第23話 道中
受けることになった依頼がどんなものか詳しく話を聞いたその翌日、早速初級の依頼に挑戦してみることにした。
一旦『教会』に行って、意思確認されたり注意事項やら聞いたりした後、昨日ネルから聞いた通りに二人一組に別れて、割り振られた依頼を遂行するために行動を開始する。
……ここまでは、まあ、よかったんだけど。
「さァて、シーファ」
にやり、としか形容しようのない笑顔を浮かべたタキが振り返った。
とりあえずその笑顔は胡散臭い上に威圧感があるのでやめた方が良いと思う。いや、場面的には正しい表情なのかもしれないけど。
私達が受けた依頼は、とある人物の家に届け物をするという内容だ。別の依頼を受けたレアルード達が出発するのを見送って、届け物を『教会』の人が持ってくるのを待っている、というのが今の状況。
案内された小さな部屋に二人きりになった途端に切り出されるような話なんて、ロクなものじゃないだろう。少なくとも私にとって。
……これで何度目だろう。こうやってタキと向き合うのは。
何をどうしてもやましいことがある(やましいって言うか、単純に隠し事が多い)のは
「とりあえず、とっとと確認させてもらうけど――アンタ、自分を対象に魔法が使えない体質ってのウソだろ?」
……やっぱり。
実のところ、何を言われるのかは予想はできていた。そして、実際その通りになったことは、安心するべきなのか困るべきなのか。
最初から納得いってない風だったから、その内何か聞かれるだろうと思ってたんだけど、こんなに早くその機会が訪れたのは――まあ、イレギュラーが積み重なった結果だよね。色々と今更だけど。
「……ああ、その通りだ」
返す言葉と共に頷く。タキはいつも通りの笑みを浮かべているけれど、油断ならない気配を漂わせてる。
盗賊のアジトだった洞窟で、レアルードが説明した『シーファが自分に回復魔法を使えない』理由。あれは、ある意味正しく、そして間違っている。
『シーファ』が自分に向けて使えないのは、魔法全般じゃなくて、回復系の魔法だけだからだ。
『シーファ』はあえてレアルードに誤った情報を伝えていた。それは、『シーファ』が自分に魔法を使う必要がなかったからだし、とある事実を隠すためでもあった。
それに関しては『シーファ』の考えだし、私にはどうしようもない。というか私にとっても都合が良かったし。――あんなイレギュラーな事態さえ起こらなければ。
あの村での、『ジアス・アルレイド』の介入によって、それは諸刃の剣となった。隠したい事実を、暴きかねないような。
ここまで来たら、ある程度手持ちのカードを見せるしかない。勘のいいタキは、少しのことでも見過ごさない。ここでズバリ訊いてきたのは、最後通告みたいなものだろう。
内心で深く溜息を吐いて、私は口を開いた。
「私は自身に魔法が使えないわけではない。身体強化などの魔法は問題なく使用できる。ただ、回復系統の魔法は全く使えない。状態異常を治すようなものもだ。だから、先日の毒についても自然回復に任せる他無かった」
「それは、アンタのあの体質が原因?」
「恐らくは。――君が、私が自身に魔法が使えないはずがないと考えたのは、初めて会った宿の庭で、身体強化を行っていたのを見たからだな?」
確信を持って『ウソだ』と言うからには根拠があるはずで、その根拠が得られるような場面なんてそうそう無い。
案の定、タキは「ご名答~」と軽く答えた。
「やたらめったら色んな魔法試してんなーと思って見てたから、覚えてたんだよな。でもアンタと付き合い長いらしいレアルードは知らないみたいだし。知られたくないのかと思ったから、アイツが居るとこでは訊かないでおいたワケ。色々ありすぎて思ってたより訊くまでに時間かかったけど」
「……気を遣ってくれたのか」
こう、『いい加減隠し事ばっかしてんじゃねぇぞオラ』的な感じで切り込まれたのかと思ってた。違ったらしい。
「まー、アンタなんか色々背負ってそうなカンジするし。迂闊につついたら思い詰めて離脱しそうなカンジだし」
「……流石に、それはしない」
「そーか? ま、それくらい危なっかしいってことだ。今回のは、曖昧なままにしとくと戦闘中の判断とかに関わりそうだから訊かせてもらったけどな」
なるほど、そういう理由だったのか。合理的というか何というか。とりあえず『私』としては助かったけど。
結局タキはそれ以上つっこんで聞くことはしないつもりらしくて、その後は他愛ない話――主にレアルード達が受けた方の依頼の話とか――をしつつ、『教会』の人が戻るのを待って。
ちょっとして戻ってきた『教会』の人から無事に届け物を預かって、出発した、わけだけど。
……なんか、ものすごくイヤな予感がするというか何というか。でも何となく『覚え』があるのがまた。
大量の本と薬草その他諸々を抱えた私とタキは、着々と届け先までの道を歩いていた。
軽く変装もどき――って言ってもお互いの髪色を隠すために髪型変えて帽子かぶったりヴェール被ったりしただけだけど――をしたので、前みたいに角に差し掛かるごとにアンダーグラウンドな世界の住人のオニイサン方が現れるってことはないけど、何故か道行く人たちから視線が。
もしかしなくても怪しいですか私。そりゃヴェールって日常生活で被ってる人ってそうそう見ないけど、一応この世界ではファッションとして浸透はしてたはず――って、あ。
……そうだよヴェールってファッションだよ。色によってメッセージを示す、みたいな風習があったりなかったりする感じの。
ただし、問題は――今私が着けてるみたいな青系のヴェールが、女性限定のはずだってことだ。しかもいわゆる――『売約済み』としての意味を持つ。
「……タキ。分かっていてこの色を選んだな?」
「あっはは、気付いたか。しょうがないだろー? それが一番無難だったんだって」
「どういう意味で無難なんだ。むしろ目立ってるだろう」
「いやいや、一番顔も髪も隠せるのってそれだったんだよ。そのヴェールの意味もあって、生地が厚めだし長いし」
……言われてみれば確かにそうだ。他のだと大抵目元くらいしか隠れないんだけど、口元まで隠れるデザインだし、中からは問題なく景色が見えるけど、外からは殆ど顔の造作は見えないような生地だった。
だからって
「……このヴェールを選んだ理由は分かったが、では先程から視線を向けられているような気がするのは気のせいか」
「気のせいじゃないな、残念ながら。これは完全に誤算だったんだけどさ」
「何だ?」
「アンタ、口元まで隠れてる状態でも相当に美人に見える」
……何それ。
えーとつまり、この露出している部分だけでもついうっかり振り返ったり視線向けちゃうくらい『シーファ』が美人だってこと?
