第9章 あの丘を行こう!
38 ウィルの帰還
過去の世界から現代に戻ってきて数日、眞奈のジュリアたちへの思いはつのるばかりだった。
アンドリューはジュリアを助けられたのだろうか、二人とも無事なのだろうか……。
アンドリューは頼りになりそうな男性だったし、グラディスは賢くて機転が利く女の子だ。だからジュリアはきっと大丈夫。
私なんてなんの役にも立たなかったけど、少なくても、アンドリューに警告できた。それだけでも私がやったことに意味があるわ。
眞奈がそう思うようにしても、いくらアンドリューに後を託したとはいえジュリアとグラディスを置き去りにして現代に戻ってきてしまった罪悪感は、自分一人で支えるには重荷過ぎた。
眞奈はあれから何度もジュリアたちの世界へ行こうと努めているのだが、この間『過去への抜け道』になった場所に行っても、もう二度とあの不思議な感覚を呼び戻すことはできなかった。
そしてマーカスと一緒にミセス・ハドソンのところに行く約束は、眞奈の予想どおりミセス・ハドソンのリウマチが一年ぶりに悪化したことで、あえなく中止になった。
「ほんと、ごめん」、マーカスは事情を話しながらすまなそうに謝った。
「いいのよ」、眞奈は何でもないように平静を装った。
「そうなると思ったわ。だってあんなに私のこと嫌っているんだもん。たとえ会ってもジュリアについて有益なことを私に話してくれるはずないよ」
ミセス・ハドソンのリウマチ復活は眞奈の想定内過ぎたが、それでも眞奈は『マーカスと一緒にどこかに行く』ことができなくてがっかりした。
ああ、ジュリアに会ったのが私ではなくてイザベルだったらよかったのに。そしたら私はこんなに悲しい事実を知らずに済んだのに。
なんで過去の世界に行ったのがイザベルじゃなくて私だったんだろう。だってイザベルの方が自然だわ。ジュリアの子孫はイザベルなんだもん。私じゃなくって。
ジュリアに関していろいろなことを考えれば考えるほどこんがらがってくる。
だからといって誰にも相談できなかった。
もうすぐ停学があけるウィルは話を聞いてくれるだろうがバカにするだけだろう。レイチェルとクレアに話すには、二人とせっかく友達になれたのに、過去の世界に行ってきたなんて話をしたら、特にレイチェルに頭がおかしいと思われるにちがいない。クレアならわかってくれるかもしれないが、クレアに話してレイチェルに話さないというわけにはいかない。
何より眞奈のこの気持ちをシェアして一緒に支えてくれるのはマーカスのはずだ。
でも、マーカスに彼の先祖がイザベルの先祖を殺したなんて話はできないし、それを言わないでジュリアに再び会ったことや眞奈の苦悩を説明できない。
眞奈は自分の気持ちを胸の奥底にしまうしかなかった。
ウィルの停学明けの初登校日、眞奈は不安いっぱいで怖かった。
どうしよう、私のことウィルに忘れられていたら。メールとかだって最近はけっこう疎遠だったし……。眞奈はそれ以上は怖くて想像するのはやめた。
朝、スクールバスのバス停に行くと、そこにウィルの姿があった。
眞奈はウィルを見た瞬間、思わず歩みを止めた。
ウィルの来ないバス停でバスを待つのはもう慣れっこになっていた。だからそこにいるウィルはジュリアのように過去の幻で、ぱっと消えてしまうんじゃないかと感じた。
眞奈は恐る恐る「ウィル?」と声をかけてみた。
「よぉ! 元気だったか?」、ウィルは顔を上げて眞奈の方を向いた。
ああ、いつものウィルだ!
「ウィル!」
眞奈は走っていってウィルに抱きついた。
ウィルは少し照れたように眞奈を抱きとめた。
「悪かったな、心配かけて」
「ううん、いいの。よかったわ、戻ってきてくれて……」、眞奈が思わず泣き出すと、ウィルは頭をかいた。「お、おい、泣かなくても……」
いくらレイチェルやクレアたちと仲良くなったからといって、ウィルの存在には変えられない。ウィルがいてくれるからこそ、眞奈は安心してイギリスの地に立っていられる。
眞奈は何かウィルの近況について聞こうと思ったが、停学中の話なんて何を聞いていいのか思い浮かばず、無難な線で「ジェニーは?」と振ってみた。
「あいかわらずだな。映画行ったりとかお茶したりとか。ところでマーカスは?」と、ウィルはそれとなく聞いた。「前にマーカスのことが気になってたみたいじゃんか」
「うん……。やんわりと断られたよ」
「え?、おまえ、告白したのか!」、ウィルは心底びっくりした様子だった。
「うん、前にね。『窓の魔法使いみたいだね』って言ったの」
「え?」、ウィルは思わず聞き返した。
「そしたら断られたの」
「付き合うのをか?」
「ううん、魔法使いになるのを」
「は?」
ウィルは自分と眞奈の話のかみ合わなさに頭がクラクラしてきた。
「わかった、わかった。おまえとマーカスが何もないっていうのは、もうよーくわかった、何かあるんじゃないかって思って聞いた俺がバカだった」
かわいそうなウィルは、それからはずっとおとなしく黙ったまま、眞奈の近況話に耳を傾けていた。
教室に入ると、レイチェルとクレアが走り寄ってきた。
レイチェルは言った。
「ウィル、おかえり! どう監獄の外の空気は?」
「どっちが監獄かの定義によるな。また勉強しなきゃならないと思うと、正直、学校の方が牢屋だろ」
レイチェルとクレアは笑った。
「ステイブリー先生は列車の故障で昨日実家のグラスゴーから帰って来られなかったんだって、だから今日の一、二限は自習よ」
「お、そりゃいいね」
ウィルはすっかりリラックスしてドカッと座り、前に置いてあったイスに足を投げ出した。
「でもマナ、俺が停学中、レイチェルとクレアがおまえの様子をメールしてくれてたから、あんまり心配してなかったぞ」
「えー、そうだったの? 全然知らなかった」、眞奈はびっくりし彼女たちの顔を交互に見た。
「そうよ、だってウィルが気にしているようだったしね、報告しようかなと思って」、クレアがにっこりした。
「心配したのは私の方だよ」、眞奈はふてくされた。「ウィル、私のメール無視ばっかするんだもん。ひどくない?」
「当たり前だろ、授業ノートのPDFばっか、二十ページも三十ページも、しかも教材のコピペばっかりじゃんか、気が滅入るだけだっちゅうの」
「だって、うまくノート取れないんだもん。間違いを教えたら大変だしさ。教材コピペしとけばとりあえず間違いじゃないでしょ?」
「それ、ノートっていうのかよ! まんま、教材じゃねぇか」
「ちゃんと抜粋しているじゃない」
「二十、三十ページを抜粋っていうのかよ」
そのとき、教室の後ろでドスッという音がしたかと思うと、「おおー」という男の子たちの歓声があがった。マーカスとフレディが何かをやって見せているらしい。
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