ。ヨークシャー州からのお達しで文化遺産の保存のために昔のまま残してある。それで校長室や応接室、えらい人たち用の会議室なんかの特別な部屋として使っているんだよ」


「すごく豪華ね」


「肖像画があるのはこの部屋」、マーカスはドアを指さした。

「ウィストウハウスに住んでいた一族のポートレートが飾ってある部屋なんだ」


 ドアは重厚なオーク材でできており、丁寧に磨かれた真鍮(しんちゅう)のドアノブは金色に光っている。ドアの高さもかなり高い。きっと格式高い部屋なのだろう。


「でも、そんな立派そうな部屋、カギがかかっているでしょ。今度のカギ穴は絶対壊れてなさそうよ。いったいどうやって入るの?」、眞奈は心配して聞いた。


「あれ、僕は魔法使いなんじゃなかったっけ?」、マーカスは笑いながら、「ほら」とポケットからアンティークふうのカギをぱっと出した。


「な、なんでカギなんて持ってるの? やっぱりほんとに魔法?」、眞奈の目が称賛で輝いた。


「君には悪いけど、違うんだよ。このカギは僕のものなんだ。オースティン校長先生がくれて、デザインが好きだからキーホルダー代わりにいつも持ってるんだ」


「なーんだ、魔法じゃないのね」、眞奈はがっかりした。

「宝箱のカギみたいで素敵だけど、でも、どうしてオースティン校長先生がマーカスにカギをくれるの?」


「よく見てみてよ」


 マーカスは肖像画の部屋のドアにつけられているプレートを指さした。

 真鍮のプレートには優雅なデザインの斜体で『ウェントワースルーム』と書かれている。


「ウェントワースってあなたの苗字よね……、つまりマーカス、ここはあなたの寮の部屋だってことね!」、眞奈は思わず大声をあげた。

「一族の肖像画の部屋に名前がついているなんて、ウィストウハウスはマーカスのお屋敷なの?」


「違うよ、まさか! 僕の家じゃないよ、ましてや僕の部屋じゃない。ウィストウハウスが昔は僕の先祖の屋敷だったってことだよ。それで代表的な部屋に一族の名前がついているだけなんだ」、マーカスは慌てて否定した。


「先祖の屋敷?」


「うん、ウェントワース家のね。昔はだよ。だってこの建物は今は学校と州のものだし。大戦前後は国の施設として使われていた。それに僕の家は遠い家系で貴族の称号を持ってるわけじゃないし、本当はまったくといっていいほど関係ないんだ。でも僕がウィストウハウスに興味があるって言ったら、オースティン校長先生もうれしかったのかな、特別に肖像画の部屋のカギをくれたんだよ、いつでも好きなとき入れるようにって」


「そうだったの」、眞奈は言った。


 と同時に思い出したことがあった。

「あーあ、私ったらバカみたい。亡霊のジュリアの苗字はジュリア・ボウモント。イザベルはイザベル・ボウモント! ジュリアはイザベルのご先祖様なのね! あなたたちは親戚だもんね。どうりで女の子の亡霊がイザベルに似ているはずだわ。ジュリアの苗字を聞いたとき思いあたらないといけないのに、イザベルの苗字をすっかり忘れてた。でも外国人の名前ってカタカナだし覚えづらいんだもん。普段、ファーストネームでしか呼ばないし……」


 言いわけしている眞奈をマーカスは面白そうに見ていた。

「外国人の名前は誰だって覚えられないよ……」とフォローを言いかけて、自分が眞奈の名前を覚えていないことに気がついた。マーカスはまごついて申しわけなさそうにした。


 それを察知した眞奈は気まずくならないために、「私の名前はマナよ」と努めて明るく言った。


「マナだね」、マーカスはもう忘れないようにという感じで繰り返した。


「それじゃあ、マナ、部屋に入ろう」、マーカスはドアを開けた。





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