第41話 レームの町での日々・4





 翌日は、以前から約束していたため、ネルに会いに朝から『教会』を訪ねた。

 混雑する時間帯を避けて約束の時間を決めたので、『教会』内は閑散としている。建物の中に足を踏み入れたとほぼ同時に、ネルがこちらに気付き近づいてきた。



「ごめんなさいね、わざわざ来てもらって」


「いや、依頼も見たかったからちょうどいい。……それで、聞きたいことがあるとのことだったが」



 前置きの必要性もないだろうとさっさと本題に入ることにする。「できれば他の人には内密に、あなたシーファに聞きたいことがあるのだけど」と言われたので一人で来たのだ。

 内密にしたいのは話す内容だけとのことだったので、ここに来ること自体は隠さずに出てきた。あまりいい顔はされなかったけど(言わずもがなレアルードに、だ)、なんとかひとりで来る許可は得られたので良しとする。



「そのことなんだけど……」



 ネルは迷うように目を伏せた。言い淀む先を、シーファは予想できているので、急かすことはしない。


 これもまた、何度も繰り返す中で、かなりの確率で起こる出来事イベントだ。一度目のシーファは、その一連の出来事が示すことを終盤まで理解できなかったし、二度目以降も特に何かしようとすることはなかった。究極的には自分シーファに関係ないイベントだったのだから仕方ない。道筋に沿うために必要な出来事というわけでもなかったし。


 ……ああ、でも、はいろいろと違ってきてしまっているんだった。そこを考えると、このイベントには首を突っ込んでおいた方がいいのかもしれない。


 なんてつらつら考えてるうちに、ネルは自分の中で何らかの折り合いをつけたらしい。意を決したように瞳に力を宿して、シーファを見据えて口を開いた。



「あなたのところの剣士――レアルード、だったわよね」


「ああ。彼がどうかしたのか」


「彼、実はすごい童顔だとかってことは……ないわよね?」



 ……こう、その訊き方は切り口としては大分失敗な感じがするよ、ネル。毎回こんなものだった気はするけど。


 こちらが何も返さないうちに、ネルは慌てた様子で言い訳めいたものを口にし始めた。



「その、唐突に馬鹿げたことを言ってる自覚はあるのよ。何言ってるんだって呆れられても仕方がないと思うし……。でも、どう訊けばいいのかわからなくて」



 何度も繰り返す中でわかっているけど、ネルのこういう様子は貴重だ。大雑把にくくるとタキと同類なので、わりと素を隠してるタイプだし。

 デキる感じの隙のない美人さんが、余裕なくして慌てた素振りで頬を赤らめてるって、なんというか目の保養である。これも一種のギャップというやつだろうか。


 と、目を愉しませてばかりいる場合でもないので、とりあえず答えることにする。



「――とりあえず、童顔だということはないな。概ね年齢相応といったところだろう。少なくとも、君より年上ということはないが」



 『すごい童顔』ということは、外見から推察されるより大分年上である可能性を確かめたかったのだろう。わかりやすいように付け加えて答えれば、ネルは小さく肩を落として「そうよね……」と呟いた。


 端から、可能性は低いと踏んでいたのだろう。それでも一縷の望みにかけて確かめたかったのだというのがわかっているので、ちょっと居た堪れない。まあ、シーファには何も言えないんだけど。



「レアルードに似た人間でも探しているのか」



 少し迷って、ちょっと深く突っ込んでみることにした。これくらいなら大丈夫だろう。シーファでも気が向けばするくらいの質問だし。


 ネルは特に忌避する様子もなく、あっさり答えてくれた。貰う情報が多い方が、こっちとしてもいろいろボロを出しにくくなる、もとい、ボロがボロでなくなるので有り難い。



「顔――は正直よくわからないのよ。ただ、声がね」



 そう、声。初めて会ったあの場で、本題に入る前の自己紹介でのネルの驚きはそこに起因する。シーファだけが『知っていた』からこそ気付いた変化。――そして二度目以降のシーファが『だからか』と納得した反応。気付いてしまえば、知ってしまえばなんてことのない理由の。



