5.頼み事

「何だ? ニンゲンが鬼であるワァに頼み事なんて、随分と身の程知らずな――あたっ!」

「失礼だろ」


 月人は容赦なくスバルの脳天にゲンコツをお見舞いした。


「どうせウチに居候してるだけの単なる穀潰しなんです。好きにこき使ってください」

「ちょっ……! 穀潰しはあんまりじゃないか!」


 殴られた脳天を押さえて目の端に涙を溜ながら抗議するが、事実、スバルが何の役にも立っていない事に違いはない。


「働かざる者食うべからずっていう、おまえに相応しい格言を贈ってやるよ」

「なんだい……自分だって働いてないクセに……!」


 小声になりながらも、しかし聞こえよがしに愚痴をこぼすが、月人はお構いなし。

 大体、社会に出て働いてる訳じゃないが、家事は妹の弓月と分担してやってるのだ。

 手伝いもせず、日がな一日ネトゲやらテレビを観て笑って、あとは食っちゃ寝だけのスバルに何を言われたところで痛くも痒くもない。


「そうかい? じゃあ……」


 怖ず怖ずとおばさんは相も変わらず申し訳なさそうに、そのくせ頼むと決めたら大胆にも、ふてくされてそっぽを向いているスバルの顔を覗き込むように切り出した。


 何でも、祭りの準備で大忙しであるため、明日一日、スバルに子供たちの面倒を見て欲しいとの事だった。


「役場の多目的室に子供たちが集まってるからね」

「ちょっと待て! 明日だってワァは学校に行かなきゃならないんだぞ!」


 確かに普段だったらそうだろう。だが、月人は薄笑いを浮かべて、


「残念ながら、明日から三連休だ」


 と、自分でも少し意地悪だと思いながら、スバルの反応を楽しんでいた。


「いやいやいや! だ、だからって、何でワァがニンゲンのガキンチョどもの面倒を見にゃならんのだ! てか、何でワァなんだ! 明日が休みなら、他にも暇してる奴らだっているだろ?」


 スバルの言う「他にも」というのは、クラスで一緒になった池田と江口両名を指しているようだった。

 あの二人だって学校は休みだろうし、月人から見てもスバルなどに子守りを任せるよりは、よっぽど適任であるように思えた。

 しかし、おばさんの見立ては月人のそれとは異なるようで、


「スバルちゃんは子供たちに人気あるからねぇ」


 と、意外な事を言い出した。


「ウチの子も、この間のフリーマーケットでスバルちゃんとお話ししてから、毎日スバルちゃんの事ばっかりでねぇ」

「そ、そうなんですか?」


 信じられない……。

 頭脳明晰ではあるだろうが、こんな態度ばかり大きい、口先だけでやろうとしてる事には力が伴ってない、かつ、年下の弓月に頭が上がらないポンコツ娘のスバルが小さい子供たちから慕われている姿など月人には想像もつかなかった。


「月人ちゃんは知らなかったかしら? 村の子たちからは随分気に入られてるのよ? お年寄りからの評判も良いし、何より私たちだってスバルちゃんはお気に入りだからねぇ。それに先日も張本さんちの猫が居なくなってお子さんが泣きながら探し回ってたのをスバルちゃんが一緒になって探してくれたって聞くしね」


 おばさん……ベタ褒めである。朗らかに笑って、そう言ってのけるのだから、よほどスバルの人となり……いや、鬼となり……? ともかくも一人の女の子として惚れ込んでいるのだろう。


「だそうだ……スバル?」

「そ、そんなこと言われてもなぁ……。猫探しだって成り行き上、仕方なく付き合ってやっただけで……」


 相手が己の見下す人間とはいえ、さすがに「人気ある」だとか「評判が良い」だとか褒められて満更でもないようで、スバルは頬をピンク色に染めながらも困惑した様子でモジモジしていた。


「そんなに慕われてるんなら良いじゃないか。それに世に君臨する王様には人望だって必要だろ?」

「む……。そ、それは確かに一理あるな。それにガキンチョどもをワァの先兵として今のうちから教育しておくというのも悪くない手だ」


 チョロい……。

 スバルの野望は飽くまで人間から権力を奪い、自身が世に君臨する王になる事だ。その気にさせてやれば何だってする。

 我ながらスバルの扱いを心得て来た……と、月人は内心、ほくそ笑んでいた。


「い、良いだろう! ワァに任せるが良い。ナァたちは方舟はこぶねに乗ったつもりでいると良いぞ!」


 腰に手を当てて胸を張って見せる。


「方舟って……ノアかよ……」

「ははは! 確かに大船に乗るよりもノアの方舟に乗った方が窮地を脱してくれそうだなぁ」

「う、うむ。そうだろう、そうだろう」


 おじさんのフォローに何度も頷くスバルではあったが、『ノアの方舟』に関しては、さすがに知らなかったようで、それでも言い間違えた事を隠そうと複雑な笑みを浮かべていた。

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