2.鬼の娘もお年頃

「月人? さっきから黙ったまんまで何を難しい顔してるんだ?」


 スバルに追いついてから、いつまで経っても月人が話をしようとしなかったからだろう。スバルは怪訝な顔で月人の顔を上目遣いに覗き込んだ。


「誰のせいだと思ってんだよ……。ったく……」

「ん? 何で顔赤くしてんの?」


 覗き込まれていた事に気づいて慌てて目を逸らしたのだが、自分でもどうしようもないくらい顔が熱くなってきた。


「し、知るかっ!」

「変なヤツだなぁ……」


 スバルは鼻で笑って月人から離れる。


(クソッ……。こいつのペースに乗せられっぱなしだ)


 自分でも何で赤くなってるのか不思議でならない。もう考えれば考えるだけ深みにはまるだけだ。

 月人は雑念を振り払おうと頭を振る。


(これ以上、気にしちゃダメだ!)


「それよりも……」


 月人が雑念を振り払うのに必死になっている最中、突然、スバルは月人の二、三歩手前でクルリと身を翻す。勢いで短めのスカートがフワリと捲り上がり、虎柄のパンツが僅かに見えた。


「ワァの制服姿はどうだ?」


 スバルは褒めてもらえる事を期待しているのか、子供っぽい無邪気な笑顔を浮かべている。

 その笑顔に……月人は不覚にも一瞬だけドキッとしてしまった。


「ど、どう……と言われても……」


 正直な感想を言えば……似合っていた。それも普段の尊大な態度とは不釣り合いなほどに「可愛い」と思えてしまう……。


「ワァは結構気に入ってるんだけど……月人は似合うと思うか?」


 これがかつて人間たちの恐れた鬼なのか? 

 古着で買って来たセーラー服を随分と気に入っている。こんな無邪気にはしゃぐスバルは、もはや普通の女の子と何も変わらない。


「あ、ああ……まあ……」


 曖昧な返答をする。が、内心はドギマギしていた。

 ただ、それを表に出してしまえば負けのような気がして、月人はスバルが可愛いなどと思っている事を心の奥底に押し込もうと必死にポーカーフェイスで繕っていた。


「まあ……って、反応薄いなぁ」


 スバルは不満げに口を尖らせる。

 普段なら、こんなに自分の見てくれに関して執拗に訊いてくる事はないのに、どういう心境の変化なのか今日は随分としつこく食い下がってくる。


「本音は伝えたつもりだけど……」

「んん? って事は、月人から見ても似合うと思うという事か!」


 途端にパァッと表情が明るくなる。まるでクリスマスプレゼントを貰った子供のようだ。


「そうかそうかぁ! うんうん!」


 この上なく満足といった様子だ。


「おまえさぁ……。いつからそんなに見た目を気にするようになったんだ?」

「え?」

「だって、この時代に目覚めたばかりの頃は服装なんてどうでも良いって感じだった気がするんだけどなぁ」


 もっとも、出会ってから、まだ一週間ほどしか経っていない。が、初めの三日くらいは弓月の服を適当に借りて、それこそ組み合わせなどもちぐはぐだろうが平気で過ごしていた。

 それが古着を大量に買い漁ってきて、以前よりは身なりも気にするようになっていたし、少しばかりセンスも磨かれたように思える。

 今もチラッと見えたように、下着だけは鬼としてのプライドなのか依然として虎柄に拘っているものの、現代における十代の女子としては相応の格好を好むようになっていた。


「そ、それは……」


 スバルは気恥ずかしそうにモジモジとして俯いてしまう。


「ワ、ワァだって一応は年頃の女なんだぞ。当代風のじゃなきゃ変な目で見られるだろ?」


 ネットで覚えたのだろうが、やはり横文字は苦手なようで「ファッション」の発音がおかしかった。

 それにしても何となく不自然な物言いにも思えた。


(この国に君臨して鬼による国を作るって言ってたヤツが、人間に合わせてどうすんだか……)


 何だかんだ人間を見下しながらも、最近はすっかり人間たちの生活に馴染んでしまっている。「敵を知るためだ」などとぬかしているが、人間社会の居心地が良くなってしまった事を隠して繕うための方便にしか聞こえなくなってしまっている。


(まあ、見下してようが居心地が良くなったんだったら、それはそれで良いんだけどな……)


 むしろ、そうなってくれた方がスバルも下手な事はしなくなるだろうし、月人としても安心できる。


(口ではああ言ってるけど、学校だって本当は興味があるから入学したのかもしれないな)

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