3.知らぬ間に
学校を終え、月人は弓月と帰路についていた。
既に新学期が始まっている時期でもあったので、定番である自己紹介のあとは直ぐに授業に入ったわけだが……聞いていた以上に月人には生徒数が少なく感じられた。というのも、小中高一貫で同じ校舎で授業を受けているとはいえ、生徒全体の割合では小学生が最も多く、月人の高校生が最も少ない、たった三名しかいなかったからだ。
とはいえ、皆んな人当たりは良く、月人も直ぐに馴染む事ができたし、弓月の方も問題は無さそうであった。
「そう言えば……」
商店街に差し掛かったところで弓月は思い出したかのようにバッグから財布を取り出した。
「昨日、買い出ししてなかったからウチに何にもなかったよね」
「ああ……向こう出るときに最低限のものしか買ってなかったもんな。卵と牛乳くらいしか残ってなかったと思った」
つまり今、すぐ前方に見えて来た『スーパー アヤオリ』で色々買い込んで行こうというのである。そういったところに気が回る辺り、我が妹ながらしっかりしてると思う。
店は広めのコンビニといった大きさ。店内には食料品はもちろん、生活雑貨や何故か手彫りの置物までとバラエティーに富んでいる。
店内は広いのだが、やはり人口が少ないぶん、そこまで忙しくなる事もないのだろう。レジはたった一台しか無く、店員も月人たちが入った時には五十前後のおばちゃんが一人いるだけだった。
品出しの途中であったおばちゃんは月人たちに気づくと、「あら、いらっしゃい」と深緑の前掛けで手を拭きながらニコニコと人懐っこそうな笑顔で近づいて来た。
「あんたたち、最上さんとこのかい?」
やはり陸の孤島のような地域である。見かけない客であれば引っ越して来たばかりの兄妹だとすぐに分かるのだろう。
月人と弓月はやや堅苦しい挨拶をして頭を下げると、おばちゃんは孫でも見るかのような目で、
「ここいらは皆んな顔馴染みだからね。家族のように思ってくれて良いんだよ」
と、両親に先立たれた事も知っているのだろう。温かい言葉をかけてくれた。
「ところで今日は何かまだ必要なものがあったのかい?」
「ええ。昨日、買い出しをしてなかったんで、色々と……」
そこまで言ったところで、月人は妙な違和感を覚えて小首を傾げた。
このおばちゃん……今、「まだ」と言ったが、どういう意味だろう? 「まだ必要」も何も月人も弓月もこの店に買い物に来たのは、これが初めてだ。
「さっきも随分と買い込んでったようだったけど……まあ、持ち切れなかったのかねぇ」
「ん?」
月人と弓月は顔を見合わせる。
さっきとはどういう事だ? 持ち切れなかった……とは……?
二人とも狐につままれたような気分だ。
そんな兄妹の懐疑も知らず、おばちゃんはさらに続ける。そして二人は衝撃の事実を知ることになった。
「それにしても、あんたたちの家に一緒に住んでるっていう、あの子……。ちょっと変わってるけど良い子じゃないの」
「は、はい……?」
一緒に住んでる子なんて他に一人しか思い当たらない。
「まさか鬼の子が今でも存在してたなんてビックリしたけど、明るくて可愛らしくて……。おばさん、ああいう子は大好きだわぁ」
月人も弓月も、これには言葉を失った。
(あいつ……外に出るなと、あれほど……)
約束した筈なのに、半日も保たなかった。それどころか、ごく当たり前のように地元の人達と接して、おばちゃんの口振りからすると勝手に買い物までしたらしい。
「そう言えば……わたし、口座から下ろしといたお金……居間に置きっぱなしにしてたかも……」
弓月は声を震わせて青い顔をしている。
まあ、両親が残してくれた貯金は月人と弓月が成人するまでの生活費や学費としては十分過ぎるくらいあるので、これからの生活に不安はあまり無いから良いが、それにしたって大金を無造作にほっぽって置いたのはマズかった。
「まさか、あいつがお金を使って買い物をするって概念を持ってるなんて想像もしなかったからな……」
もともとは狩猟や農耕で生活していた鬼たちである。恐らくお金で物を売買するという概念は持ってなかったであろう。スバルがその知識を得たのは、間違いなくネット情報に違いない。
吸収力の高さはあったが、まさかこれほど早く現代の環境に適応できるとは想定外だった。
「あの……ちなみにスバルのヤツ……どれくらい買って行きました?」
怖々尋ねると、おばちゃんは「そうねぇ……」と天井を仰ぎ、
「食べ物ばかりだったけど、ウチで一番大きい袋に三袋だったかしら? 重いから小さい体で顔を真っ赤にしながら『ではな!』なぁんて偉そうにして帰ってく姿がおかしくてねぇ」
何となく想像できる。が、そんな事はどうでも良い。
「あ……えっと……。あいつが買い出しに来てたんなら今日は大丈夫です。はは……ははは……」
引きつった笑みを浮かべて、おばちゃんに別れを告げると二人はそそくさと退散する。そして店を出たところで、またしても顔を見合わせ、
「尋問が必要だな……」
「うん……。徹底的にね……」
と、二人して眉間に深い皺を刻んで商店街をあとにするのだった。
が、そんな二人に追い打ちをかけるように、商店街を抜けた先にある駐在所の前で今度は警察官に呼び止められた。
「お? 最上さんのとこの月人君だね?」
「え? は、はい……そうですが……」
別に何も悪い事をした覚えはないのだが、警察官に声をかけられると妙に緊張してしまう。後ろめたいものが無い……と言えば、スバルの存在を隠しているので、嘘になってしまうが……。
だが、小さな集落に引っ越して来た者を把握しておくというのも、この警察官の職務であろうし、月人も緊張はしながらも、そういった類いの挨拶程度のものだろうと高をくくっていた。
「いやぁ、その年でもう許嫁がいるとはねぇ。それも鬼とは……」
「え? は? え、ええ?」
「鬼が今でも存在してたって事にも驚きだけど、既に将来を約束してるとは……羨ましいなぁ……」
どうやら、この三十路前後の警察官は未婚で、特定の相手もいないといった口振りだが……そんな事はどうでも良い。既にスバルの存在が知られているどころか、話に色々と尾ヒレがついているではないか!
「でもなぁ、いくら将来を約束した相手だからって、あんなか弱い奥さん一人に大量の買い物を押し付けるっていうのは感心しないなぁ。パトカーで家まで送ってけなんて言い出すし……。まあ、あまり辛そうな顔してたんで送ってあげたんだけどね」
「は? はあ? え? ウソ……」
もう、どう弁解して良いものやら言葉にならない。弓月などは黙って話を聞いていたが、こめかみに血管が浮き出ていて、今にも爆発しそうだ。
「とにかく! 奥さんは大事にしてやらないと、そのうち愛想尽かされるよ?」
独身の警察官は、やや嫉妬混じりに語気を強めて忠告するが、月人に言わせれば
「有ること無いこと言われて一方的に悪者にされているこっちが被害者」である。
この分だと、どれだけの住民にスバルの存在を知られているのか分かったもんじゃない。
(昨日出会ったばかりの鬼を信用したオレがバカだった……)
月人は偏頭痛持ちの中間管理職のように眉間を摘まむ。
何とかスバルの存在を隠し通すという月人たちの目論見は、結局、僅か一日足らずで破綻してしまったのだった。
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