「びっくりするくらいそっくりだったから、もしかしたら、って」


「探している人物に、そんなに似ているのか」


「小さい頃の記憶だから、たまたま似てるだけだとは思ったのよ。実際、彼の声を聞くまで殆ど忘れてたくらいだし。……でも、手がかりなんて無いようなものだから、一応ね」



 幼い頃に聞いた記憶しかない声。顔も覚えていない、それでも探したいと思う人物。

 けれど、ネルはどうしてもその人物を探し当てようとしているわけじゃない。もしそうなら、もっと大々的に探すだろう。

 一目逢えたら。生きているのだと知ることができたら。限りなく無いに等しい手がかりでは、それすらも難しいだろうけれど。



「――誰を探しているのか、訊いても?」


「構わないわ。訊くのにあなたを選んだのはこっちだし。……兄よ。歳が離れてた上に、いろいろあって小さい頃に家を出て行ったから、顔もよく覚えてないのだけど。あちらがどう思っていたのかはわからないけれど、私にとっては、大事な兄だったわ」



 兄。

 ここでも兄か、と思ったのは、何回前のシーファだったか。どうにもこの旅には、血縁関係のあれこれが絡みやすかった。これもその内の一つで、全てわかった後になって、やっとの行動の不自然さが腑に落ちたものだった。


 ジアスにしても彼にしても、大事ならもっと普通に大事にすればいいのに、と思うけれど、そうできないのが彼らの事情というやつなのだろう。血縁のいないシーファには、ずいぶん後まで理解できない行動基準だったみたいだけど。



「声以外に、覚えている特徴は無いのか」


「声も偶発的に思い出したくらいよ。覚えてないわ」



 首を横に振ったネルは、ふと思い出したように「――……いえ、ひとつだけ」と続けた。

 なるほど、こうやってつつけば思い出す程度ではあったのか、と『前』と照らし合わせて思う。シーファがここまでつついたことはなかったからわからなかった。それとも今回だけがこうなのか。こればっかりは真実を知る術はない。



「元は、私と同じ髪色だったのだけど――……多分、今は黒髪のはずよ」



 それが、人為的に染めたとかそういう理由ではないことはその口ぶりでわかる。どうしてそういう言い方をするのかもシーファは知っているけれど、それを教えることはしない。ただ、「そうか。わかった」とだけ返す。



「こうして聞いたのも何かの縁だ。それらしい人物の情報があれば知らせよう」


「別に、そういうつもりで話したわけじゃないのだけど」


「わかっている。一方的に情報を得るのは公平じゃないと考えたからだろう。別に積極的に探すわけじゃないから、引け目を感じる必要はない」



 聞いた人物像にひっかかる情報があれば伝えるだけだから、ネルのために労力を割くわけじゃないし――今この時点で『知っている』事柄を伝えない時点で、むしろこちらが情報を隠匿しているようなものだ。どうせ今までの『旅』がなければ気付けないのだから、罪悪感がどうとかいうわけではないけど、この『旅』の中でわかることくらい情報を流しても構わないだろう。それで辿るべき『道筋』が変わるわけでもないし。


 ネルはそれでも複雑そうな、納得できてなさそうな顔をしていたけど、頑なに固辞する内容ではないと割り切ったらしい。申し訳なさそうな雰囲気を振り切って、口端を釣り上げて微笑む。



「じゃあ、お言葉に甘えるわ。代わりに、私にできるようなことがあれば遠慮なく言ってちょうだい。借りを作りっぱなしにするのは嫌なの」



 うーん、やっぱりネルはこういう、気の強そうな、一筋縄じゃいかなそうな表情の方が似合うなぁ。こういうところもタキと似てる……ということはジアスとも似てるのか。ジアスほどは二人とも性質悪くないけど。

 呑気にそんなことを思いつつ、「では、何かあった時は頼む」と無難に返す。

 ネル個人か、それとも『教会』の『使徒』としてかはわからないけど、助けを頼む場面がないとは限らない。個人的に繋がりを持っておくに越したことはない。


 ――まあ、一番いいのは、誰も深く関わらせないで、全てを終えることだけど。


 出来もしないことを、それでも考えてしまう『シーファ』の思考に心中で溜息を吐きながら、新規の依頼でめぼしいものはなかったか、ネルから情報をもらう方向に話題を変えた。

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