いや、うん。確かに有り得ないことじゃないけどさ、それどうなの? この間みたいに目立たないように、っていう目的が果たせてなくない?
とは思うものの、今のところ襲われてないってことは多少の軽減にはなってるのかな。これでも。視線がチクチク突き刺さる以外は。
というか、それより何より気にするべき――もとい警戒すべきことがこれから待ってるっていうのを、『記憶』が訴えてきてるのが問題だ。
それは、『シーファ』の繰り返した旅の中で、避けられない、必須イベントの一つだ。
確実なのはこのレームの町に滞在しているときに起こるってことと、絶対に『シーファ』はそれに気付くってこと。
そう、それは、直感とでも言うべき、理由のない確信。
大通りから外れた路地。そこに踏み入って、二つ目の角。
半歩先を行くタキの背を、思いっきり突き飛ばす。
と同時に足払いをかければ、不測の事態になんとか地面に顔を突っ込むことだけは避けたタキが、地面に片膝をつくことになる――つまり、姿勢が低くなる。
そしてさっきまでタキの首と胸、もとい心臓があった場所を、二つの刃物が通り過ぎた。首の位置を過ぎ去ったのは糸と見紛う銀色。そして心臓のあった位置には、投げるのに特化したナイフが。
「……は?」
いきなりの
……うん、気持ちはよく分かる。
全く気配も音も無く――そして明らかに命を奪うために為されたはずなのに殺気も無い。不意打ちっていうレベルじゃない。回避するための材料がないよねこれ。
まあ、それを回避できるのが『シーファ』なんだけど。
今度もまた音も無く飛んできたナイフ――ええとダガーナイフ? を半歩ずれることで避ける。次に足元を狙って来た銀色の糸、もといワイヤーみたいな片刃の刃物を顕現させた魔法陣で消滅させる。迂闊に断ち切るとなんか悲惨なことになりそうな予感がひしひしと。二次被害的な意味で。
最後に、回転しつつ迫ってきた――何だろうこれ。円盤状というかドーナツ型みたいなよく分からない刃物を、立ち上がったタキが剣で弾いて終了。
「――そこに居るんだろう」
路地の奥、ゆうに大人三人分くらいの高さの位置に声を掛ける。意識して見れば、『シーファ』の視界なら見ることは可能だ。
とっかかりなんてないはずの壁に、足場として一本の短剣を刺して、そこに片足だけを載せて立っていた人物は、軽い仕草でそこから飛び降りた。
……怪我しないって分かってても怖い。そんな軽々しく下りれる高さじゃないよねそれ。
落下の瞬間に足場にしていた短剣の柄を握って、壁を蹴って短剣を引き抜いたその人物は、そのまま音も無く
反射的に剣を突き付けようとしたタキを片手で制して、
「ねぇ、あんた何? 人間?」
問いかけるその声は、変声期を迎えていないのが容易に分かる高さだ。
シーファのものより灰色に近い銀髪と、ガラス玉を髣髴とさせる赤い瞳。
未だあどけなさの残る顔に、表情らしい表情は浮かばない。
知っている。『記憶』と『知識』が伝えてくるその名前を、今はまだ口に出すことはできない。
ただ、その赤い瞳が、『記憶』を刺激する。――赤、紅、あか。じわりと滲む、広がる鮮烈な赤。
頭が鈍く痛んだ。ひとまず記憶を探るのを止めて、私は言葉を返す。
「――それは、こっちの台詞だと思うが?」
こんな物騒な出会い方しかできない、後のパーティメンバーの一人。
一撃必殺という意味では最も戦闘能力の高い人物で、コミュニケーション能力は最底辺。
『暗器使い』である彼と、ここでこうして出会うのは必然で、運命だ。――皮肉なことに。
とりあえず、この場を落ち着けるのが最優先かな、と心中でひとりごちた。
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