10 二人の『変なやつ』
眞奈は自分の注意力散漫を恨めしく思った。
魔法使いのお次は亡霊ときたものだ。もうこれでは『変なやつ』を通りこして頭が狂っているとしか思われないだろう。
今日は本当におかしなことばかり。急にネジが四、五本抜けてしまった歯車のように、眞奈を困らせることばかり起こる。
でもマーカスの反応は眞奈の予想とは違っていた。
「ジュリアって、まさか、あのジュリアのこと?」、マーカスはとても真剣な表情だった。
急に本気になったマーカスに、眞奈は恐る恐る答えた。
「私が言っているのは亡霊のジュリアのことよ。ほら、ウィストウハウスには伝説の謎があるでしょ、『少女の亡霊』とか『ひとりでに動く甲冑の騎士』とか。その亡霊の少女よ」
マーカスは興奮を抑えられないようだった。
「ジュリアと会ったって、そんな……」
眞奈は彼の態度がすぐ思いあたった。
「やっぱりあなただったのね、ジュリアが言っていたお屋敷で迷ってた男の子というのは! あなた、前にジュリアに会ったことあるんでしょ?」
マーカスはあっさり認めた。
「そうだよ。前といっても大昔、確か僕は五歳か六歳ぐらいで、本当に小さな頃の話なんだ。ウィストウハウスを探検してて迷ってしまったときジュリアに会ったんだよ。でもそんなこと言っても誰にも信じてもらえなかったし、自分でもそのとき僕は夢を見たんだって考えたんだ。夢を現実と思ってしまったんだって」
眞奈は言った。「無理ないわよ、子どもだったんだもん」
マーカスは遠い記憶を思い起こした。
「亡霊と会ったとき僕には彼女がジュリアだってすぐわかった。肖像画を見ていたからね。だからジュリアが肖像画の中から抜け出てきたんだって考えて、ちっとも変だと思わなかったんだよ。僕も相当変なやつだろ? レイチェルやフレッドにさんざん笑われたよ。魔法使いのがまだましだよなぁ」、マーカスは恥ずかしそうだった。
「まさか、そんなこと思うわけないじゃない」、眞奈は急いで言った。
「しかも私なんて亡霊に会っただけじゃなくて、『窓の魔法使い』の空想だってけっこう真剣だし、どう考えても私の方が『変なやつ』だわ」
眞奈が自嘲気味に言ったので、マーカスは笑った。
「君はいつ、ジュリアに会ったんだい?」
「今よ」
「今?」
「そう。さっきあなたに二〇八号室の行き方を聞いた後、なかなかたどり着けなくて迷っていたとき。使っていない教室エリアの誰一人いない場所に突然現れたし、時代ものの衣装を着ていたから、絶対に謎の少女の亡霊だと思ったの。それで彼女に名前を聞いたんだ。そしたら彼女は『ジュリア・ボウモント』って答えたのよ」
「驚いたな」、マーカスは信じられないといった面持ちだった。
眞奈は続けた。
「ジュリアは亡霊っぽくないっていうか、身体が透けてるとかないし、声も普通の人間の声だったわ。言葉は聞き取りづらかったけど、私の英語力の問題と昔の言葉づかいのためだと思う。それにとってもいい子だった。イザベルにすごく似ているの。それで彼女とメイドの子が私に帰り道を教えてくれたのよ。カメリアハウスをずっと左に見ながら窓づたいに一階を目指してみてって」
「彼女は僕にも同じことを教えてくれた」、マーカスは言った。
「でもジュリアに会ったこと、君に言われるまですっかり忘れてたよ。第一、ジュリアのことはもう信じていなかったしね」
「信じてないの? じゃあ幽霊探検倶楽部はもうやっていないの?」
「まいったな、幽霊探検倶楽部まで知ってるんだ」、マーカスは恥ずかしそうだった。
眞奈は慌てて言いわけした。
「幽霊探検倶楽部はオースティン校長先生が言ってたの。だから聞いてみただけよ」
「最初はただの『ウィストウハウス探検倶楽部』だったんだけど、僕がジュリアに会った後、幽霊探検倶楽部に名称を変えたんだ。みんなバカにしつつもそういうの好きだろう? でも上の学部に上がる前には自然消滅しちゃったよ。オースティン校長先生はまだ覚えているんだ? ほんとにいつまでも僕が子どもだと思ってんだから、やめてほしいよ……」
「でもどうして倶楽部をつくったの? ゴーストに興味あったから?」、眞奈は聞いた。
「うーん、そうだな、彼女に会ってお願いしたいことがあったからかなぁ」
「お願いしたいことって何?」
ちょうどそのとき、屋根づたいに歩いてきた二人は、向かいの校舎の窓にたどり着いた。
「ここから中に入ろう」
さっきマーカスが教えてくれたとおり、その部屋の窓のカギは壊れていた。彼は窓枠を力いっぱいたたき、建つけの悪さを直してから窓を開けた。眞奈たちは校舎の中に入った。
二〇八号室までの屋根が永遠に続けばよかったのに、そうしたらマーカスとずっと一緒にいられたのに……。眞奈はがっかりした。
それにしても、ジュリアの亡霊にお願いしたかったことって何だろう。
話は自然に途切れたが、マーカスはその質問に答えたくないと思っているように眞奈には感じられた
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