8.三度目の狼藉
「うあっ!」
短い叫び声をあげ、月人は何かを掴むように手を伸ばした。
――フニッ……
いや、確かに何かを鷲づかみにしていた。柔らかくて温かい何か……。
「つ、月人……。い、意外と大胆だなぁ……」
月人の顔の前に気恥ずかしそうな笑みを浮かべるスバルの顔があった。
「は……?」
自分がどこに居るのか……そして今、どういう状況なのか……理解するまでに、しばし時間を要した。
ここは月人の寝室である。そして自分の布団に仰向けで寝ている。
自分の腰の上には下着姿のスバルが乗っかっており、彼女は自身の体と月人の体が隠れるように掛け布団を背に覆っていた。
この状況……。
「あ……」
月人は突き出していた手を慌てて引っ込めた。その手で鷲づかみにしていたものは言わずもがな……。
ブラジャーすら着けていないのだから正真正銘、直に触っていたという事だ。
それでもスバル自身、突然、胸を鷲づかみにされた事に戸惑っていたようで、逆にそれが月人を冷静にさせた。
「おまえ……何してんの?」
月人は冷ややかな、実に冷ややかな声で問いかける。
「いやぁ……昼間のガキンチョどもを見てたらな……ワァもやっぱり子供が欲しくなって……」
デレデレした顔でしなを作っている。
廊下に面した障子戸が僅かに開いていて、そこから月明かりが射し込んで来ているが、顔色まで判別できるほどの明るさはない。
が、彼女の様子から察するに、きっとスバルは月人に悟られたくは無いほどに真っ赤な顔をしているのだろう。
「ま、前は……し、尻込みしてしまったが、き、き、今日は覚悟を決めて来たぞ!」
どうやら月人の入浴中に乱入して来た時の事を言っているようだ。
それにしても、やる事は大胆なクセに、いざとなると照れてしどろもどろになっているのだから、やっぱりヘタレと言うかポンコツと言うか……。
「おまえなぁ……」
体の上に乗っかっているスバルを強引に押しのけようと身を起こそうとするが、
「あれ……?」
背中が布団に張り付いてしまったかのように起き上がる事ができない。四肢の自由はあるのだが、上体を起こす事だけができないのだ。
よく見れば、腹回りをロープでグルグル巻きにされており、敷き布団に体を括り付けられた状態であった。
「今のワァでは月人に力で勝てないからな。悪いけど大人しくしててもらうぞ」
獲物を前に興奮したケモノよろしくスバルの息が荒くなる。
「ったく……人が寝てる間に手の込んだ真似を……。でも、相変わらず詰めが甘いな……おまえは……」
「え?」
途端にスバルは顔色を失う。月人は「ふんっ……」と鼻を鳴らすと、自由の利く手で枕元に伸びている紐を引っ張った。
——カランカラン!
乾いた竹筒と木板がぶつかり合う音が廊下に響き渡る。
「こ、これ……」
「鳴子ってヤツさ」
引きつった顔で冷や汗を流しているスバルに月人は余裕の笑みを浮かべた。
直ぐに廊下の向こうからドタドタと激しい足音がこちらに迫って来る。
「万が一のために弓月が用意してくれたんだけど……まさか、こんなに早く使う事になるとはねぇ……」
「ふか……きゃふっ!」
恐らく「不覚」とでも言いたかったのだろう。が、最後まで発する間もなく部屋に飛び込んできた弓月に後頭部を竹刀で殴られてスバルはノックアウト。
「まったく……油断も隙もないんだから……」
そう捨て台詞を吐かれた挙げ句、スバルは布団に簀巻きにされて自分の寝室に放り捨てられたのだった。
これでひとまず朝までは安心して眠れる。
しかしだ……。
(さっきの……何だったんだろう……?)
嫌な夢だった。何となく記憶が飛び飛びにはなっているが、確か同じような夢を以前にも見た気がする。
(それに何か……何か最後に見た気がする……)
おぞましい何かを見た気がするのだが、何を見たのかが思い出せない。
頭の中に映像として流れていたという事までは覚えているのに、まるでその映像だけが抹消されてしまったかのように、スッポリ抜け落ちている。
「ただの夢……だよな……」
そうに決まってる。
そう思いたいのだが、妙な不快感と不安が拭い去れずに心の中に痼りのように残され、結局、月人が再び寝ついた頃には東の空が白んで来ていた。
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