2.本家の屋敷

 老人に別れを告げると、教えられた道を下って行く。

 役場はそこから五分ほどであった。

 役場と聞いていたから、もっと無機質な鉄骨製の建物を想像していたが、ここ付喪牛の役場はまるでログハウスを大きくしたような造りで、なかなかどうしてオシャレではないか。


「ん? おまえ達か?」


 月人と弓月が役場の佇まいに見とれていると、入り口の戸を開けて、ごま塩頭の老人が出てきた。

 どうやら、この老人がヨシ爺さんこと最上喜房であるようだ。


「あ、初めまして! オレ、最上月人です!」

「最上弓月です!」


 兄妹揃ってペコリと頭を下げるが、ヨシ爺さんは「フンッ……」と鼻を鳴らすと、「ついて来な」とだけ言って、二人が今来た道をさっさと登って行ってしまった。

 確かに無愛想で偏屈な爺さまだ。


 そこからは三人とも、終始無言である。

 先を行くヨシ爺さんの後をついて行く二人であったが、時折顔を見合わせては苦笑いを浮かべるだけであった。


 途中、この集落の商店街を通った。

 どうやら、この一部にお店が集中しているらしいが、商店街と言っても居酒屋兼喫茶店が一軒、薬局が一軒、電気屋が一軒にスーパーが一軒のみ。

 いずれも個人経営の非常に小さな店舗で、スーパーに至っては『スーパー アヤオリ』という名はついているものの、コンビニ程度の大きさしかない商店といったふうだ。


 商店街を抜けて、さらに数分歩いたところには道の両側に駐在所と診療所が向かい合って立っている。

 なるほど、必要最低限の施設はあるようだ。


(それにしても、思ってた以上にのんびりしてるなぁ……)


 だからと言って、決してそれは悪い印象ではない。

 都会とは違う……どこか時間そのものがゆっくりと流れているような平穏な世界。ここにいると、都会のあくせくした空気がバカバカしくすら思えて来る。


(嫌な事なんて忘れちゃいそうだ……)


 確かに都会での生活に慣れている兄妹にとっては不便だし、退屈を感じてしまうかもしれないが、両親を亡くしてしまったという心の傷を癒やすには最高の場所かもしれない。 


 それにしても随分と歩いた気がする。

 見れば弓月も額に汗を滲ませ、顔にも疲労の色が浮かんでいる。

 そろそろ休憩したいところだと思っていた矢先、ヨシ爺さんはピタリと足を止めた。


「この上だ」


 二十段ほどの土を踏み固めただけの階段があり、上の方に大きな平屋の日本家屋が見える。


「一応、電気、ガス、水道は通ってる。あと、必要な事は居間にメモがあるから、それに目を通しておけ。何かあればワシのとこに電話すりゃあいい」

「あ、はい。ありがとうございます」


 月人が頭を下げようとする間もなく、ヨシ爺さんは月人の手に家の鍵束を握らせ、さっさと行ってしまった。要は「あとは自分たちで勝手に何とかしろ」という事らしい。


「こんなんで大丈夫なのかなぁ……」


 ますます不安になって来た。


「とにかく疲れちゃったよぉ~。早く家に入ろ?」


 弓月の言うことももっともだ。これから先の事を今、この場であれこれ考えていても仕方ない。それよりはまず一旦、これからの自分たちの住まいに入って落ち着く事からだ。



 平屋建ての屋敷は全室畳敷きであった。

 これまでフローリングの床しかないマンションで暮らしていた二人にとっては和室そのものが新鮮だ。

 い草の香りが心地よく、どこか気持ちを落ち着かせてくれる。


 屋敷はL字型の造りになっており、裏庭に面して長い縁側もあった。曲り家と呼ばれる、この地方特有の造りだそうで、かつては家主と荷運びをさせる馬が一軒の家に一緒に暮していたのだそうだ。その後、馬を飼う事もなくなり、L字型の曲り家の特徴をそのまま活かして人のみが生活する屋敷へと改築したとの事である。


 弓月はよほど疲れていたのか、無造作に荷物を居間に置くと畳の上に寝転んだまま、いつの間にか寝息を立てていた。


「そう言えば……」


 月人は先ほど、ヨシ爺さんから渡された鍵束をポケットから取り出す。

 鍵は三本――

 そのうちの一本は玄関の鍵で、入って来た時に使った。もう一本は屋敷の東側に土間の台所があって、そこの勝手口の鍵である事は屋敷内を見て回って確認済みだ。

 では、残りの一本は何であろう?


「この一本だけ、ヤケに古くさいんだよなぁ……」


 ひとつだけ他の鍵と異なり、黒く重々しい鍵。何となく時代劇などで出てくる鍵に形が似ている。


 屋敷内をひと回りして居間で休憩していた月人であったが、この鍵が何の鍵であるのか気になって立ち上がると、気持ち良さそうに寝息をかいている弓月を居間に残し、縁側へ出た。

 そして、先ほどは気づかなかったが、庭の隅にある物を発見した。


「蔵……だよな……」


 それは白い漆喰の壁の、いわゆる昔ながらの土蔵だ。


「スゲェ……蔵のある家なんて初めて見た」


 蔵と見るや男心をくすぐられ、俄然興味が湧く。

 縁側から庭に出る為のものであろうサンダルが沓脱石の上に置かれていたので、月人は早速それを履いて庭へ下りる。

 土蔵の扉には大人の拳ほどもある大きな鈍色の錠前が付いていた。


「そっか……。多分、ここの鍵だな?」


 そうと分かれば中がどうなっているのか見てみたいというのが人の心理というものである。

 どうせこの屋敷はもう自分たちの物なのだし、中を見るのに遠慮などする必要はないのだ。


 僅かに緊張の面持ちで錠前に鍵を差し込む。ピッタリだ。


 カチリ――


 古い錠前なので少なからずてこずるかと思いきや、意外にもあっさり錠前は外れた。

 重い扉を目一杯の力で開けると、ふわっと埃が舞う。


「ゲホッ、ゲホッ! うわぁ……これ、長いこと開けてないのか?」


 入り口から射し込む日の光が薄暗い土蔵の内部に煙のように舞う黄土色の埃を浮かび上がらせる。

 いくつか明かり取りの小窓が付いている為か、思っていたよりも土蔵内部はハッキリと物が見える。


「へぇ……凄いな……」


 それほど広い土蔵ではないが、中にはいくつもの棚が置かれ、大小の木箱や農機具、火縄銃などといったシロモノまで保管されていた。


「ひょっとしたら、かなり価値のあるお宝も眠ってるんじゃないか?」


 そう思うと何だかワクワクして来る。

 相変わらず埃っぽい土蔵の中をうろうろと見て回るうち、ふいに月人は隅に置かれた大きな長持の下に何かを見つけた。


 足下は全て土であるのに、この長持の下だけが板張りの床になっている。それも長持が少しだけズレて床からはみ出すように置かれているためか、床の一部が蓋になっているのが見て取れた。

 見るからに怪しい。まるでこの長持は……この蓋を隠すために、その上に置かれていたのだと言わんばかり。


「確か……台所に懐中電灯があったっけ……」


 先ほど、屋敷内を見て回った時に、台所の壁に大きめの懐中電灯が掛けられていた事には気づいている。

 この長持が置かれている場所は土蔵の中でも奥まったところだし、この蓋を開けてみたところで、明かりがなければ見えそうにも無い。


 ここまで来たら好奇心を抑えられない。

 月人は早速、台所から懐中電灯を持ってくると、長持をどかして、その下にある蓋を照らしてみた。

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