46 運命の二人

 眞奈が行ってしまってやっと我に返ったマーカスはヘレンを責めはじめた。

「なんであんなこと言ったんだよ! ひどいじゃないか!」

 ヘレン・ハドソンはただ言い続けていた。

「おまえたちが結婚して子どもが生まれてくれば、ウィストウハウスにとって一番幸福なことなんだよ。また一族の子どもたちの笑い声が響く明るい、幸福な時代がやってくる」

 マーカスは呆れ返ったように言った。

「いくら僕らがウェントワースとボウモントだっていったって、大昔の話でもう何の関係もないだろ」

「バカだねぇ、二人とも何のためにここにいるのかわからないのかい。運命に導かれて来たんだよ、神様のおぼしめしだ。ウェントワースとボウモントの男の子と女の子がウィストウハウス・スクールに同じ年に入学してくるなんて。そしてマーカス、ウィストウハウスがおまえのものになるなんて……」

「そんな無茶苦茶な……。だいたいなんでウィストウハウスが僕のものになるんだよ」

「神様が与えてくださるのさ」

「ありえないよ」

「イザベルに何の不満があるんだい。繊細なおまえのことをいつも支えてくれているじゃないか」

「だから、その『繊細』ってのを止めてほしいんだよ。それにイザベルに不満なんてあるわけないじゃないか。でもイザベルは僕なんかじゃなくて医者とか弁護士とか大学教授とかと結婚した方がふさわしいよ」

 レイチェルはひっそりと口にした。「もしくはどっかの国の王様候補とかね」

 フレディがとがめるようにレイチェルを見たが、レイチェルは無視した。

 マーカスはヘレンにも怒っていたが、イザベルに対しても怒っていた。ジュリア・ボウモントがウェントワースに殺されたと話してくれなかったことは彼女にバカにされたも同然だった。

 マーカスはわざとイザベルに向かって言った。

「それに、『今知った』ことだけど、なおさらその資格がないじゃないか。僕は殺人者の子孫でイザベルはその被害者の子孫だ。友達になってもらう権利すらないよ!」

 イザベルは意地の悪いマーカスの言葉に傷ついてまた泣き出した。

 マーカスは今やすっかり感情的になっていた。

 今はどんなことでも誰に対してでも責める理由があった。それは自分に対しても、いや、自分が一番責められるべきだと感じていた。レイチェルにしょっちゅう『あんたってほんとバカよねぇ』と言われるのも無理ない。だってほんとにバカなのだから。

 マナはせっかく最近学校に慣れてきて楽しそうにしていたのに。よく笑うようになったし……。

 マーカスは眞奈の笑い顔を見るのが好きだった。楽しそうにしていると自分もうれしかった。

 マナはきっともう十分傷ついているのに、またさらに傷つけて……。それもこれもヘレンの家に無理やり連れてきた自分のせいだ。

 それにイザベルもイザベルだ。イザベルはいつも自分を見下している。でもそれは当然のことだ。イザベルぐらいかわいくて才能のある女の子はいない。それにすごく優しい。

それはいつもそばにいるマーカスが一番よくわかっていた。

 小さい頃いつも彼女の背中を見ていて、たまに振り返ってくれるとうれしかったっけ。

 そう、イザベルが自分を見下しているわけではなく、自分がけっしてイザベルに見合うようになれないからそう感じるのだ。

 眞奈やイザベルのことだけではない、ヘレンのこともジュリアのこともマーカスが怒る理由になった。

 ヘレンはウェントワースとボウモントの件でまったく意味不明なことを言ってる。でもそんな彼女の一面をずっと見抜けないで、子どもの頃からヘレンを好きだった自分がバカみたいだ。

 ジュリアがウェントワース夫妻に殺されたことだって誰も何も言ってくれない。しかも理由は、母親が幼い頃死んでいるから、傷つきやすく精神的に弱い子どもだろうと、みんなに決めつけられているためだ。

 そして一番問題なのは、そのレッテルどおり、やっぱり自分は精神的に弱い……それは本当かもしれないと、ときどき不安になることだった。

 一方、状況がつかめてきたレイチェルは冷静になっていた。

「ともかく私たちはもう帰りましょう。ヘレン、また来るわ。夕食の途中で悪いけど、今日はもう行くわね。ほら、マーカス、帰るわよ」、レイチェルはまだヘレンに怒っているマーカスを強引に引っ張った。「フレディ、クレア、イザベルを連れて来て」

