第22話 依頼




 結局全ての買い物が終わったのは、陽も沈もうとする頃だった。これが一般的な旅人の買い物にかかる時間なのかはちょっと分からないけど、とりあえず疲れた。精神的に。


 レアルードに協力を仰いでピアの防具選びは終わらせたものの、武器屋と道具屋でも似たり寄ったりなやりとりをして結構時間をロスしたし、道具屋以外はそもそも自分で見るものが無いから付き合ってるだけなわけで、正直レアルードの懸念をスルーして一人で先に進みたい気持ちに何度なったことか。……いや、防具屋での二の舞になるから口にはしなかったけど。


 まあ地味に色々ありつつ、やっと『教会』に向かえたわけだけど――。




「あら、やだタキ。こんな私好みの美形どこに隠してたのよ」


「隠してねえって。言ったろ? 連れが居るってさ」


「言ったけど私好みの美形だとは聞いてないわよ。……あらでもあなた、男? 女?」



 ……なんで私、デキる女風の美人なお姉さんに絡まれてるんでしょうか。



 『教会』に着いた私(とレアルードとピア)が見たのは、女の人三人と歓談してるタキだった。

 女の人のうち二人は旅人(っていうか冒険者?)風の格好をしていて、残り一人はタキ含めた三人と並ぶとちょっと雰囲気が違う感じの――少なくとも荒事には向かなそうな――人だった。


 私達に気付いたタキが手を挙げて声を掛けてきて、それと同時にこっちに向かってきた件の毛色の違う女の人がシーファの目前まで来たかと思うと――何故か私の肩をがしっと掴んだ。目がなんか肉食獣みたいだった。ターゲットロックオン、的な。


 あんまりにも唐突な行動に反応できなかった私を尻目にその女の人とタキが交わしたのが先述の会話なわけで。


 とりあえず放心してるわけにもいかないので、向けられた疑問に答えておくことにする。



「……女に見えるか?」


「――見えないわね。顔だけなら……いえ、胸さえあれば見えるのに残念だわ」



 え、残念なのってそこなの?


 ……あ、『思い出し』た。この人、ここの『教会』常駐の『使徒』だ。シウメイリアもそうだけど、彼女と違って魔法使いじゃない、いわゆる受付みたいなことをしてる人だったはず。


 そしてなんというか微妙な気分になるしかないんだけど、このやりとりも『旅』毎に繰り返してた気がする。そうだよこの人可愛い女の子とか美人な女の人とか大好きな人だったよ。あと微妙に男嫌いだった気が。

 タキとシーファは例外扱いになってたけど、『シウメリク』は微妙なラインだった。多分同じ『使徒』だったからなんだろうけど。レアルードはとある理由でちょっと対応柔らかかったけど、基本スルーされてたはず。



「ああでも男でもこんな好みの美形ならいいかも。ねえあなた、ちょっとこれからイイコトしない?」


「こら、人の仲間を会って早々に口説くな。っつーかネル、オマエ男ダメなんじゃなかったのかよ」


「――そうよね。つい本能に任せて口走っちゃったんだけど、いくら理想が服着て歩いてるような見た目でも男だし無理なはずよね。でもなんかイけそうな気がするのよ。どうしてかしら」


「いや訊かれても。そりゃシーファは稀に見る美形だけどな」



 当事者(と言ってもいいはず)のシーファを置いて続けられる会話にも既視感を覚える。

 ……とりあえず女の子好き+男嫌いの本能すごい。『シーファ』、どっちでもないからな……。



「――イイコトはしない。それと、離れてもらえないだろうか」



 ある意味鋭い発言をしている間も肩を掴まれて肉薄されたままだった。さすがにこの状態は居心地悪い。

 ――それに、なんか背後から不穏な空気が。誰が発してるのかは自明の理なんだけど、何故。



「あら、ごめんなさい。あんまりにも目の保養だったものだからつい」



 そんなことを言いつつも結構あっさりと彼女――ネルは離れてくれた。っていうか、ぶっちゃけ胸当たってましたよお姉さん。肩掴むだけじゃなくて身体も寄せてきてたから。うっかりキスしそうな距離になってたから。

