第10章 もう誰も信じない

44 眞奈、みんなにすべてを話す

 プライベートチャーチからミセス・ハドソンの門番屋敷までそんなに時間はかからなかった。

 プライベートチャーチまで来ていたということは、ガーデン一周は終わりにさしかかっており、すぐ森は途切れてロウワー湖の東側に出た。東の太鼓橋を渡ると、マーカスやレイチェルたちが住んでいる寮があり、もう少し進むと今日のスタート地点のウィストウハウス本館が見えた。その後は、本館からステイブルブロック、そして学校の正門へと、いつもはスクールバスで走るアプローチを足で歩いた。


 正門横の門番屋敷に到着すると、イザベルが呼び鈴を押した。

 ミセス・ハドソンが出迎え、「ヘレン、元気だった?」と挨拶するマーカスとイザベルをまるまると太い腕で抱きとめた。

 ヘレン・ハドソンはマーカスとイザベルを迎えると、とてもうれしそうだった。笑うといかにも老年女性という感じで、けっして感じ悪くはなかった。

 シワまでも笑っているみたい、眞奈は心の中で思った。

 順番にレイチェルとクレア、フレディ、ウィル、最後にしれっと眞奈が玄関を入って行くと、眞奈に目をとめたミセス・ハドソンは意地悪く微笑んだが、何も言わなかった。


 カントリー調のダイニングにみんなが座ると、ミセス・ハドソンがまずお茶を入れてくれることになった。ところが電話が鳴り出して彼女が退席したため、クレアが途中から引き継いだ。

 シュガーポットとミルクピッチャーが席のそばにあり、眞奈はティーカップに砂糖とミルクを入れる役をした。

 子どもの頃からよく遊びに来るためだろう、マーカスとイザベルは自分たち専用のカップが置いてあった。

「あ、私、お砂糖なしでいいわ」、イザベルが言った。

「OK」

 二人のカップを間違いないようにしなくっちゃ。

 眞奈はイザベルのカップにはお砂糖なしにして、そのまま渡した。そしてマーカスのカップにお砂糖を入れた、はずだったのだが……。

「あ、カップ、逆よ」、イザベルがくすりと笑った。「気にしないで。絵柄が似ているから、みんなよく間違えるの」

「え、ごめん」、眞奈は謝った。

 マーカスは、「べつにいいよ、カップなんてどれも同じなんだし。イザベル、交換しよう」と言って、イザベルに自分のものを渡した。

 せっかく気をつけていたのに、私ったらほんと不器用なんだから……。


 眞奈が慣れないお茶の準備でもたもたやっている間、レイチェルやクレアたちは着々と準備を進め、夕食が始まった。

 レイチェルが待ちきれないとばかりに急いで口を開いた。

「さぁマナ、隠していることを話してよ。私たちに言ってないことあるでしょ。それになんでさっきプライベートチャーチの墓地なんかに行ったの?」

「そうだな、話せよ。亡霊退治話にけりつけよう」、ウィルもそう言いながら、イザベルが絶賛していたシチューを口にほうばりつつ「これ、ほんとにうまいな」とモゴモゴとつけ加えた。

「亡霊退治話って?」、クレアが興味津々に聞いた。

 子どもたちの会話にミセス・ハドソンは、「亡霊話……、まだそんなことを言っているのかい」と呆れたようだった。

 マーカスは言った。

「今日はそのために来たのもあるんだよ、ヘレン。前にマナと一緒に来ようとしたけどヘレンのリウマチで来れなかったじゃないか。今日はせっかくなんだからマナの話を聞いてみようよ」

 ところが、マーカスにそう話を振られたものの、眞奈は喉がつまって声を出すことができなかった。

 プライベートチャーチのジュリアのお墓の前では、みんなにきちんと説明しようと決意していたのに……。今、食卓を囲んで、ミセス・ハドソンとみんなの目が眞奈に注がれている状況で、眞奈の勇気がくじけてしまった。


 眞奈が緊張で話し出せないのを見ると、マーカスが援護した。

「ウィストウハウスの伝説の謎で『少女の亡霊』ってのを聞いたことあるだろう? ヴィクトリア時代に屋敷で死んだ女の子の亡霊が建物の中をさまよっているってやつ」

 みんなは口々に「聞いたことある」とか「そういえばそんなのあった」などと言った。

「うん、それで……、実は僕が子どもの頃、五歳か六歳のとき、その少女の亡霊に会ったことがあるんだ、イザベルとフレッド、ヘレンには昔、話したと思うけど、ジュリア・ボウモントのことだよ。彼女は十六歳で病死した。だから亡霊になってウィストウハウスをさまよっていると言われてる」

 イザベルは小さな声で言った。

「覚えているわよ。あなたがウェントワースルームにある肖像画から抜け出てきた女の子だって言い張ってた子でしょ。私のボウモント家の祖先の一人よね」

 イザベルは怖がりなのだろうか、心なしか青い顔をしていた。

 フレディも古い記憶をたどった。

「幽霊探検倶楽部で見つけようとしてた子だろ? でも、けっきょくその亡霊の女の子はおまえが夢を見てたんだってことになったじゃないか。それってけっこう昔の話だよな、すっかり忘れてた。それが今の話と何の関係があるんだよ?」

