4.ヨシ爺さん

 最上本家の屋敷はスバルが診療所へ向かうために離れた時と変わらず居間と玄関の明かりを灯すのみで、存在感のある堂々とした佇まいである割に、闇夜に溶け込んでひっそりと静まり返っている。

その姿は、あたかも外界から孤立してしまったかのような心許なさを漂わせている。


 居間に入るとヨシ爺さんが、ただそこにある置物のように座していた。


「ずっとそうしてたのか?」


 スバルの問いかけにヨシ爺さんは一瞥しただけで、月人が座るまでは口を開かないとでも言いたそうに固く口を結んだままだ。


「弓月の身に何が起こってるのか……知ってるんですよね?」

「まあ、座れ。おまえが立ったままでは落ち着かん」


 やはり全てを知っているというふうである。


 月人は彼の正面に腰を下ろす。スバルも月人の隣りにペタンと腰を下ろし、あぐらをかいた。


「それで? そこの鬼の娘からは、どこまで聞いた」

「あれは呪いだって事くらいです……」


 するとヨシ爺さんは目を細め、スバルの方を再び見やると小さくため息をついた。


「何でもっと詳しく話してやらなかったんだって顔だな。言いたい事はわかるけど、これはナァが話してやらなきゃいけない事だ。千年以上も前から、ずっと最上一族の目付として、その役目を与えられて来たのはナァだからな……最上喜房……いや、鮭延喜房さけのべのよしふさ

「え……?」


 月人は我が耳を疑った。ヨシ爺さんが最上本家の目付だという事は周知の事実である。

だが、千年以上前からというのは、どういう事なのだろう?

 訳がわからずヨシ爺さんとスバルを交互に見る。が、二人ともそれきり黙ったままだ。


 しばし沈黙が続く。

一、二分だったかもしれないが、月人にはその時間が恐ろしく長く感じられた。


 やがて口を開いたのはヨシ爺さんの方だった。


「今さら隠しておいても仕方のない事やもしれんな……」


 大きく息を吐くように呟く。まるで何もかもに疲れてしまったような、そんな声であった。


「弓月の身に起こっている事を話す前に、この最上家の歴史とそこの鬼娘にまつわる話をせねばならん」


 彼は重々しい口調でゆっくりと語り始めた。


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