 軽々しくそういうことしない(対男限定だけど)って知ってるけど、一応対外的にはシーファは男なので気をつけた方が良いと思います。


 物理的には離れたものの相変わらず獲物を狙う肉食獣みたいな視線を向けられながら、タキに向き直る。

 ……わあ両手に花状態。冒険者っぽい見た目の女の人(両方美人)が両脇に控えてるような状態でにこやかに笑いかけられてもタラシにしか見えないよタキ。

 ……まあ、口説いてたとかじゃないっていうのは分かってるんだけど。多分情報収集のためとかだろう。


 タキは女性受けがいいけど、軽々しく口説いたりはしない。軽口みたいなのはともかく。……それがタラシっぽい印象を与えるんだけど、会話を円滑にする処世術みたいなものだし仕方ないだろう。


 爽やかな――ともすれば胡散臭い感じの笑顔でタキが何か言うと、二人の美人さんは軽くタキの肩を叩いてから去っていった。

 なんかちょっと親しげな感じだったけど、もともと知り合いとかだったのかもしれない。シウメイリアみたいに。


 ともかくも余計な人員がいなくなったのでタキと合流することにする。いやまだネルは居るんだけど、問題はない。だって――。



「さあて、役者も揃ったようだし、お仕事といこうかしら。タキ、それからお仲間さん達、こちらへどうぞ」



 言って、少し奥にあるテーブルに誘うネル。

 なんかちょっと困惑した空気がレアルードとピアの方から漂ってきたけど、シーファは元々この流れを知っていたので戸惑うことはない。

 さっさと席に着こうとしてるタキに続くようにしてテーブルに近付いた。遅れてレアルード、そしてピアの順で同じようにテーブルに向かう気配。


 それぞれのネルへの認識はバラバラだろうけど、とりあえず問題なく話ができる状態になったところで、タキが口を開いた。



「紹介してなかったけど、コイツはネル。『教会』の――まあ、案内人みたいなもんか。シウメイリアの方から話通してもらって、ちょっと手ェ貸してもらうことになった」


「ご挨拶が遅れてごめんなさい。改めて名乗らせてもらうけれど、ネルよ。一応『教会』の『使徒』をやってるわ。少しの間でしょうけど、よろしくね」



 にっこり笑ってそう言うネルに釣られるような形で、私含む残り三人も名乗る。

 レアルードが名乗った時になんだかネルが少しだけ驚いてたっぽいけど、多分私シーファ以外は気付かなかっただろう。私も『記憶』で知ってなかったら見過ごしたくらいの微妙な変化だったし。



「それじゃあ早速本題といきましょうか。まずは――」



 くるりとネルが指先を回す。と、そこにスクリーンのようなものが現れた。レアルードとピアが息を呑む気配がする。



「ネルは『投影』の異能持ちなんだよ。『具現』っつった方が分かり易いか?」


「これはタキの選んだ依頼の内容を映し出しているだけだから、特に危険なものじゃないわ。――だからそこの金髪のあなた、剣に手をかけるのは止めてもらえないかしら」



 ネルの言葉にちらりとレアルードを見たら、本当に剣の柄に手をかけてた。シーファの視線に気づいて離したけど。……いやいや、物騒だよレアルード。どんだけ周り警戒してるの。



「タキが選んだ依頼は四つね。二人一組の初級が二つ、団体用の中級、上級が一つずつ。ちょうどいい初級の依頼が今ちょうど無いのよ。悪いけれど我慢してちょうだい」



 初級、中級、上級というのは『教会』で受けられる一般の依頼の、一番メジャーな分け方だ。

 もうちょっと詳しいランク分けもあるみたいなんだけど、一般向けに開放されてるのだったら大体この三段階で分ければ問題ない。


 初級は小金稼ぎ程度の、言ってみれば子供のお使いみたいな感じ。

 もし依頼遂行が成らなくてもそんなに問題にならないやつとか、町の中をパシリよろしく走り回ったりするようなのとか、どこそこのペットが逃げたので捕まえてくださいとか、そういう感じのがここに入る。


 中級は初級である程度の実績を積めば受けられるようになる。

 金払いの良いやつとか、信頼が大切な内容とかが主で、たまに魔法開発の実験台とかもあったりする。

 命の危険はないけど、多少の怪我をしたり、依頼を失敗すれば評判に傷がつくこともある。得るものも大きくなるけど、その分責任も増すという――まあそんなの当たり前なんだけど。


