第31話 森での休憩
「うーん、やっぱこれどっからどう見ても異常だよなぁ」
「そもそも異常が見受けられるから調査の依頼がきたんだろう」
「いや、まあそうなんだけどな。にしたってこれはちょっと」
今更なことを言っているタキにつっこみつつ、内心で同意する。
私とタキの目の前には、巨大化した食虫植物らしきもの。ついでにそれに捕らえられて消化中な、これまた巨大化した虫。
生理的嫌悪感がやばいのでさりげなく視線をずらしつつ、さくさくサンプル採取しているタキを見る。
ちなみにピアは直視できないそうなのでレアルードの後ろに避難中だ。そしてレアルードはなんか心配そうに
……いや確かに気持ち悪いけどそんなちらちら見なくても倒れないから。ていうかこれ見るの初めてじゃないから。心の準備さえしておけば少なくとも吐き気を催すまではない。
……あれそういえばシーファって吐いたりとかできるんだろうか身体構造的に。切られれば血が出るし血を吐いたこともあるし、基本構造は人間と変わらない……というか変わらないように見せかけてるのかな? よく分からないけど。
保留状態にしていたシウメイリアからの依頼――正確には『教会』からの依頼を遂行するために訪れた、レームの町のすぐ側にある森に足を踏み入れて、どれだけ経ったか。
次々に目に入る明らかに異常な森の状態に、溜息すら出なくなってきた。
森がこういう状態にあることは知ってたんだけど、森に入る時期がずれたから、記憶にあるより大分『魔』の侵蝕が進んでいる。これは少し手こずるかもしれない、と記憶と比較してぼんやり思う。
中級と上級の依頼をこなす際に確認した皆の実力からすれば、負けることはないだろう――そんなことは起こらないし起こさせないのは確定事項なんだけど。
「……っし、完了~。次行こうぜ、次」
「分かった。――レアルード、ピアは大丈夫か?」
さっきまでの様子だと、ちょっと休憩を挟んだほうがいいかもしれない。わりとグロテスクな映像だったし、貧血とか起こしててもおかしくない顔色だった気がするし。
背後のピアに二、三言声をかけたレアルードは、「とりあえず移動をしたいらしい」と淡々と答えた。
……ああ、まあ、確かにすぐ傍に気分が悪くなった原因があったら休むに休めないよね。休んだ気がしないよね。
「タキ、次に行く前に少し休憩をとらないか。森に入ってからまだ一度も休憩をしていないのだし」
「んー? ……まあアンタがそう言うんなら別にいいけど?」
……なんだか微妙な言い方だけど、とりあえず反対はされなかったのでよしとする。
『記憶』によると、この近くに小さな泉があったはずだ。少し拓けた場所でもあるし、休むにはちょうどいいだろう。そう考えて、それとなく移動方向を誘導することにした。
「……シーファ」
「? どうした、レアルード」
無事に誘導は成功して、小さな泉のほとりで長めの休憩をとることになった。
タキは「ちょっと散策してくるな」とか言って居なくなって、ピアは木の幹にもたれかかって休み中だ。痛くないようにだろう、レアルードが上着を貸して背もたれにしてあげている。
レアルード、こういう気遣いは出来るのになんで恋愛方面鈍いんだろう……。
それはともかく、なんだか神妙な顔をしたレアルードが何を言いたいのか分からない。言うか言わまいか迷ってるみたいな微妙な間。
「その、――体調、は」
「見ての通り問題無いが」
「……そう、か」
いやレアルード、どれだけシーファの体調気にしてるの。どんだけシーファを虚弱体質扱いしてるの。
と脳内でつっこみつつ、でもこれが本当に言いたかったことじゃなさそうだ、とも思う。
どうも『今回』のレアルードは、ちょくちょく『シーファ』に対して言いたいことを飲み込む素振りをする節がある。
しかも妙に気にかけてくるし。原因がわかるようなわからないような微妙なところなんだけど、特別害はないからそのままにしている。どうにかしたほうがいいのは分かってるんだけど、正直何をどうすればいいのやら。
中級と上級の依頼も、一応問題なく遂行できたけど、パーティ間の人間関係というか意思疎通には問題有りで終わったしね……。
戦闘とかならいいんだよ、でもそれ以外の他愛ない会話をすべきところとかが。人間関係が悪化の一途を辿ってる気がしてならない。まだそんなに表面化はしてないけど。
「……ピアを、」
「……?」
「連れてきたのは間違いだっただろうか?」
……わあなんか今更なこと言い出したよレアルード。ていうかこのやり取りも記憶にあるなー。流石に毎回じゃなかったけど。
「それは私には判断のつかないことだ。旅はまだ始まったばかりで、どちらとも言えない」