 レイチェルは門番屋敷の外に出たとたん言った。

「狂ってるわよ、あの女。もう二度と来ない!」

「おい、聞こえるぞ」、フレディはレイチェルを止めた。

 イザベルはすっかり取り乱していた。「どうしよう、悪魔に魂を売ったの……」

「ヘレンが? 老人なんだからしょうがないわよ。老人てのは妄想につかれるものだし」、クレアはイザベルをなぐさめた。

「ううん、私がよ」

「あなたが? まさか」、クレアはイザベルの肩をそっとつかんで抱きしめた。

 マーカスは苛立っていた。

「マナはいつも悲しそうだった。せっかくマナのために何かできたと思ってたのに。ウィストウハウスにいることを少しでも楽しいと感じてくれたと思ってたのに……。しかも完全に僕のせいだ。彼女はヘレンの家に来たがっていなかったんだ。マナは自分が嫌われているって言ってたんだけど、まさかここまでとは。だって理由がないじゃないか」

 レイチェルは言った。

「いや、あるんじゃない、鈍感ね」

「繊細って評価されたり、今度は鈍感って評価されたり、もうやってられないよ」、マーカスは怒った。

 イザベルがすすり泣き出した。

「私、なんだか具合悪いの……」

「おい、イズィ、大丈夫か?」、フレディはイザベルの涙顔をのぞき込んだ。

 イザベルは血の気を失っていて歩くのもつらそうだった。

 マーカスは冷たく言った。

「どうせ演技だよ。かわいさの裏に策略を隠してるんだ。ジュリアがウェントワース一族に殺されたことを知ってるくせに、何事もなく微笑んでいたみたいに」

 その言葉にイザベルがまたわっと泣き出した。

「マーカス、いいかげんにしろよ」、フレディが本気で怒りかけるところを、クレアが割って入った。

「イザベルは医務室に行った方がいいと思うの。私が一緒についていくわ」

「それがいいわね」、レイチェルは同意した。

クレアの手を借りてイザベルが医務室に向かうのを見送ると、マーカスは今度はフレディに怒り出した。

「イザベルに手を出すなよ! 僕が『鈍感』だからイザベルの変化に感づかないとでも? 彼女は全然気がないのに、おまえがしつこく言い寄ったらいつか『間違って』うなずいちゃうかもしれないじゃないか」

 フレディは肩をすくめた。

「世の中大半のOKは最初は間違ってするものだろ。それにべつにしつこくないじゃないか。告白は一年に一回だし、まだ七回目だ」

「それをしつこいっていうんだよ! いいかげん諦めろよ。イザベルは弁護士とか医者とかと付き合うんだからさ。あんなにいい子だぞ、そうじゃないと釣り合わないよ。フレッドなんて軟派過ぎて信用できないし、僕は絶対認めないよ」

「こいつむかつく」フレディは笑った。「そりゃあ、いろんな子とデートはするさ、でも、それはイザベルの道と合流するまでの俺一人の道のりの間だけだよ。その後は一緒に歩いていくんだしさ」

「何を根拠に言うんだよ。今の様子じゃ、ずっと合流しないかもしれないじゃないか」

 フレディは天真爛漫に言った。

「愛に根拠はいらないだろ? 愛こそが根拠なんだしさ。絶対、合流するって。今はイザベルは俺に気のないふりをしているけど、本当は俺のことを愛しているんだ。彼女はまだ自分の気持ちに気がついていないだけだよ。だからイザベルが俺への愛に気がつくまで俺は待ってるんだ」

 そこまでフレディに屈託なく言い切られてしまうと、マーカスは吹き出した。なんだかだんだん、それこそ小さな子どもみたく周りに八つ当たりしている自分に呆れて笑いたくなってきた。

 マーカスは謝った。

「真剣なのは知ってる。悪かったよ、信用できないだなんて言って。それにおまえの言うとおりだよ。告白だって八回目か九回目は大丈夫だ、僕にはわかる。ずっと長いことイザベルと一緒にいるからね。彼女は変化が苦手なだけさ。フレッドのことが気になっているのは間違いないよ。だからこそ僕がフレッドを見るとイライラするんだよ」

 マーカスは自己嫌悪をした。

「……あーあ、イザベル、体調大丈夫かな。彼女にずいぶんひどいこと言ったな、ちゃんと謝らないと。マナにもね。今日は謝罪の巡礼だ。こんなんじゃマナにもイザベルにも心配されてほんとのこと言ってもらえないのは当たり前だよ」、

 フレディもため息をついた。

「なんでこんなことになったかな。みんな正気じゃないよ。それもこれも最初にヘレンが正気じゃなくなったせいさ」

 レイチェルは言った。

「ヘレンは確かに狂ってると思うけど、ウィストウハウスを愛する彼女なりの正義なのよ。さてマーカスの癇癪(かんしゃく)が終わって気が済んだのなら、行ってみましょう。ウィルからメールがきてるのよ、食堂で落ち合おうって」


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