7. 焼きそばパンと経済事情
スバルは頻繁に出歩くようになっている。もっとも、村の中だけでバスに乗って遠出なんて事はない。
多少、都会だの海だのに興味はあるようだが、そこは己れの立場上わきまえてはいた。
この日もスバルは最上家の屋敷を出て、ぶらぶらと集落へ繰り出す。
服は相変わらず弓月から拝借したもので、この日はまるで冬に戻ってしまったかのような寒さもあってか、グレーのダッフルコートに下はタータンチェックのミニスカートといった姿で、首にスカートと似たようなデザインのマフラーまでしている。
とは言っても、ろくに暖房設備も無かった時代に生まれたスバルにとっては、この程度の寒さなど現代人が感じる程でもなく、寧ろ引きこもっているくらいなら出歩いた方がマシだとでもいうくらいには元気であった。
「これおくれ!」
スバルがまず立ち寄ったのは商店街にある『スーパー アヤオリ』であった。
特に物色して迷う事もなく、レジに広げたのは焼きそばパン。それも十個はある。
「あら、スバルちゃん。これ気に入ったのかい?」
「うん。ニンゲンにしては、なかなかどうして美味い物を生み出したものだ。それだけは褒めてやる」
「あらあら……」
レジのおばさんはそんな傲岸不遜なスバルをヤンチャな子供を見るような目で「クスクス」と笑う。
笑われた事がスバルには引っかかったようで、
「ワァだって評価すべきところは、ちゃんと評価するんだぞ?」
と、まあ何で笑われたのかも分かっていないような、おばさんが訊いてもいない自己弁護をした。
「でも、一度にこんなに買って大丈夫?」
「心配ない。お金なら、ちゃんと貰って来た。くすねて来たんじゃないぞ? 小姑から貰って来たんだぞ?」
その言葉におばさんは声をあげて笑った。
さすがにスバルも無断でお金を持ち出した事を咎められて反省はしていたし、少々こたえてもいたのだ。
いずれは自分がニンゲンに取って代わる……とは豪語していても、現状は最上家に居候の身であるし、人間社会のルールに従わなければ、この時代で生きて行く事は難しくなる。
(ニンゲンどもの国というのが気に入らないけど、無意味に抗うのは愚の骨頂だからな)
と、まあ、根底にある動機はともかく、彼女は彼女なりに上手に合わせようとはしているのだ。
「それにしても……あんな若い身空でご両親を亡くして……心配だねぇ……」
「ん?」
レジを打つ手を止めて、おばさんはにわかに雨雲がかかって来た空を見上げるような顔をしていた。
「だって、いくら分家の人たちがいるって言ったって、あの大きなお屋敷にたった二人で暮らしてるんでしょう?」
「今は三人だけどな」
自分の存在を忘れるなとでも言いたそうに、ややむくれっ面を浮かべて己れを頭数に入れる。
しかし、おばさんはスバルの訂正など、まるで聞こえていないかのように見事なまでのスルーを決めて、
「そりゃあ、お兄ちゃんの方は高校生かもしれないけど、身近に大人がいなけりゃ、たった兄妹二人だけで何かと心細いだろうに」
と、飽くまで「二人っきり」という姿勢を崩さなかった。
まあ、おばさんも悪気があった訳ではなく、兄妹の面倒を見てくれる大人が身近に居ない事を心配しているだけであって、スバルを頭数に入れようが入れまいが、スバルの事はスバルの事で月人や弓月同様に子供として見ているのだろう。
「まあ、あの二人の事ならワァが居るから大丈夫だ」
スバルは根拠の無い自信にもかかわらず、胸を張って見せた。
何となく自分が無視された気もして、アピールしたくなったらしい。
「そりゃあ、スバルちゃんは良い子だと思うよ? でも、稼ぎがあるわけじゃないでしょう?」
「う……」
それを言われるとスバルも反論できない。それどころかスバルはあの二人に養われている身だ。
亡き両親が二人が成人するまでには十分な貯金を残してくれたとは言うが、スバルが入って来た事で、それもいつまで持つか分からない。
それを思うと何となく胸の辺りがチクリと痛んだ。
「あ、あの……。き、今日は半分にしとく……」
そう言ってスバルはレジ台に並べた焼きそばパンを半分下げさせた。
「あら……ごめんねぇ。別におばさん、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど……何だか気を遣わせちゃったわね」
「ち、違う! た、ただ……好きだからって食べ過ぎも良くないかなぁって思っただけだ!」
ピンク色に染めた頬をプクッと膨らませる。
「ホント、スバルちゃんって優しい子ねぇ。ウチの子だったら、そんな話を聞いたって気にしないで浪費しそうなのに」
「い、いいから、早く会計を済ませてくれないか⁉︎」
お喋りに夢中ですっかり手が止まっていたおばさんは「あらあら」と申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべながら、やっとレジを打ち終えるとスバルからお金を受け取るのだった。
(まったく……そんな話聞いたら、いくらワァだって少しは気にしちゃうじゃないか……)
折角、焼きそばパンをたんまり買い込んで、どこかでのんびり食べようと楽しみにしていたのに、おばさんの話で水を差された気分であった。
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