第24話 少年




 とはいえ、何をどうやってもこの場を完全に落ち着けるのは無理だと『記憶』が告げている。まあ当然だ。自分を殺そうとした人間と和気藹々と会話できるような人間はそうそういない。

 ここでの反応はタキでもレアルードでも殆ど同じだから、とりあえず敵対させることさえ避ければいいだろう。


 そんなことを考えていた私の前で、灰銀の髪の少年がことりと首を傾げた。



「人間か、って――人間じゃないとしたら、何に見える?」



 ……うーん。知ってたけど、タキとはまた違った感じにマイペースだ。

 というかそもそもその場の雰囲気とかに頓着しないというか何というか。



「人間にしか見えないが、そうと思えないほどの身体能力だったから訊いただけだ。――君は何故私達を害そうとした?」



 訊かなくてもシーファは知ってるけど、今までの『シーファ』と彼のやりとりをなぞった方が良いだろうと思って訊ねてみる。


 少年はやっぱり『記憶』の通りの答えを返した。



「独り立ちの試験だったから」


「……試験?」



 怪訝そうに復唱したのはタキだ。油断なく剣を構えつつも、会話を止めさせるつもりはないらしい。助かる。

 あの奇襲を凌げば、一応彼は安全なのだ。少なくとも一度別れるまでは何事もなく普通に会話できる。

 ……そうであると『知っている』。



「――それはもしや、『暗殺者』としての、か?」



 少年は、少しだけ考えるように間を空けて、頷いた。



「そうだよ」


「……暗殺者!?」



 タキが鋭く叫ぶ。無意識にか、握られた剣の切っ先が少年に向いた。それと同時に、少年が手を閃かせて、銀色の糸――鋼糸がその剣を絡め取る。



「……タキ、落ち着け。それと、君」



 とりあえず、タキの肩をぽんと叩いて、落ち着くように促す。タキの反応は当然のものだけど、この場ではちょっと堪えてもらわないとならない。

 いやまあ、暗殺者とか言われたらうっかり切っ先向けちゃうのは分かるんだけど。

 でも多分現時点だとこの子ってタキより強いんだよね……。これまたうっかりられちゃったら困る。



 どこか迷うようなそぶりを見せつつも、タキは剣を握る手から力を抜いた。それを察した少年もまた、鋼糸を引く。


 ……あの武器、どうやって操ってるんだろう。なんかもう人智を超えた感じに自由自在に動くよね。生きてるんじゃないかってレベルで。そんなはずはないって分かってるんだけど。



「何?」


「その試験とやらは、まだ続行しているのか」



 今度も考えるような間をおいて、少年は首を横に振った。



「帯剣してて、そこそこ戦えそうな人間で、最初にここを通った奴を殺すのが試験だったけど、あんたが助けたから」



 何でもないことみたいに言ってるけど、内容は物騒極まりない。無差別殺人もいいところだ。

 ……いや、一応選んではいるのか。だからって物騒さが軽減されるわけじゃないけど。



「…………」



 じっとシーファを見ていた少年の姿が一瞬ぶれる。

 同時に飛来した――なんかクナイっぽく見えなくもない暗器を、顕現させた魔法陣で反転させた。


 目視するのも難しい速さで飛んできたそれが、同じ速さで投げた当人に返る。

 どうということもなさそうにそれをキャッチして、少年はほんの少しだけ不機嫌そうな顔をした。



「……なんで防げるの?」


「君こそ何故攻撃する」



 質問に質問で返すのってアレだけど、この場合は仕方ない。だって『記憶』にあるよりしつこいんだよね、何故か。


 いつもなら試験について言及した辺りで、試験の成否と今後の身の振り方を確認しにさっさといなくなるはずなんだけど、今回は何が意識に引っかかったのか、まだ去らない――どころかこの子またなんか投げてきたよ! 怖っ!


 小さい曲刀――半月刀?(曲芸用のナイフっぽい感じ)を、仕方なく新たに顕現させた魔法陣で地面に叩き落とす。

 ……もう魔法使うときに『呪』いらないんじゃないかな私。



 その後も投擲用の暗器を投げられては魔法で防ぎ、を繰り返した後(とりあえずこの暗器達どこにどうやって仕舞ってどうやって取り出してるのか気になる)、少年は何だか感心したように呟いた。



「あんた、変」



 ……言うに事欠いて、『変』。

 それは君にだけは言われたくなかった……。パーティメンバー随一の変人に『変』って言われるなんてショックだ。

 というかそもそも会話無視して暗器投げてくるような子の方が変だと思うんだ。普通。


 まあ、さっきの問いと同じ意味での『変』なんだろうけど。

 身体能力と使う武器の関係で一撃が軽いっていうのを差し引いても、この子ものすごく強いし。だって攻撃がほぼ見えないし音もしないし殺気とかも無いのに一撃必殺とか。予兆も予備動作も無いってどうなの。


 それでも『シーファ』はそれに気付けるし避けられるから、『おかしい』って言いたいんだろう。多分。




 ……あれ?