 マーカスは興奮したように言った。

「実は、マナもジュリアの亡霊に会ったんだ、それもついこの間、一ヶ月ぐらい前にね! つまり二人が同じ亡霊に会ってる。ということはだよ、亡霊は夢でも伝説の謎でもなくて実際にいるってことだよ!」

 沈黙が続いた。

 その沈黙は、『実は少女の亡霊は本物だった!』と驚いていたわけでなく、この気まずい空気をやぶる勇気がウィルでさえもなかったためである。

 バカバカしいトンデモ話を笑い飛ばすには眞奈もマーカスも真剣だった。マーカスだけならバカにして終わらせてもよかったが、眞奈をバカにするにはみんな気が引けた。


 誰も何もしゃべらないので、マーカスは話を続けた。

「それで、ヘレンの家は代々ウィストウハウスの門番しててウィストウハウスに詳しいだろ。それにほら、ヘレン自身も亡霊のジュリアに会ったことあるって言ってたし、しかもヘレンは予言者で不思議な力があるってもっぱらの噂だし……。だからマナと僕でヘレンに話を聞きたかったんだよ」

 マーカスはヘレンの顔をのぞき込んだ。

「マナと僕はもう一度亡霊のジュリアに会いたいんだ、どうすれば会えると思う? ヘレン、『過去への抜け道』がどこだか覚えていない? 昔、覚えてないって言ってたけど、よく思い出して。マナがこの間、過去の世界へ行ってきたんなら、『過去への抜け道』は今もちゃんと存在していて、そこを通ればまた過去に行けるかもしれない、ジュリアにまた会えるかもしれないよ!」


 最初に口を開いたのはレイチェルだった。

「マーカス、あんた、過去に行って亡霊のジュリア・ボウモントと会って何をしたいの? どうせ単なる興味本位なんでしょ」

「そんなんじゃないよ」と、マーカスは否定しつつも、よく考えてみると興味本位なので言葉がつまった。

「……興味があるってだけじゃいけないかな?」

 レイチェルは現実的に言った。

「仮にその『過去への抜け道』ってのが実際あって、ジュリア・ボウモントの亡霊に会えたとしても、だからどうなるっての? いくら十六歳で病死したからかわいそうだっていったって、当時ではよくあることだし、私たちがどうこうできるってものじゃないでしょ。過去はそっとしておいた方がいいものよ」

 レイチェルは眞奈の方を振り返った。

「でも、マナ、あんたは違うわよね。私にはマナは興味本位じゃなくて何かもっと強い思いがあるように感じるわ。もっと何か知ってるんでしょ? ねぇ、私たちにも何かできるかもしれない。みんなに話してみない?」

 眞奈はおびえていた。

 ジュリアのお墓の前ではちゃんと言うって決心したのに、今は怖くて声を出すことさえためらわれた。

 マーカスがどう思うのか、イザベルがどう思うのか、二人と気まずくなるのではないのか。それに他のみんながどう思うのか、自分は気がおかしくなった変なやつと思われて、友達として認めてもらえなくなるのではないか……。

 しかし一方で、眞奈は今や話すべきときがきたことを強く感じていた。ジュリアのために、そして自分のために。


 眞奈は唇を震わせながらなんとか声を出した。

「ジュリアの話をマーカス、イザベル、そしてみんなにも聞いてほしいんだけど、ミセス・ハドソン、あなたにも聞いてほしいんです。あなたが私を嫌いなことはよくわかっています。でもジュリアのために必要なんです」、眞奈はミセス・ハドソンの方を向いて言った。

「私、ジュリアとは三回会ったことがあるんです」

「三回?」、マーカスは驚いた。

「ええ。あなたと屋根の上で話したときが一回目。その後、顔だけちらっと見たのが二回目。そして三回目はこの間」

「それ言ってくれなかったじゃないか。一回目しか知らないよ」

 眞奈は急いで言った。

「ごめんなさい、マーカス。話したかったんだけど話せなかった。マーカスとイザベルが傷つくんじゃないかと思ったの。実は、ジュリアは病死じゃなくて……、殺されたのよ」

「え?」とマーカスは聞き返し、イザベルは何か言いたげに顔を上げて眞奈を見た。


 眞奈は話を続けた。

「三回目に会ったとき、ウィストウハウスではジュリアを殺す陰謀が計画されていたの。まずジュリアをどこかに閉じ込めようとしているところだったわ。そのまま計画が進んで実際殺されたかどうかはわからない。でもあのジュリアの死んだ日がお墓の年号どおりだったら、ジュリアは……ジュリア・ボウモントは殺されたってことになるわ、病死ではなく」

「殺されたって、まさか……。でも誰に?」、マーカスは目をみはった。

「エマとリチャード・ウェントワースよ」

「あの大きな肖像画の? 兄と姉の?」

「そう。私、立ち聞きして、エマとお兄さんのリチャードがジュリアを殺す計画を立ててるのをはっきりと聞いたの。もちろんジュリアはそれを知らないわ」

「でも、何のために」

「ジュリアの莫大な財産のためよ。エマとリチャードはお金に困っていて、ジュリアの持っていたボウモント家の財産がほしかったの。でもジュリアはちょうどそのとき婚約者のアンドリューと結婚して家を出ようとしていた。そうすると財産も一緒に出て行ってしまう、だからエマとリチャードはジュリアの殺人の計画を立てたの」

 そのとき耐えきれないようにイザベルのうるんだすみれ色の目から涙が次々こぼれ落ちた。


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