24 ウィルの停学
「おい、マナ」
休憩時間になっても、眞奈がマーカスと一緒に出かける理由を一向に話さないため、不本意ながらウィルの方から聞くことになった。
二人はちょうど次の授業の体育館に向かっている途中で、人影のない校庭の一角だったこともあり、ウィルの声には不機嫌さがありありと出ていた。
「なんで用務員のおばちゃんのとこなんかにマーカスと一緒に行くんだよ? そんなにあいつと親しかったっけ?」
眞奈は言葉をにごした。「全然親しくないよ、もちろん。でも、ちょっと事情があるの……」
「この間、俺が民族資料館で見つけてきたウィストウハウスの見取り図の関連か?」
眞奈は「まぁね」で会話を終わらせようとしたが、ウィルが快く思っていないことがひしひし伝わってきたので、しかたなく本当のことを差し障りのない範囲で話すことにした。
「実はこの間マーカスと一緒にウィストウハウスの亡霊伝説の謎について話したの。そしたらその謎についてマーカスも興味を持っていて、用務員のミセス・ハドソンは代々ウィストウハウスの門番で亡霊の謎について詳しいから、彼女に一緒に会いに行こうってことになったの。それだけだよ」
ウィルは『亡霊伝説の謎』と聞いてバカにした態度を隠そうとしなかった。
以前、眞奈が『窓の魔法使い』について話したときもバカにされたが、今度はそのときと少し違っていた。今回のウィルの態度にはトゲがあった。
「バカバカしい。亡霊だの、魔法使いだの、よくそんな話をする気になるよな。マーカスもマーカスだよ。そんなトンデモ話に付き合うなんて。マナと出かけたいなら普通に映画とかカフェとかに行けばいいだろ。もっともあいつにはイザベルがいるんだから、ほんとはそんな資格ないけどな。いいのか、そんなやつで」
眞奈は自嘲的に言った。
「そんなんじゃないって。考えてもみてよ、マーカスが私のことなんて相手にするわけないじゃない。彼女はあのイザベル・ボウモントなのよ」
「ま、そりゃそうだわな」と、ウィルは反射的に同意してしまい、慌てて、「いや、そういう意味じゃなくて……」と言いわけし出した。
「べつにいいよ、本当のことだし。それに第一そんな理由じゃないのよ。本当にウィストウハウスの亡霊の件でミセス・ハドソンに会いに行くの、ただそれだけ」、眞奈は冷たく言った。
ウィルは眞奈とくだらない口ゲンカになっているのに気がつき、「わかったよ」と言った。
「悪かったよ。俺もイライラしててさ」
「ううん、いいのよ。ごめん、私もちゃんと話せばよかったね」と、眞奈も謝った。
ウィルは、「あーあ、タバコでも吸うか。ここで吸ってもいいか?」と、眞奈に聞いた。
今、NOと言ったらよけい気まずくなりそうで、あまり気が進まなかったが、「どうぞ」と眞奈は言った。
ウィルはカバンから小さな缶の箱を取り出しふたを開けた。眞奈が何気なく見ると、細かく刻まれた茶色の葉が入っていた。眞奈は目をみはった。
これは、よく映画やドラマで見るドラッグではないか。
「ちょっと、ウィル、これドラッグでしょ! やめてよ!」と、眞奈はウィルを強く責めた。
せっかくマーカスとミセス・ハドソンのイライラ話を我慢したウィルだったが、眞奈の責め言葉に呼応してイライラが再発した。
ウィルはきつい調子で言った。
「おいおい、これはドラッグじゃねぇよ。葉っぱを紙に巻いて吸う普通のタバコだ。葉っぱだけで買った方が安いから、紙と別売りなんだ。いいか、合法だぜ! ま、日本にはないかもしれないけどな!」、ウィルは小バカにしたように言った。
眞奈はあやしげなドラッグじゃないとわかって安心したが、同時に、だから問題ないだろうというウィルの態度にむしょうに腹が立った。
「タバコにしたって年齢的に違法じゃないの、えらそうに言う資格ないでしょ」
「なんにもわかんねぇのに、おふくろみたくうざく言うなよ!」
二人の間に気まずい空気が流れた。
ウィルはわざとらしく携帯メールをチェックした。
「おっとジェニーのメールだ。じゃ俺、次の授業さぼるから。わりぃ、ジェニーが待ってるんだ。あとよろしくな」
「え、またさぼるの? 大丈夫なの? ちょっと最近さぼり過ぎよ。先週だって何回もさぼったじゃない!」
口ゲンカの最中だったとはいえ、眞奈としては本当に心配して出た言葉である。しかし、眞奈の言い方はまたウィルのイライラをあおった。