 ふと気になって、『記憶』を探る。

 一番最初。一度目の『旅』の時、こんなやりとりじゃなかった、よね?



 ――ああ、そうだ。


 一度目の時は、殆ど偶然にレアルードを庇う形になって。

 短剣が刺さったのは掌だったけど、それにえげつない感じの毒が塗ってあって大変だったんだ。『シーファ』、体質的に解毒もしにくかったし。


 で、殺し損ねたからってちょいちょい暗殺の標的になってるうちに、なんか何となく仲良くなって(?)、仲間になるとかそんなだったはず。



 だから、『シーファ』がこの子の攻撃に気付けるようになったのって、二回目以降の『旅』からなんだ。その余波で仲間になる経緯もちょっと変わって―。



 ……じゃあ、そもそもどうして『シーファ』は気付けないはずの攻撃に気付けるようになったんだったっけ?



 そう考えた瞬間、頭が痛んだ。見つめてくる赤い瞳と、『記憶』の赤が交差する。





 痛い。


 熱い。


 苦しい。




 戒めるかのような痛みに苛まれて、刻まれた陣が熱く疼いて、息が出来なくなって、何もかもが遠くなる。



 苦痛に喘いでいるのは『私』だろうか、『シーファ』だろうか。




 この感覚は、『今』のもの?

 それとも『過去』のもの?




 ――『誰』の、もの?







「――シーファ!?」



 はっと我に返る。

 いつの間にか地面に座り込んでいたシーファを、タキが片膝をついて覗き込んでいた。



 痛みも、熱さも、苦しさも、その残滓さえ、無かった。

 まるで、白昼夢でも見ていたかのように、何も。



 『記憶』に引きずられたんだろうとは思うけれど、その『記憶』がどんなものだったのかが、既に曖昧になってしまっている。――不自然なほど。

 ただ、感覚だけが鮮明だった。『記憶』と『現実』が判別できなくなるくらいに。



「おい、シーファ。意識あるか?」



 再びかけられた声に、ゆっくり深呼吸をして意識を切り替える。

 恐らく、今考えたところでさっきの現象については何も分からないだろう。そういう確信があった。



「――意識はある。大丈夫だ」


「いやいきなり倒れるみたいに座り込んどいてそれは無いだろ」


「少し立ちくらみがしただけだ」



 言って、立ち上がる。身体に不調は感じられない。――感じたと思った頭痛もどこかへ消えてしまったらしい。



「……あんた、弱ってたの?」



 空気を読んでるんだか読んでないんだかな感じで訊ねてきた少年に言葉を返そうとしたけれど、それより先に少年はひとつ頷いた。



「――そう」



 そして、一瞬でその場から消えた。

 『魔法』よりよっぽど魔法じみた去り方に、何となく疲れた気分で溜息を吐く。


 何が「そう」なのか――何をどう納得したんだかさっぱりだ。少なくとも『記憶』にはこんな流れは無かった。

 ……なんかこんなのばっかりな気がする。


 少年の奇襲の時に反射的に放り出してしまった届け物を拾い上げる。

 薬草だし軽いから大丈夫だと思うけど、どうだろう。とりあえずタキが持ってた(そしてやっぱり投げ出された)本がちょっと心配だ。



「シーファ、」


「予定外のことは起こったが、依頼を遂行するとしよう。そちらの荷は大丈夫か?」



 何か言いたげだった(多分一旦戻ろうとか言おうとしたんじゃないかと思う)タキを遮って言えば、タキはあからさまに深く深く息を吐いた。


 でも結局、文句も何も言わず――少年のこととかその他諸々は今は置いておくことにしたらしい――届ける予定の荷を手に取った。



「あー、うん。大丈夫だろ多分」



 大して確認もせずにそんなことを言って、更に私の持っていた荷も取り上げる。



「タキ、何を――」


「とっとと行って、とっとと済ませよーぜ」



 それから絶対休ませてやるから覚悟しとけよ、って聞こえた気がしたのは、多分気のせいじゃないだろう。


 いや別に無理してないんだけど――って言っても信じてもらえないのは分かりきってたので、せめてもの抵抗に自分の担当の荷物を奪い返した。


 タキはちょっとだけ不満そうだったけど、更に奪い返したりはしなかったので、そのまま路地に入る前と同じように連れ立って、届け先へと向かったのだった。


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