そりゃ比較的実力無いし旅慣れてもないし、記憶を鑑みるに旅に絶対必要なわけでもないけど、女の子でこの旅についてこようとした気概はすごいと思うし。自分に害さえ及ばなければレアルードとの恋路を応援したいような気がしないでもない。
でもなんか基本的に仲が悪くなっちゃうんだよね……『シーファ』の立ち位置的に仕方ないところもあるんだろうけど。
私としては今のところ唯一のパーティ内の女の子だし、仲良くできるに越したことはないんだけど、まあ無理だよねとは思ってる。
とりあえずもう一押しして考えを引っ込めてもらうかな、と思ったら、その前に可愛らしい声が響いた。
「っレアルード!」
「ピア?」
いつの間に体を起こしたのか、立ち上がろうとしているピアに気づいたレアルードがそちらに足を向ける。
ここで自分もついて行くほど空気が読めなくはないので、レアルードに食ってかかっている(という表現が正しいのかは分からないけど、とりあえずなかなかの剣幕の)ピアから視線を外して、さてどうしようかと考える。
まあここにいても何ができるわけでもないし、というかピアのレアルード大好きっぷりを知ることになるだけなので、さっさと離脱しよう。
そのままここに残った時に聞いたことがあるけど、あのあと怒涛のように語られるピアの言葉は「あれしきのことで気分が悪くなるようではダメなのは自分でもわかっている。ごめんなさい」「だけど自分は覚悟の上で旅についてきた」「どうしても足でまといだというなら置いていっても構わない。それでもついて行くだけだから」とかそんな感じの諸々のはずだ。
「なんだかよく分からないがレアルードの役に立ちたいんだな」みたいにシーファは思ってたけど、聞き様によっては愛の告白もかくや、みたいな感じだったと記憶が告げている。
馬に蹴られたくないので素早く退散。
どこに行くか迷ったけどあんまり離れるのもアレなので、姿が見えない声も聞こえない程度の場所をうろうろすることにした。
こうやってうろうろするときは大抵タキと遭遇して適当に話すことが多かったけど、どうやら今はちょっと現在地が遠い。多分あの辺に居るんだろうなって分かる程度だから確証はないけど、どっちかから意識して近づかない限りは会わないだろう。
特に用事があるわけでもないので結局一人で散策することにする。
適当に歩いていると、目に入る景色に重なるように、閃く映像がある。
それはつまり過去の記憶なんだけど、レームの町に着いた当初を考えると、徐々に頻度を増している気がしないでもない。
でも最近は常時こんな感じなのでいい加減慣れてきた。一気に記憶が流れ込んでくるよりはマシだろう。自分の負担的に。
「――ところで」
溜息を吐いて立ち止まって、虚空に向かって呼びかける。
「いつまでついてくるつもりだ?」
少しの静寂。それから、音もなく目の前に現れる小柄な影。
ガラス玉を髣髴とさせる赤色の瞳が、
「なんで気付いたの?」
いつかとよく似たニュアンスの疑問を口にして、彼はわずかに首を傾げた。灰に近い銀髪が揺れる。
「――君が望む答えかは分からないが、質問には答えよう。その代わり、こちらの質問にも答えてもらいたいのだが」
「わかった」と躊躇なく答えた目の前の人物に、若干の記憶との相違を感じつつ、とりあえず最初の質問を投げかけた。
「私はシーファという。――君の名は?」
「……ユエ。師匠には、そう呼ばれてた」
やっと今回でも知ることのできた名前は、当然だけど『前』と変わらない。それでも本人の口から聞けたことで、やっと安心できた。
……安心?
自分の思考に違和感を覚える。どうして安心なんてするんだろう。
(――ああ、今回も、ユエは存在している)
閃いた思考は、自然に浮かんだものだけれど『私』のものじゃない。
どういうことだろう、と思うものの、今はそれを追求する時間的余裕はなかった。頭を切り替えて、ユエと向き合うことにする。
聞くことは決まっている。答えもきっと変わりない。訊ねられることだって、そう変わりないだろう。
それでも『旅』を繰り返す限り、同じやりとりを行わなければならない。近しい人とも、そうでない人とも、――『敵』とも。
「では、――私は何から答えればいい?」
このやりとりで答えられること、答えられないこと。それはもう『知っている』から、戸惑うことも言い淀むこともない。ただ淡々と、向けられる問いに答えるだけだ。
それにきっと誠意などないと、嫌と言うほど知っている。……これは『シーファ』は辛かっただろうな、と『今まで』を思い返しながら、思った。
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