第42話 レームの町での日々・5
『教会』から宿に戻ると、部屋には誰もいなかった。どうやら全員出かけたらしい。
元々タキは町をぶらつく予定だと聞いていたし、レアルードについてはメモが残されていた。昼食の材料を買いに行ってくる、とのことだった。
ああ見えてレアルードは自炊が得意だ。この町にしばらく滞在することになった際、真っ先に自炊を始めたくらいには、食事を自分で作ることに抵抗がない。村に一応食堂のようなものはあったけれど、基本は自炊だったから当然かもしれないが。
……考えてみれば、レアルードは
ちなみにピアに関しては、とりあえず気配がないのでレアルードについていったのかな、と思っている。私宛に彼女がわざわざメモを残すはずもないので実際どうかはわからない。……深く考えると落ち込むからやめよう。
とりあえず自分のベッドに座って、くつろぐ。屋内で靴を脱ぐ文化がないので、ベッドまで行かないとくつろいだ気がしないのだ。
別の地方だと、近い文化はあるらしいという『知識』はあるので、今回の『旅』でも行けたらいいなぁ、とひっそり思ったりしている。
……さて、どうしようかな。
先ほどネルから聞いた依頼の内容を思い浮かべながら考える。
このレームの町で、シーファが必ず受けていた依頼がある。何度も繰り返すうちにわかったが、それも古のエルフたちの仕掛けた事柄の一つらしい。『魔王』を倒すための旅が、少しでも楽なものになるように、というお膳立ての一環だ。
それはいい。というか『記憶』からするとそろそろ出てくるだろうと当たりをつけて行ったのだから問題ない。予想通りだった。でも、予想外でもあった。
その依頼内容が、『記憶』の中のものとちょっと違っていたのだ。大きく変わったわけではないけれど、これまで毎回全く同じ依頼だったのに、どうして今回に限って。
可能性としては『シーファ』が『出来る限りのことをした』範疇か、『今回』のこれまでに積もった変化が影響を及ぼしたかだけど――後者の可能性は低いだろう。これまでのあれこれの変化が影響するようなものじゃないはずだし。
『出来る限りのことをした』ことに付随する変化であれば、まあいい。どういう意図で変わったのかわからないくらい些細な違いなので謎ではあるけど。
ただ、問題は『ジアス・アルレイド』の介入の結果だった場合だ。やっぱり些細な違いすぎるので、可能性は低いけれど、楽観視するわけにもいかない。
件の依頼というのは、中級依頼だ。内容としては別に難しいものじゃない。ワリもいい。
でも
この依頼、――すっごくおいしいコネに繋がるのだ。これから先の旅の煩わしいあれこれが大体解消できちゃったりする、とってもおいしいコネクションである。ここで縁を結んでおいて損はない。
……でもなぁ。
そして思考は最初に戻る。不可解な変化がもたらす意味を把握できない以上、危ないかもしれない橋は渡りたくない――もとい、渡るとしたら私ひとりにしておきたい。
シーファは、制限ありとはいえかなりハイスペックだ。周りに知り合いがいなければ尚のこと。パーティメンバーの前では今はかなり制限をかけなければならないけれど、誰もいなければそこまで気にする必要もない。だから、一人でだったら大抵のことはどうとでもなる。
しかしこの依頼、人数指定がある。2名だ。
2名となると、誰か一緒に受けてくれる人が必要になる。個人で受けて、もう一人の枠が関わりのない人で埋まるのを待つのは、恐らくできない。
以前にシーファが試したが、何度やってもレアルードかタキがもう一人の枠に入ってくる。教えたわけでもないのにどんな偶然だ――というよりは、必然というやつなんだろう。古のエルフの仕掛けはうまいこと働きすぎているようだ。『一度目』のシーファだったら、別にそれで問題はなかったんだけど。
依頼そのものに、危険性はない。
コネは大事だ。伝手というのはあって困るものじゃない。そしてこのコネは、まず間違いなくここでしか手に入らないのだと、『記憶』が告げている。
となれば、やっぱり割り切るしかないのか。でも――。
堂々巡りになりそうな思考が、我ながら面倒になってきた、そのとき。
聞き覚えのある足音が、扉向こうから聞こえてきた。あちらも私がいることに気がついたのだろう、少しだけ早足になったかと思うと、すぐに扉が開かれた。
「――シーファ。帰ってたのか」
戸をくぐり、部屋に入ってきたのはレアルードだった。手に提げた荷物から食材がのぞいているのが妙によく似合っている。主夫? 主夫なの?
ほぼ無意識におかえり、と声をかけようと口を開いたものの、シーファのキャラじゃなさ過ぎるので寸でのところでこらえた。仕方なく無難な方へと言葉を換える。
「ああ。買い物は終わったのか」
「一通りは。まだ昼を決めてないなら、一緒にどうだ?」
「……適度な量なら」
「いつも適度な量を出してるだろう。お前は食べなさすぎるんだ。少食っていっても限度がある」
シーファは食が細い。食べなくても問題ないから当然だけど。
しかし一応性別は男性で通しているので、あんまり食べなさすぎると不審を買う。なので、シーファもある程度普段から頑張ってはいたみたいなんだけど――まあ、消化器官が発達するはずもないので、その努力はあんまり実を結ばなかった。
つまり、一般的な視点から見ると、シーファはご飯を食べなさすぎる。
だからだろう、いつからかレアルードはことあるごとにシーファの食事に口を出して、あるいは買ってきたり作ったりして、一般的な男性の食事の量を摂らせようとしてくるようになった。
……あれ、もしかして『記憶』の中でちょくちょくご飯作りに来てた上に日に日に料理スキルが上がってたのって、その影響があったり? お母さんが健在なのに家で作るはずもないよね多分。この世界、家事は基本女性の仕事だし。
……。……だめだ、深く考えてはいけない。
「そういえば、シーファ。『教会』で、何か依頼受けたか?」
荷を下ろしたレアルードが、
急に話題が変わった。問われて、内心で首を傾げつつ答えた。
「いや、とりあえず見てきただけだ」
先述のとおり悩み中の依頼はあるけど、受けてはない。キープ状態だ。これまでの記憶的に、しばらくは放っておいても埋まることはないはずなので、もうちょっと悩む余地はある。
「そうか。俺も少し眺めてきたんだが――それだったら」
レアルードが一瞬だけ、体を固くした。緊張? 何に?
疑問は浮かぶけど、その理由を突き止める前に、レアルードは告げる。
「一緒に依頼受けないか?」
「この依頼だ」と差し出された紙の文字の並びには、見覚えがあった――どころじゃない。
先ほどまで頭を占拠していた依頼、そのものだった。
なんで、どうして。疑問が頭を巡ると共に、イレギュラーは1つのイベントにつき1つにしてくれないかなぁ、と遠い目になってしまったのは、まあ仕方ないと思う。
……なんて答えたかって? もちろん快諾した。
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