3.漬け物樽から……
二メートル四方の蓋の端には、指を引っ掛けられそうな穴がある。
蓋に厚みが無いお陰で、指を二、三本引っ掛けるだけで、蓋はすんなりと持ち上げられた。
「これ……地下か……?」
床にぽっかりと空いた暗闇を懐中電灯の青白い光で照らすと、何やら下へと続く階段がある。
木製の急な階段は城の天守の階段を彷彿とさせた。
「この下にも何か保管されてるのか?」
月人は恐る恐る階段に足を下ろす。
幸い、木製の階段は腐っている様子もなく、一歩一歩下りて行く度にコツコツと乾いた音を立て、月人の体重をしっかりと支えていた。
一番下まではおよそ三メートルといったところ。
最後の段を下りた時、ガコンと床の一部が僅かに沈み、何かの仕掛けが外れる音がした。
「な、何だ?」
こういう仕掛けにありがちなのが、侵入者を撃退する罠。釣り天井か、はたまた閉じ込められて水攻めか。さもなくば矢でも飛んで来るのか。
急に言い知れぬ恐怖が襲って来て、月人は慌てて足を階段へと戻す。
が、罠ではない事は直ぐにわかった。
壁のあちこちに燭台が取り付けてあったようで、その燭台に次々に火が灯ったのだ。
「脅かすなよぉ……。にしても、随分と凝った仕掛けだなぁ」
俄に明るくなった地下室はガランとしていた。
十畳ほどの空間にただひとつ……。月人の身の丈ほどもある大きな漬け物樽がドンと置かれているだけだ。
「何だ? これ……」
こんな土蔵の地下に漬け物……というのも妙だ。それもこれだけの空間にたったひとつだけ。不自然にもほどがある。
近づいて観察してみるが……ただ大きく古いだけの漬け物樽でしかない。
漬け物であれば蓋の上に石でも乗っていそうなものだが、ただ蓋が閉められているというだけで何も重石を乗せていないのも不自然だ。
「空っぽなら、何も蓋なんてする必要なさそうだけど……ん……?」
よくよく見れば、蓋の一部に一枚の紙が貼られていて、それで封がされている。
しかし、その紙も随分と古いものらしく、すっかり色あせているうえ、虫に食われて今にも千切れてしまいそうだ。
紙の表面に何かが書いてあるようにも見えるが、それも長い年月と虫食いによって全く判別できなくなっている。
「中に何かあるって事なのかなぁ? あ……」
確かめようかどうしようか迷って、少しだけその紙に触れて瞬間……紙は音も立てず、簡単に破れてしまった。
その途端――
ズンッ!
漬け物樽は大きな音を立てて揺れ始めたではないか。
「な、なな、何だ何だ?」
まるで樽の内側から何者かが蹴っているような音。
ズンッ!
月人はジリジリと後ずさりする。
ズンッ!
ひときわ大きな音を立てたかと思うと、耳をつんざくような爆発音とともに辺りは濛々とした白煙に包まれた。
「う、うわぁっ!」
何が起こったのかはわからない。けれど、一刻も早くここから逃げなければ……とは思う。
それでも突如起こった煙と……恐怖心とは裏腹に、何が起こったのか確かめたいという衝動が月人の足を動かそうとしてくれなかった。
煙に包まれて何がどうなっているのかはわからない。けれど……月人はこの地下室に自分以外の何者かの気配を感じた。
それは今まで漬け物樽があったところにいる。
「くふふ……」
煙の向こうから笑い声が聞こえてくる。
子供のような……しかし、もっと言えば小悪魔のような人らしからぬ笑い声……。
「だ、だ、誰……だ……?」
月人は絞り出すような声で問いかける。
喉がカラカラだ。真の恐怖は口の中を一瞬にして干上がらせてしまい、飲み込む唾すら出て来てはくれない。
徐々に煙が晴れてくる。
薄くなった白いもやの中に小さな人影が映った。
「くははは……あぁ~はっはっはっはっ!」
小さな人影は地下室の外まで響き渡るほどの高笑いをした。
「あぁ~はっはっはっ……ゲホッゲホッ!」
笑い過ぎてむせていた。
視界が晴れる……。
そこには月人の肩くらいまでの背丈しかない女の子が立っていた。
赤みがかった褐色のボサボサした髪は肩くらいまで伸びている。そして上質の琥珀のような清んだオレンジ色の瞳。そして両耳の少し上の辺りからニョキッと石灰色の……まるで牛のようなツノが生えていた。
(女の子……でも、ニンゲンじゃ……ないよな……)
明らかに人間離れした姿の少女。
しかし、その少女の全身が露わになると、月人の中にあった恐怖は若干薄らいだ。と、いうよりは、人ならざる少女の格好を見るなり、目のやり場に困ってしまった。
人ならざる少女の姿は……虎柄のパンツ一枚だけで、他には一切何も身に纏っていないというあられも無い姿。
腕組みをしている為におっぱいは隠れているが、小柄ながらも多少の膨らみはある。
「ワァの封印を解いたのはナァか?」
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