4.土地神と鉱山

「まあ、そんなふうにワァも崇められてる存在だったからな。だから学校の長もワァの要望に応えざるを得なかったんだろ。ふははははは!」

「立場を悪用してるとしか思えん……」


 得意げに高笑いするスバルに月人はげんなりして苦笑を浮かべる。

 そんなスバルの高笑いが耳に届いたのだろう。


「あっやぁ? スバルちゃん、かっきね楽しげらじぇ」


 あれやこれやで商店街の辺りまで来たところで、何やら通りで作業をしていたおじさんがスバルを目にしてカラカラと笑っていた。

 が、おじさんの言葉は月人には聞き慣れない方言でイマイチ何を言ってるのか解らず、月人一人が戸惑った様子で微妙な笑みを浮かべている。

 すると、おじさんのすぐ隣りにいたおばさん恐らく夫婦なのだろうが、おじさんの肩をツンツンとつついて、「最上さんとこの子には通じないよぉ」と苦笑いして注意する。

 その事を指摘されたおじさんも、ハッとした様子で、


「ああ、悪かったね。つい、いつもの癖でなぁ」


 と、ポリポリと頭を掻いて笑った。

 月人たちがこの付喪牛に引っ越して来て、この方、多少の訛りはあるものの、この村の住人達の多くが標準語ばかり喋っている事に何となく違和感を抱いてはいた。

 どうも彼らは月人達に気を遣っていたようで、月人達の前では普段はあまり使い慣れない標準語で話すようにしていたようだ。


(わざわざ、何でそこまで……)


 という疑問が湧いたものの、これまでのスバルの話を思い出し、すぐにその理由に思い当たった。


(たった二人のために話し方を変えるほど、最上家はこの付喪牛で影響力を持ってるって事か……)


 最上本家の子供二人のために村人全員がわざわざ合わせようと気遣うほどの影響力……。明らかに普通ではないし、うそ寒いものを感じる。

 まるで昭和のミステリー小説に出てくる地方の名家と閉鎖的な村社会がここに再現されているかのようだ。

 いや、実際にそうなのだろう。スバルの話は決して大袈裟なものでも何でもなく、ここは月人たち兄妹が想像だにしなかったような異質な社会が成立しているのだ。


「ナァたち、今日は何してんだ? 何だか色々と飾り付けされてるみたいだけど……」


 スバルの言うように商店街の入り口には白い提灯のたくさん付いた横断幕が張られ、至る所にそれと同じような白い提灯がつり下げられている。

 それぞれの提灯には何やら梵字が書かれているが、月人たちが読める普通の日本語は一切見られない。


「ああ……この間、スバルちゃんには話したと思っでだんとも……覚えでねぇのす?」


 おじさん……やはり中途半端に方言が混じっていて、どうにもぎこちない。

 それでもスバルは理解できたのだろう。「あっ!」という顔をしてポンと手を叩いた。


「そっか! 例のタマバミ祭りだっけか!」

「タマバミ祭り……?」


 話について行けず、スバルの横で月人は首を傾げる。

 考えてみたら、月人たちはまだ、それほど村の人たちと深く交流している訳じゃないし、この付喪牛の事もよく知らない。

 むしろ月人たちよりもスバルの方が積極的で、相変わらず人間を見下していながらも、この付喪牛の文化や風習、住人たちそれぞれの生活に関しても月人たちより余程詳しいのだ。

 おまけに一般的な鬼のイメージとは異なり、スバルは村人たちから随分と好感を持たれているから、何となく月人も彼らの前でスバルと一緒にいると居心地が悪くなってしまう。

 そのタマバミ祭りとやらだって、月人たち兄妹は今の今まで耳にした事すらなかったのに、スバルは彼らから話を聞いて既に知っていたのだ。

 ちょっとしたジェラシーを感じてしまう。


「ほら、さっき話した土地神の祭りだ」


 そんな月人のささやかな嫉妬を知ってか知らずか、スバルは祭りと聞いて「おまえも一緒に楽しめ」とでも言わんばかりのハイテンションで答える。


「この付喪牛には古くからタマバミサマという土地神様が居てね。ほら、この集落をあちらの山へずっと登って行くと、大きな鉱山があるだろう?」


 おじさんは月人たちの家よりもさらに集落の奥の方を指差した。が、無論、そんな鉱山があるという話も月人は初めて聞いたのでかぶりを振る。


「初耳です」

「あれ? そうかね? あの鉱山は代々最上さんの一族が所有しててなぁ。この村に住む殆どの者はその鉱山で働いてるんだよ。もっとも、兼業農家も多いけどね」


 ははあ、なるほど。つまり最上一族はその鉱山のお陰で大きな財産と権力を手に入れ、名家として名を残したわけだ。


 それにしても、おじさんの口振りからすると、その最上家の所有する鉱山とやらは随分と古くからあるようで、今でも採掘が可能であるところを見ると、よほど豊富な鉱物資源が埋蔵されているのだろう。


「いつ頃からあるものなんですか?」

「確か……いつだっけなぁ? おい」


 おじさんはその辺りの記憶はおぼろげであるようで、おばさんを肘でつついて助けを求める。


「もう千年以上になるって話だったねぇ」

「はいっっっ⁉︎ せ、千年……?」


 おばさんの言葉に月人は思わず耳を疑う。

 だって、そりゃそうだろう。さすがに千年も資源を掘り続け、枯渇しない鉱山など聞いた事がない。


 するとおじさんはさも月人の仰天する様子を待ち受けていたかのように、ニヤリとしたり顔で笑う。


「それがタマバミサマの御利益なんさぁ!」

「は……?」


 これには月人のみならずスバルもキョトンとしている。彼女も鉱山に関して詳しい事は知らないようであった。


「あの鉱山は普通の鉱山と違ってなぁ。畑みたいなもんなのさ」

「畑……って……?」


 言っている意味がさっぱり理解できない。

 畑と言えば、この集落のあちこちに見られる作物を育てる畑……それ以外に思い浮かぶものはないし、それと鉱山とではどのように想像を巡らせても結びつける事ができなかった。


「つまりだな……鉱山に埋蔵されてる鉱物は採掘すれば無くなるが、しばらくするとまた同じ場所から採れるようになるのさ。まるで種を蒔いた畑の作物みたいにな」

「ま、まさかぁ!」


 さすがにそんな子供だましのたわ言を信じろという方がおかしい。子供だと思って担がれてる……と思った。

 が、おじさんは何もふざけている訳でも冗談を言ってるわけでもなかった。その証拠に隣で聞いていたおばさんもいたって真面目な顔をしている。


「ほ、本当に……?」

「世の中、不思議なこともあるものよ?」


 おばさんのそのひと言で月人とスバルは「信じられない」とばかりに顔を見合わせる。


「明後日から二日間に渡って行われるタマバミ祭りは鉱山へ続く山道の入り口に立ってるタマバミサマをお祀りしたお社で儀式を執り行った後、御神体の入った厨子を牛車に乗せて、この辺りまで練り歩くんさ」


 つまり今、月人たちがいる商店街の入り口付近。それで商店街の入り口に横断幕を掲げてあるというわけだ。


「そこでスバルちゃんに頼みたい事があるんだけど……」


 おばさんは少し申し訳なさそうに眉を八の字にする。言いづらい事なのか、言葉を一旦切って、スバルの顔色を窺っていた。


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