 そして上級は、中級で実績を積んで、ついでに戦闘的な意味での実力も問題ないと認められたら好きに受けられるようになる。実力が微妙な場合は、受けられる依頼の内容に制限が掛かるらしい。

 というのも、上級は大体戦闘が付き物だからだ。町の外での採取から凶暴な獣その他諸々の討伐まで幅広いから、ある程度の戦闘能力がないとやっていけない。


 だから、『教会』の管轄区域が町の中だけのリリスの町では、確か上級の依頼が受けられなかったはずだ。『今回』は行ってないから確証はないけど、『シーファ』が何度となく繰り返した『旅』の中ではいつもそうだったんだから、多分今回もそうなんだろう。


 今居るレームの町は『教会』の管轄区域が広いから上級の依頼も結構ある。

 各級、ピンからキリまであるはずだけど、一体どんな内容にしたんだろう。っていうか本来こんな依頼の受け方って無理だよね。実績積む前に全種類先取りとか。

 タキ、『証』持ちだからって無茶やりすぎじゃないだろうか。『教会』が許したんだからいいんだろうけど……。



「……二人、一組?」



 つらつらと依頼の分類について『知識』を探ってたら、なんかレアルードが不穏な気配を醸し出してた。……え、また?



「そんな怖い顔すんなって。仕方ないだろ? 団体用の依頼がしばらくないってんだから」


「…………」



 軽い調子で補足したタキを無言で見つめるレアルード――というかこれは明らかに睨んでるよね。一応仲間なんですがなんでそんな鋭い目をするのかな。

 最近はちょっと打ち解けてきたんじゃない? って感じだったのに逆戻りですかっていうレベル。正直威圧感がヤバいです。



「内容からしてそんなに長くはかからないはずよ。せいぜい半日から一日ってところかしら。申し訳ないけれど、こちらの方で組み合わせは決めさせてもらったわ。早く中級認定をってことだったから、補助――もとい監視として片方には私が付くことになってるの。もう一方はタキを経由して『心眼』で監視してもらうことになったから。ちなみにこれは決定事項だから、そんなに殺気立ったって覆らないわよ」



 ……わあ、ネルすごい。説明の間にだんだん威圧が高まってそれどころか殺気によく似たものがレアルードから発され始めたんだけど全く動じてない。それどころか余裕の微笑みすら浮かべてる。

 さすが『使徒』。いや『使徒』がどうこうっていうよりネルだからか……。


 とりあえず一つ溜息を吐いて、レアルードに視線を向けた。



「レアルード」



 ぴくり、と反応して不穏な気配を消したレアルードは、でもまだなんか不満そうだ。……駄々っ子じゃないんだから。



「提示された内容は、私達にも利があることだ。感謝をすればこそ、文句を言う筋合いはないだろう」


「……だが、」


「別れるのは初級の依頼をこなす間だけだろう。心配しなくとも、怪我をするようなことはないだろうし――」



 そこまで言って、ちらりと見た依頼の内容を思い返す。

 ……うん、まあ怪我はしないだろう。初級の依頼なんだし。多分。



「――それより、そちらの方が心配だ。こちらには経験者のタキが居るが、レアルード達の方は違うだろう。ネルが付くと言っても、依頼内容には関わらないのだろうし」


「まあ、そうね。どうしてもって言うなら助言くらいはしてもいいけれど」



 ……頼めば助言はしてくれるんだ。まさかのサービス。あとで頼んでおこうかな。



「こんな破格の待遇をしてくれるんだ。有難いことだろう。だから――」


「――……分かった」



 これ以上どう言い募ろうかと悩み始めたところで、レアルードがぽつりと呟くように言った。

 ……よ、よかった、折れてくれた。過保護癖再びとかになったらどうしようかと。



「だが、……無理は、しないでくれ」



 ……えーと、そんな沈痛な面持ちで言われても。たかが初級だし。命の危険のあるダンジョンに行きますとかじゃないんだから。


 とか茶化せる雰囲気でもないしそもそも『シーファ』はそういう性格じゃないので、苦笑しつつ頷くに留める。



「……さて、それじゃ続きいいか? とっとと説明終わって依頼に向かった方が良いだろ?」



 タイミングを窺ってたらしいタキの言葉に頷いて、タキとネルによる詳しい内容説明に耳を傾けることにした。

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