28 やっぱりジョークにしとこう
ランチの後、レイチェルとクレアは用事を済ませるため寮にいったん戻ることになった。
眞奈は一人で次の授業が行われる二〇八号室に向かった(やっと覚えた普通の行き方で)。
少し早めに着いて手持ちぶたさに窓を眺めていると、頬がほてってしょうがない。
セントラルヒーティングのむっとした暖房のせいだと思って、眞奈は外の空気を吸うため窓を開けることにした。
ところが窓はなかなか開かない。
壊れているのだろうか、それとも古くて開きづらくなっているのだろうか。
眞奈がガラス戸を押し上げようと悪戦苦闘していると、近くにいたフレデリック・ウォレンが笑って「窓開けてあげようか?」と眞奈に聞いた。
「ええ、お願いしていい?」、眞奈はいくぶん身をかたくして言った。
かっこよすぎる男の子に対して眞奈はいつも緊張してしまう。
フレデリック・ウォレンはブロンドの髪と深いグリーンのひとみを持つ、誰が見てもグッドルッキングな男の子だった。おまけにどこかの国の政府高官の息子ときている。
もちろん女の子から絶大な人気があり、ガールフレンドは日替わりらしかった。
フレディが力まかせにあれこれやっても窓はがたつくだけで開きそうにない。その隣の窓も試したがやっぱり開かなかった。
「しょうがないな。もうすぐマーカスが来るから、どうやったら開くか聞いてみよう。あいつ、ウィストウハウスの窓と建物について何だって知ってるんだよ」
なんだマーカスったら、私だけじゃなくてみんなにもそう思われているんじゃない、眞奈はフレディの言葉を聞いて思わず微笑んだ。
フレディはにっこりしながら眞奈の顔をのぞきこんだ。
「君の微笑みってかわいいね。今度、お茶でも一緒にどうかな? レッドカイトイン亭のキャラメルがけアイスクリームごちそうするよ」
フレディにとっては新入りの女の子に対する気軽な誘いだということは眞奈にもわかっていたのだが、いかにも西洋人のかっこいい男の子に突然そんなことを言われて、「ええっっと……」と眞奈は目を白黒させた。
しどろもどろに断っていると、マーカスが、途中で一緒になったのだろう、レイチェルやクレア、イザベルたちと教室に入って来た。
「あ、マナがフレッドの洗礼受けてる」、マーカスは笑った。
イザベルは「マナ、フレディのような男の子にははっきり断ったほうが賢明よ」と優しく声がけをした。
「イザベル、妬かなくてもいいじゃないか、俺が他の女の子を誘っているからっていってさ」、フレディはからかった。
「誰が妬いているっていうの、私はマナを心配しているだけよ」、イザベルはつんと横を向いた。
レイチェルが眞奈に説明してくれた。
「フレディは六歳で入学して以来毎年イザベルに告白しているんだけど、イザベルはずっとイエスと言わないのよ。それでフレディの女たらしに加速がかかってるってわけ」
「そ、そうなの」、眞奈はあいまいに笑みを浮かべた。
さすがイザベル。マーカスとフレディか、彼女を好きな男の子はもっと他にもたくさんいるのだろう。やっぱりかわいい女の子は違うなぁ。
本当は嫉妬でもするところなのだろうが、相手がかわいくて性格も良いイザベルだと眞奈は妙に納得してしまう。
フレディがマーカスに言った。
「マナが暑いんだって。だからこの窓を開けたいんだけど、なかなか開かないんだ」
「あ、そこの二つの窓は絶対開かないよ、カギが固まったまま壊れちゃってるんだ。右から三番目の窓だと比較的ラクに開くんだけど」
マーカスはそう言いながら該当の窓をガタガタと開けてくれた。
「ありがとう、さすがね」
感心している眞奈の横で、レイチェルは、「あんたの得意技ってすごいなぁっていつも思ってるんだけど、褒めていいのか、バカにしていいのか迷うのよね」と辛辣コメントを述べた。
フレディとクレアとイザベルが笑った。
マーカスはむくれた。
「みんなはそう言うけどさ、でも、マナはきっと褒めてくれるはずだよ」
「私はちゃんと尊敬してるわよ。マーカスはきっと『窓の魔法使い』だってね」、眞奈はしれっと言ってみた。
あんのじょう、レイチェルたちは『窓の魔法使い』を冗談だと思い大声で笑った。まさか、ちょっと前まで眞奈が本気でマーカスを魔法使いだと信じていたとは考えなかったようなので、眞奈は安堵した。
やっぱり「窓の魔法使い」はジョークにしといた方が恥ずかしくないし、何かと都合がいい。
それにやっぱり根本的にジョークなんだよね? 眞奈はなぜか自分で自分に問いかけた。
窓の魔法使いも亡霊のジュリアのことも、レイチェルやクレア、マーカスやイザベル、フレディといった同級生たちの前では、なんだか気持ちが薄れてしまう。
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