「ああ、もううぜぇな、わかってるって、大丈夫。ちゃんと単位は計算してるし。あ、ノートは貸してくれなくてもいいからな、おまえも面倒だろ。いつも悪いと思ってたんだ。じゃあな!」、ウィルはそう言い捨てて眞奈から逃げるように去って行った。
眞奈はそんなウィルのやり方に傷ついた。
確かに英語が苦手な眞奈にとって、誰か他の人に見せるためにノートをまとめることは難しい。授業が終わってから書き直すことも多く、すごく時間がかかる。
でも、そんなふうに言われるぐらいならウィルに全授業のノートを貸してくれと言われた方がましだった。
ウィルと親友になってから初めてといってもいい大ゲンカである。しかし、ウィルがケンカを引きずることはなかった。
次の日の朝、眞奈が気まずさを覚悟してバス停に行くと、ウィルはいつものとおりの様子だった。怒っていたりばつが悪そうにしていたりする素振りをちっとも見せなかった。
ウィルは普段と同じく優しかったし、授業中も気を利かせて眞奈のことをいろいろ助けてくれた。
しかし、むしろいつもと変わらないウィルの態度が眞奈を悲しくさせた。
明らかに気持ちがすれちがっているのに、彼はたいした問題じゃないようにふるまっている。いや、そう『ふるまっている』のではなく、ウィルにとって眞奈のことなんて本当にたいしたことないのかもしれない。
ウィルとの仲がぎくしゃくすることはその後も続いた。
心配になった眞奈は勇気を出してストレートに聞いた。
「マーカスと一緒にミセス・ハドソンのところに行くことで怒ってるわけじゃないよね? 約束の日はまだかなり先のことだし、それが果たされるかどうかも微妙だし。それに私がマーカスと一緒に行くのはそのとき一回きりで、当たり前だけどウィルが私の親友なのよ」
「まさか、そんな安っぽい嫉妬なんてするわけねぇだろ。ま、おまえには幸せになってほしいから、マーカス・ウェントワースじゃない方がいいとは思うけど、でもおまえがいいのなら俺は応援するぞ」
「そう。でもなんか私のこと怒っているみたい。私がタバコをドラッグと勘違いしたときのケンカについて怒ってる?」
「あんなケンカぐらいで怒るわけねぇだろ。俺には妹が三人もいるんだ、いつもケンカしては仲直りの繰り返しさ、そんなの普通だろ」
ウィルは眞奈の目を見ながら言った。
「それにおまえのことを大切な親友だと思っているからな」
眞奈はその言葉に嘘は感じなかった。
しかしそのときは嘘でなく真実だったとしても、表面的な真実は長い時間をかけて嘘となるものだ。眞奈は十四歳であったが、そういったことについては大人になったときと同じく敏感だった。
ウィルの心をつなぎとめようと、少しでもいいから何か役に立ちたかった。彼がジェニーとのデートで学校をさぼるときは、もうしなくてもいいと言われたにもかかわらず、引き続き宿題の場所を教えるとかノートを貸すとか世話をやいた。しかし、ウィルは感謝してくれるどころかありがた迷惑のようで、いつもうるさそうにしていた。
そして、三月の最終週にウィルはタバコを吸っているところを運悪く、風紀にやかましいアッカーソン先生に見つかった。
そのまま謝っていればまだよかっただろうに、アッカーソン先生に暴言をはいたとかでオースティン校長先生の元に引っ張って連れていかれた。けっきょく、ウィルは一ヶ月の停学処分を受けることになった。
眞奈はウィルを案じるメールを長々と送ったが、「なに、むしろいいバカンスだ。ジェニーにいつでも会えるからな」という返事がきて、よけい眞奈を不安にさせた。
ランバート夫妻は共働きだった。妹三人にはベビーシッターがいるらしいが、きっとウィルにまでは気がまわらず、ウィルはやりたい放題にちがいない。
眞奈は「はめをはずさないようにね」というメールを送ったが、ウィルからの返事はなかった。
ウィルのいない一ヶ月間……。
眞奈はウィルのことが心配でしかたなかったが、むしろ自分の心配をした方がよさそうだった。
授業中、先生の話に
ついていけなかったときのフォロー、ホワイトボードをノートに書き写すときのヘルプ、小テストに出そうなところのヤマ勘、その他、一緒に席に座る、一緒にランチを食べる……、学校生活において、眞奈はウィルをどんなに頼りにしてきたことか……。
しかも今までみたく午後の授業だけいないとか、一限目だけいないとかいうわけでなく、一ヶ月間まるまる不在なのだ。眞奈は絶望的な気持ちになった。
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