53 クレア・マイ・ラッキースター
一方、クレアは、ヘレン・ハドソンにたれ込み電話を切った後、「うまくいくかな……」と心配していた。
「絶対、うまくいくって。なにしろレイチェルの作戦だからな」、ウィルは太鼓判をおした。
「俺はクレア、おまえを寮に送って、一人でマナとマーカスを探してくるよ。このまま何もしないで先生たちの折電を待っているだけじゃやりきれないんだ。今回のことは俺がバカしでかしたことも原因の一つだし」
「あんた、いったい何やったの?」、医務室でイザベルといたため事情を知らないクレアが聞いた。
ウィルは、二ヶ月前にジェニーに振られて別れていたこと、どうしてもプライドが許さなく、まだジェニーと付き合っているかのように見せかけたこと、そしてライアンたちに、眞奈は自分に惚れているが、自分は眞奈なんか相手にしないと『見栄』で言いふらしたことをクレアに話した。
クレアは最初こそ軽蔑した表情を見せたが、そのうちウィルが心から反省していることを感じ、「きちんと誠意を持って謝ればマナは許してくれるわよ」と優しく言った。
「マナに許してもらわなくってもいいんだ。俺にそんな資格ないし……。ただ謝りたいだけなんだよ」、ウィルはうなだれた。
「絶対、許してくれるわよ、マナはいい子だもん。それ、あんただって知ってるでしょ」、クレアは微笑んだ。
「まぁな……」、ウィルはうなずいた。
クレアは考え深げに言った。
「ねぇ、私、思うんだけど、マナが亡霊に会ったって言ってるのは、マナが妄想して夢や幻を見てるってことになっているでしょ、それって決めつけ過ぎだと思わない?」
「どういうことだよ?」、ウィルは意味が理解できなくて聞き返した。
「マナの言ってる話が本当かもしれないってこと。マナの言ってる内容が真実だって観点から考えると、なんか今回の騒動の解決策が見つかるかもしれないわ」
「は?」
「つまり、亡霊はいる、過去への抜け道もある、マナは実際に過去の世界に行った。ジュリア・ボウモントに会った、マナはジュリアがエマ・ウェントワースに殺される計画を過去の世界で聞いた……、ってこと。それにマナの使命はジュリアを助けること……、だってこと」
ウィルは鼻を鳴らした。「おい、おい。いくら俺がバカやったからといって、マナの妄想が現実になるってことはないだろ、それとこれとはまったく別問題だ」
クレアは今度こそ軽蔑しきった表情でウィルを見た。
「同じことよ。心の奥底でマナのことをバカにしてるから、マナの言ってる内容は妄想だからありえないっていう見方に固執するんだわ。自分の言うことの方がマナの言うことより『上だ』ってね。上から目線なのよ。ものごとはいろいろな角度で見るのが当たり前なのに、一度としてマナを信じて『亡霊は現実だ』って観点で考えたことないじゃないの!」
ウィルは言い返したい衝動に駆られたが、クレアがめずらしく怒ってる様子を感じたし、今日してしまった自分の行為を考えるとおとなしくいうことを聞く気になれた。
「わかったよ。『亡霊がいる』っていう観点から考えてみるよ。一度きりだぞ。べつに上から目線で亡霊がいないって言ってるわけじゃないんだ。俺はそういう空想したりするのが苦手なんだよ。だって亡霊なんて信じられるかよ!」
「少しは努力してよ、マナのためなのよ!」
「もう、うるせぇなぁ。やるよ、やればいいんだろ。じゃあ、亡霊はいる。よし、それで次は?」
「マナがさっきヘレンの前で強く言っていたのは、ジュリアが殺されたかどうか知りたい、もし殺されたのなら過去へ戻って事前にそれを止めたいってことだったわ。そのときヘレンは突然怒りだしたのよ。いったい何を聞いて怒ったのかな?」
「確か、墓を掘ってジュリアが死んだかどうか確かめる方法もあるって……。もし婚約者が無事連れ去ることができたら死体がウィストウハウスにあるはずがない、カラの棺桶のはずだって言ってたな。でもヘレンがそれを聞いて怒ったのは、年寄りだし心神深いからだろ。普通墓堀りするなんて言ったら怒るぞ。死者への冒涜だろ」
「ヘレンの思惑としては、死体が棺に入っている、つまりジュリアが殺されていてほしいのかな、それとも死体が棺にない、つまり助かっていてほしいのかな……」
「うーん、わかんねぇな。ヘレンの思惑はウェントワース家のマーカスがウィストウハウスを継いでボウモントの子孫のイザベルと結婚して子どもができて、また代々ウェントワースとボウモントの時代が続けばいいと思ってることだろう。あくまで現代の話で、これからの話じゃねぇか。一八〇年も前の過去の世界でジュリアが殺されていようが、助かっていようがどうでもよくないか?」
「そうね……」
ウィルとクレアはそこで行き詰まった。
クレアは別のことを言ってみた。
「そしたら、ミセス・ハドソンはマーカスに毒を飲ませようとした。それは今夜、マナと一緒にいさせたくないためだ」
「うん、さっきレイチェルがそう言ってたな」
「今夜、何かが起こる。それはマナにとって危ないことだ。だからマーカスはマナのそばにいてはいけない、それを『亡霊がいる』って観点で考えると?」
「現代では亡霊のジュリアは、過去の世界では生身の人間として生きていた。……そうだ、今夜、過去の世界でジュリアが殺される計画がある、だからジュリアを助けるためにマナは過去に行く……ってのはどうだ?」
