9.鬼と少女の猫探し

 スバルと柑奈の二人は特にこれといったアテもなく歩き回る。

 小さい村とは言え、居なくなった猫を探すとなると至難の業で、場合によっては山の中にまで入って行ってるかもしれない。


「その……ミーコだっけ? いつもどんなとこ歩き回ってるんだ?」

「んとね……ウチからお店のある方」


 柑奈の家がどこなのかは知らないが、お店となると商店街の辺りだろう。

 猫は大抵、自分の縄張りである決まったルートを巡回している。スバルにもその知識はあったから、まずは猫がいつも通るところを重点的に探した方が得策と踏んだのだ。


「カンナの家は?」

「あっち」


 柑奈は今立っている場所から商店街とは真逆の方角を指差す。確か村役場のある方だが、今、スバルたちが歩いて来た学校に面した通りとは田畑を挟んで別の通りになる。

 もっとも、柑奈が先ほど歩いて来た方へ進めば道が合流しているから、役場前の通りには出られるが……。


「ふ〜ん……。って事は、ナァの家の辺りはもう探したって事か?」

「うん」

「その……店がいっぱいある方もか?」

「お店がたくさんある方はママに一人で行っちゃいけないって言われたから……」


 なるほど。それゆえに自分の家からあまり離れずに辺りをグルグルと回っていただけで、猫の通るルートの半分も探していないという事なのだ。

 それでは見つからないのも無理はない。


「んじゃ、ワァと一緒にあっちの方も探してみるぞ」

「え? でも……」


 柑奈は急に不安げに表情を曇らせ足を止めた。


「一人じゃいけないって……」

「うん。でも、今はワァも一緒だろ? だったら一人じゃないじゃないか」


 そう言ってスバルは少女に手を差し伸べる。そしてニッと八重歯を見せて笑った。

 すると柑奈は「うん」と俯き加減に軽く頷くと、スバルの手をギュッと握りしめて来た。

 不意のことで驚き、スバルは僅かにその手を引っ込めようとする……が、思うところあってか、すぐに柑奈の小さな手を握り返す。


(ま……いっか……)


 どこか照れ臭さもあるが、悪い気分でもない。


 やがて商店街までやって来た。

 ここに来るまで今のところはそれらしい猫を見る事もなかった。

 いつも通りのルートを通っているのだとすると、この場所以外にあとは探すところもない。


「ミーコ……だっけ? いつから帰ってないんだ?」

「えっと……おととい……」


 まあ、家猫であっても稀に数日戻らず、しばらくしてひょっこり戻って来る事もあるが、確かにそれだけ戻らないと心配にもなる。


「お? 最上さんとこの鬼っ子じゃないか」

「ん?」


 急に背後から声をかけられて振り返る。見れば駐在所のお巡りさんであった。

 自転車に乗っているところを見ると、どうやら巡回パトロール中のようだ。


「珍しい組み合わせだなぁ。張本さんとこの娘さんと一緒なんて……。何してるんだい?」


 お巡りさんは何気なく訊いたつもりだったのだろうが、スバルはジトっとした目で彼を睨みつける。


「何だ? ワァがこの子をかどわかそうとしてるとでも言うのか?」

「だ、誰もそんなこと言ってないじゃないか」


 お巡りさんは思わず苦笑いして両手を振る。


「ワァ知ってるぞ! 警察官という者どもは悪人を捕らえる役目を持つニンゲンなのだという事をな!」

「た、確かにそういう仕事もあるけど……」


 お巡りさんもどこから説明したら良いものやら……と困り顔。

 いや、そもそもスバルが続け様にある事ない事まくし立てるので説明する余地もない。


「怪しいと思ったら、取っ捕まえて座敷牢に閉じ込めるんだろ! それで縄で逆さ吊りにして、白状するまで棒で殴るんだ!」


 いったい、いつの時代の話をしているのだろう?

