旅路をなぞる

第30話 それは既知の『予想外』




 肌に感じる空気が澱んでいる。

 森の中であるということを差し引いても不気味に暗い空間と、そこに立ち込める異様な空気。

 元は森に住む生き物だっただろうモノ――もはや正常な生物には到底見えなくなった奇形が牙を剥いて襲いかかってくるのを、最小の動きで避けた。



「シーファっ……無事か!?」


「こちらは問題ない。私のことは気にせず戦いに専念してくれ」



 一瞬だけ振り返ってシーファの安否を確認したレアルードに、内心で苦笑する。

 こんな戦いの場ですら、レアルードのシーファへの過保護は発揮されるらしい。あまり良いことではないのだけど、今更か。


 手早く魔法陣を描きながら、口先で短く呪を唱える。正確にの足元に現れた同形の魔法陣が効果を発揮して、僅かにその動きが鈍った。

 続けざまに顕現させた魔法陣は、対象の怪我を治癒し、体力回復を促すもの。過たず発動したそれによって、前線で戦うレアルードとタキがエフェクトに包まれた。……このエフェクトが物理的に視界を遮るようなものだったら顰蹙ものだな、とぼんやり思う。そんなことはないのだと知っているから、迷わず使えるけれど。


 律儀に礼を言う二人にまた苦笑しつつ、今度はピアに向けて『魔法』を使う。弓の命中率を上げる魔法と、ついでに小規模の炎系ダメージ付与の魔法もかけた。

 後方支援であり、且つ率直に言って最も実力の低いピアにはこれくらいでちょうどいいだろう。森の中だし、雑魚系は植物が元になっているものが多い。炎系の魔法は有用のはずだ。



「ったく、なんでンなことになったんだよ……!」



 苦虫を噛み潰したようなタキの悪態も尤もだ。ただの『森の異常の調査』が、『魔』に冒された生物との戦闘に繋がるだなんて誰が思うだろう。



 だけどこれは、不可避の出来事。旅の目的が『魔王』を倒すためのものだと知っていても、どこか遠く思えていたその存在が、間違いなくこの世界を蝕んでいるのだと痛感する――そういう『イベント』。



 新たに現れた奇形の植物――食人植物を彷彿とさせるそれを、顕現させた魔法陣で生み出した風の刃で切り裂く。


 『シーファ』の実力であれば、ここにいる敵全てをひとつの魔法だけで殲滅することなど簡単だ。だけどそれをしてはならないのだと本能に似た強さで知っているから、『大規模魔法だと森そのものを損なってしまう可能性がある』なんて尤もらしいことを言って、補助に回っている。もちろん、最低限自分の身は自分で守りつつ。

 その力があるからといって『シーファ』が全てを担ってしまえば、レアルードと共に魔王の元へ辿り着くことはできない。少なくとも、レアルードには魔王のもとに辿り着けるだけの力をつけてもらわなければならないから、シーファことは許されない。



 だけど、と思う。

 こうして仲間が苦戦して、少なからず怪我を負う様を見るのは『私』でさえもどかしくて辛いから、きっと『シーファ』はもっと辛かったんだろう。『繰り返した』分、彼らに対しての思い入れは深いから。



 ピアが植物の蔓に足元を掬われそうになったのを、蔓自体を凍らせることで回避する。彼女はそれが攻撃を加えようとしていたことも、シーファが魔法を放ったことも気づいていないようで、多分注意力が散漫になってきているんだろうと思った。こんなに長引く戦闘は今まで無かったから、きっとそろそろ限界なんだろう。


 でもシーファは知っている。

 これは前哨戦でしかなくて、この戦闘の後にはこの森を侵蝕した『魔』の源である『魔族』との戦いが待っていることを。



 知っている、知っている、知っていた。

 『教会』からタキが依頼され、そしてこのメンバーで行うことになる『念のため』の調査依頼が、誰も予想し得なかった『魔族』との初接触になることを。

 知っていて、言わない――言えない『シーファ』に出来るのは、ただほんの少し警戒を促すことと、ただの『調査』には過剰な準備を整えておくことだけ。


 のイレギュラーによる時期のズレは、『魔』の侵蝕を深めて、『魔族』の力を割増にさせているだろうと予想できているから、せめて彼らが必要以上に傷つくことのないように。


 植物。動物。そして魔王に生み出された存在である『魔族』。

 それらを打ち倒すことも、これから先同じような存在を打ち倒していくことも、既に定められたことだ。

 それは必要不可欠なことで、回避は不可能なのだと

 実際にそれを許容できるのか――為せるのかは、今の『私』には分からないけれど。

 それを為すのは『私』じゃなくて『シーファ』なのだと、頭の奥で囁く声は『逃げ道』。

 だからシーファは躊躇なくに攻撃を向けられる。殲滅する魔法は使わなくても、命を奪っていることに変わりはないのに。


 殆ど無意識に近い状態――『シーファ』の経験と反射に任せて『魔法』を揮いながら、こうして戦闘に至るまでの出来事を思い返した。

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