第49話 布石・1
レームの町の中を一人歩きながら、平和だなぁとしみじみ思う。
治安の悪い場所や人攫い系とかの柄の悪い人間はいるけれど、基本的にこの町は平和と言っていいのだと、『記憶』が告げる。そして、これから赴く場所のほとんどがそうであるのだと。
それは『一度目』と比較してのことだ。『一度目』は、場所により程度の差はあれど、どの村や町も魔王の――魔族の脅威にさらされていた。人心は荒れ、もっと殺伐とした面があった。
それが今無いのは、魔王が『一度目』の果てに、『シーファ』の存在を知ったからだ。エルフが魔王を止めるために生み出した存在を知ったからだ。
故に、魔族が気まぐれに人里に手を出す以外は、人々に目立った被害は出ていない。
だからこそ、魔王の存在は知っていても、人々はそこまで躍起になってそれを打ち倒そうとはしていない。そういう『世界』になっている。
『二度目』の時、
三度目、四度目と繰り返すうちに、苦しむ人、傷つく人、悲しむ人……そういう人が少ないことに救いを見出すようになった。何度も何度も繰り返す、その原因が自分だとわかっていたから。
それでも、何度繰り返させてしまっても、エルフの悲願を叶えなければならないと、そう思い続けた果て。
今度こそ最後にするのだと、そう決めてあの夜、チェンジリングの魔法を――。
そこまで考えたところで、視界に閃いた銀色に、『魔法』を展開させた。
致命傷を狙って飛ばされたナイフが、不可視の壁に弾かれて地に落ちる。
「考え事してるみたいだったから、いけるかと思ったのに。残念」
ちっとも残念そうに聞こえない声で、忽然と現れた少年――ユエが言う。
確かに考え事はしていたけれど、私にとって今ここでのユエとの遭遇、というか襲撃は予想外のものじゃない――どころか待ち望んでいたものなので、全く不意打ちにはなっていなかったりする。
でもそんなことを口にする理由も意味も無いし、口にしたところで前提が頭おかしい人の戯言みたいな内容なので言うつもりはないけど。
「……相変わらずだな。本当に、そろそろ諦めてもらいたいものだが」
「なんで?」
「この町を出るからだ」
「そうなの?」
そう、これを言うために、私はユエを――ユエが機を見て攻撃してくるのを待っていたのだ。ぼんやり考え事をしつつ。
こてりと首を傾げたユエは、首の角度を元に戻して口を開いた。
「あんた、この町の人じゃなかったんだね」
「ああ。目的地のある旅をしている身だ。――遭遇頻度からして、君は私の周りを張っていたのだと思っていたんだが、そういう情報は入らなかったのか」
「確かに大体あんたにくっついてはいたけど、そのうち殺すつもりで頑張ってたから情報とかは集めてなかった」
「……そうか」
殺すつもりで頑張られていた側としては微妙な気持ちだけど、まぁユエだからな……。
内心遠い目になりつつ、気を取り直して話を続ける。
「君は確か、私を殺すことを条件として暗殺者として独り立ちできることになっていたと聞いていたが」
「うん」
「私は殺されるつもりもないし、今後の旅の中で暗殺を仕掛けられるのもやめてもらいたい。この町にいる間は、一人きりの時を狙っていたようだったから看過していたが……」
「人目があるところで、僕が暗殺を仕掛けると困る?」
「困るというか、状況が面倒なことになる」
大抵の人は仲間を暗殺しようとする人間がいたらそれを排除しようとするものだろう。
私としてはどうでもいい――というかユエとのコミュニケーションでもあるので受容するにやぶさかではないけど、その理由を対外的に説明はできないので説得もできない。
一応『前』まではこう言えばユエも形はどうあれ引き下がってくれて、後々に響くようなことにはならなかったので、今回もそうしたわけだけど。
「ふぅん……」
じっとユエが見つめてくるのに内心たじろぎつつ見返す。
元々ユエはじっと人を見てくる方だけど、目力があんまりないというかいかにもどうでもよさげなのでいつもは気にならない。
だけど、今はなんだかいつもより目力があるので心持ち引いた姿勢になってしまう。外面には出ないけど。
「それで、僕がその要求を呑んで、何か利益がある?」
「……そういうものは提示できないから、ただの私の要望だが」
「ふぅん」
ちょっとだけ唇を尖らせる仕草が、考え事をしているときの癖だというのは『前』からの積み重ねで知っている。
なので答えをただ待つのみなんだけど、……やっぱりなんか目力強くない……?
物言いたげ、というわけではない。しかし、それでいて見られる側を落ち着かなくさせる視線に、思わず目を逸らしたくなる。
『シーファ』としては不自然な行動だからしないけど。
ひとしきり無言で
「わかった。いいよ。人目があるところであんたを狙うのはやめる。――その代わり、」
「……?」
「人目が無いところでならいい?」
「……。私の要望を聞いてどうしてそんな結論に至ったのかは訊かないが。物見遊山の旅というわけではないから、狙うこと自体をやめてもらいたい」
思い返すに、
でも結局、渋々といった雰囲気ながら(とは言っても『前』があるからわかる程度の変化だけど)、ユエはもう一度「わかった」と口にした。
『記憶』によればもうちょっとゴネられることもあったわけだし、まぁ許容範囲内だろう。
「ねぇ、暗殺しようとしなければ、あんたについて行っていい?」
「それはどういう形でだろうか」
ちょっと警戒しつつ訊ねる。ここで突拍子もないことを言わないとも限らないのがユエだ。
「姿を見せてついていくのと、見せないでついていくの、どっちがいい?」
「どっち、と言われてもな……。そもそも暗殺をしないのなら、私につく理由はないだろう」
「だって、あんたの気が変わるかもしれないし」
「旅が終わらない限り、それはない」
「先のことはわかんないよ」
水掛け論にしかならないだろうから言い募るのは止めて、話を先に進めることにする。
「それはともかく、……旅の邪魔をしないのであれば、ついてくること自体は構わない。君のいいようにすればいい。先程の言い方だと、旅の一員に加わりたい、というわけではないんだろう」
「うん。僕、そういう訓練受けてないし」
そういう問題かなぁと思うけど、まぁ一理ある。
『記憶』によれば確率は低いけどここで仲間になるパターンもあったんだけど、今回はそうじゃないらしい。特に大勢に影響はないみたいだから問題はないけど。
「じゃあ、ついていくけど、いいよね?」
小首を傾げてこちらを窺ってくるユエに、頷くだけで返す。
それで話は終わったとばかりに、「じゃあ、またね」と言ってユエが消えた。相変わらず鮮やかな去りっぷりだ。
自動的に私の用事も終わったわけなので、その場を離れるために踵を返――したところで、近づいてくる気配に「またこのパターンか」と思ったのは仕方ないと思う。
だって。
「よう、シーファ。ンな人気のない
曲がり角から姿を現してそう声を掛けてきたのは、タキだったから。
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