 この時代の知識をネットなどから驚くべきスピードで吸収しているものの、まだまだ多分にズレているところがある。

 それどころか——


「お巡りさんは悪い人を捕まえてお仕置きするの。柑奈も知ってる」


 柑奈までもがスバルに加担する。


「ほら見ろ! こんなガキンチョでも知ってるんだぞ! どっちが悪だか分かりゃしない。なぁ、カンナ?」

「うん」

「オイオイ……」


 ツッコミが間に合わず、お巡りさんも頭を抱える。

 そんな時である。


 ——ナォォ……


 三人の足下辺りから微かな鳴き声が聞こえて来た。

 明らかに猫の鳴き声なのだが、姿が見えない。


「今、どっかから声がしたよな?」

「ミーコ! どこ〜?」


 柑奈が大声で呼ぶと、もう一度……。


 ——ナゴォォ……


 呼びかけに応えるようにスバルや柑奈たちの立っている場所から数メートル離れた建物の隙間から鳴き声がした。

 よく見れば縁の下の、それこそ仔猫がスッポリと収まりそうな僅かな隙間から黄色い目が二つ。何かを訴えかけるような眼差しでこちらを見ているではないか。


「あ! ミーコだ!」

「こんなとこに居たんだな。にしても、出て来る気配がないな……。出られないのか?」


 柑奈の呼びかけには鳴き声で応えるのだが、ミーコはその場からジッとしたまま動こうとしない。


「何だ。キミたち、猫を探してたのか」

「だから、そうだって言ったじゃないか!」


 お巡りさんに向かってスバルはプンスカという擬音が似合いそうな顔で怒るが……。


「そんなこと言ってたっけ……?」


 と、お巡りさんは首を傾げる。

 その間も柑奈はしきりに「ミーコ! ミーコ!」と呼び続けるが、ミーコは何かに怯えるように全く出て来ようとはしない。


「猫は身体が柔らかいから、このくらいの隙間なら出てこられないなんて事もないと思うけどなぁ」

「じゃあ、何で出て来ないんだ?」

「さあ……」


 イマイチこのお巡りさんも頼りない。

 しかし、彼の言うとおりで幅は狭いがよっぽど肥満体の猫でなければ身動きできなくなる程の隙間でもない。

 何か出て来たくない理由があるのかもしれない。


「う〜ん……だったらおびき出せば良いんじゃないか?」

「どうするんだね?」

「待ってろ」


 そう言うとスバルはキョロキョロと辺りを見回し、道端に生えている手頃な雑草を引っこ抜くと、それを手に戻って来た。

 イネ科の植物であるらしく、穂に小さな花だか実だかがついており、葉の部分よりも重みがある。それをミーコの目の前で振って見せた。

 するとミーコはこれまでの怯えたような眼差しとは打って変わり、急に獲物を狙う目になる。

 要は猫じゃらしの要領だ。


「ほれほれ〜。出て来〜い」


 ミーコが釣られてヒョイっと手を出す。

 もちろん、スバルは簡単には掴ませまいと草を持った手を引っ込め、なおも振り続ける。


「ほ〜らほ〜ら」


 ——ウナッ!


 夢中になって追うミーコはようやく半身を隙間の外に出した。

 ここまで来ればこっちのものだ。

 スバルはすかさず「そりゃ!」とミーコの上半身を掴む。掴んだまでは良かった。


 ——フカーッ!


「い、痛っ! こ、こらっ!」


 見知らぬ相手にいきなり掴まれたからなのだろう。スバルは思いっきりミーコに手を引っ掻かれてしまった。

 それでもミーコは自ずと飼い主である柑奈の腕の中へと飛び込んで行く。

 こうして無事、行方不明になっていた猫は柑奈のもとへ戻ったのである。


 ミーコが隙間から出て来なかった理由。

 どうもカラスか何かに襲われたのか、腰の辺りを怪我していて、怯えて出て来られずにいたようだ。

 それでも愛猫が戻って来て、幼い柑奈は嬉しそうであった。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 別れ際、柑奈は満面の笑みを浮かべて手を振る。何度も何度も振り返っては手を振っていた。

 スバルも柑奈の姿が見えなくなるまで手を振り返してやった。


「……まったく……とんだ災難だった」


 そんな事を言いつつも、スバルはまんざらでもない様子で柔らかい微笑を浮かべていた。


「さっき引っ掻かれたところ。バイ菌が入ったら良くない。手当してあげるから駐在所においで」


 最後まで見守っていたお巡りさんが手招きする。


「何だ……。ナァ、いい奴なんだな」

「そりゃどうも」


 そんなこんなでスバルは一人で思う存分、焼きそばパンを楽しむつもりだったのに、帰宅するまでにその半分も食べず終いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る