「そうね、きっとそうだわ! だってマーカスに毒飲ませようとするぐらい大ごとよ、きっとジュリアは今日殺されるのよ。マナは彼女を助けるために過去に行く。マナはそこで危険な目に遭う。マーカスとイザベルの邪魔者であるマナが危険な目に遭うのはヘレンには好都合だ。でも、それだとヘレンにとって大切なマーカスまで危険な目に遭ってしまう。だからマナから引き離すために毒を盛った」
「うん、だいぶん近づいてきた気がするな」
「ああ、レイチェルがここにいればいいのに。そしたらたちどころに推理してくれるのに」
「いや、クレア、レイチェルでなくっておまえだから、この謎解きを導き出せたんだと思うぜ。マナの言うことを信じられたのは『クレア』だからだ、『クレア・マイ・ラッキースター』だからだ」
クレアはちょっと照れたように微笑った。
「でも、ヘレン自身は過去に行けないんだし、『確実』にマナに危害を与えることはできないんじゃないかな。単なる予言者だもん」
「刺客を送るのか」
「でも、過去って誰でもそう簡単に行けるものじゃないと思うの。マナだって自由に行けるわけじゃなくって、三回しか行ったことないって言ってたじゃないの」
そこまで言ってクレアははっとした。
顔が青ざめていくクレアを心配して、ウィルは「おい、大丈夫か?」と聞いた。
「わかったわ、ヘレンのすることが! マナは今夜過去へ行く。それでヘレンはマナを過去の世界へ閉じ込める気なのよ、邪魔者を現代から消そうとしているの!」
「つまり? おい、俺は空想力とかファンタジー力はゼロなんだ。理解できるように言えよ」
「マナが過去へ行っている間に、ヘレンは現代にあるという『過去への抜け道』を消すつもりなんだわ。帰り道を消すのよ、マナが現代に戻って来れなくなるように!」
ウィルはたっぷり十秒考えるのに手間取ったが、表情がだんだん険しくなっていった。
「それはつまり、かなりヤバイことだな……」
「私たち、『過去への抜け道』に行かなきゃ。ヘレンがその道を消す前に止めるのよ。もうすでに二人は過去の世界に行っているはず。早くなんとかしないと、二人が戻って来られなくなっちゃう。ああ、過去への抜け道なんていったいどこにあるの、それにヘレンはいったいどうやって消すのかな……」
ウィルは眉間にシワを寄せた。
「俺、マナと一緒にウィストウハウスを探検したんだ。あいつが探検したいって言ったから。なんか自分はどうしても見つけたい通路があるけど、それがどこだか不明だって言ってた。あと行きと帰りは違う通路だって。そのことじゃねぇか?」
「それだわ!『帰り』の方よ。ウィル、どこだか思い出して!」、クレアは叫んだ。
ウィルは頭を抱えた。
「でも、俺、まるっきり興味なくて、バカにして聞いてなかったし……。マナだってひとりごとのように言ってたから、きっとマナが宝探し用の宝物を自分で設定して一人遊びしているんだと思ってた。ほら、よく子どもの頃やるだろう、一人宝探しごっこみたいな。ああ、なんであのときちょっとでもマナを信じて、話を聞いてやらなかったんだろう。自分のバカさかげんに呆れ返るぜ」
「大丈夫、ウィル。今、マナを信じてるんだから、絶対思い出せるわ。ここで考えていて、私は食堂のおばさんに懐中電灯借りてくる」
クレアが厨房に行って懐中電灯を手に入れている間、ウィルは考えに考えた。クレアが戻ってくると、ウィルの顔は明るかった。
「思い出したぞ、それに地図もある」
「ああ、よかった! でもなんで地図なんて持ってるの?」
「いや、マナがコピーしたんだよ。一応二人でまわるんで二枚地図があった方がいいだろうってことでさ。それがこのナップザックの使ってない方のポケットに押し込んだままになっていたんだ。確か、この階段通路ってやつだぜ。そこが『帰り』なんじゃないかって言ってた。そのときマナは『行き』の方が重要だけど、『行き』はどこにあるかわからないって悩んでたんだ。でも今、大事なのは『帰り』だしな」
ウィルとクレアは食堂を出ると、懐中電灯を片手にウィストウハウスの本館へ走って行った。クレアが懐中電灯を照らし、ウィルは地図をチェックして階段通路を探した。
ありがたいことに、ウィルはマナと違って方向音痴ではなかった。それに嫌々ながらも何度か行ったことがある場所だった。いくらウィストウハウスが迷路のような建物だといっても、階段通路にたどり着くのはそれほど難しいことではなかった。
ウィルとクレアが階段通路に着いたとき、すでに通路では炎があがっていた。
火の勢いが弱く火の回り方がゆっくりなのが幸いし、燃えているのはほんの一部だけだった。しかし、実際、本物の炎が上がっている場面に遭遇するとウィルとクレアは動揺した。
「大変! きっとヘレンがレイチェルの電話に出る前に火をつけたのよ!」
「畜生、クレア、下がってろ。消火器がどっかにないか」
ところが、階段通路は普段教室として使っていないエリアだったので、消火器がなかなか見つからない。
クレアはトイレを探して置きっぱなしになっていた壊れかけのバケツに水を汲んできた。ウィルは一階からなんとか消火器を見つけてきた。
二人がかりでやっと火を消し止めると、ウィルとクレアは息をきらしながら廊下の壁にもたれかかった。
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