第29話 憂い、願い、請う
その日、早々に眠りについた私を待っていたのは、覚えのある――『シーファ』と言葉を交わした空間だった。
ぼんやりと辺りを見回す。何も見えないのだと分かっているのに。
――でも、今回はこれまでと違った。
自分の身体も何も見えない真っ暗な空間なのは変わりないけれど、その中に異彩を放つものが在った。
「……シーファ?」
私のすぐ傍に、滲み出るように現れた銀色の影――それ自体が淡く光っているから影と呼ぶのはおかしいのかもしれないけど、そう呼ぶのが一番しっくりくる――それが、『シーファ』なのだと直感した。名を呼べば、応えるように少しだけ光が強まる。
【……すまない】
躊躇うような間をおいて、謝罪が聞こえてくる。だけど、その理由が分からなかった。
「どうして、謝るの?」
【君のその不調が、私のせいだからだ】
「不調? シーファのせいって……」
そう言われても、心当たりがない。少しぼんやりしている気がする程度なのだけど、これがシーファの言う『不調』なんだろうか。
【予想は、していた。これほどに早いとは考えていなかったが――】
【……全ては、言い訳にしかならない。私に出来るのは、少しの間留めることだけだ】
「留めるって、何を?」
【けれど、それも君の心ひとつで無意味になる】
私の疑問には答えずに、シーファは続ける。その『声』はとても苦しげで、何より悲哀に満ちていた。いつかのように。
【あまり、私の『記憶』を覗き込まないようにしてくれ。自然と想起される場合は仕方ないが、意識してそれを為すのは止めて欲しい】
「――『記憶』を思い出すのが、駄目なの?」
【自らそうするのは、極力避けてほしい】
「理由は、教えてもらえない?」
シーファの『記憶』は、私のアドバンテージだ。そして『シーファ』のアドバンテージでもあったはず。旅を続けるのなら、『記憶』に頼った方が効率がいい。
だけど、それをしない方が良いというのなら、それ相応の理由があるんだろう。
【……私は、君を巻き込んだ。それは、必ず君を元に戻すことを前提に、決めたことだ】
【だから、君がどのような選択をしても――旅の終わりには、君を返す。元の世界に。元の身体に】
揺るぎない意志が感じられる『声』。
だけどそれは、悲愴な決意にも思えた。どうしてそう思ったのかは、分からないけど。
【それでも、君には君のままでいてほしい。避けられない変化はいつか君を蝕むだろうが、それでも】
少しでもそれを先に延ばしたい、と。
それがただの感傷に過ぎないのも分かっている、と。
そう言ったシーファは、きっと泣きそうな顔をしているんだろうと思った。姿は、見えないけど。
「……やっぱり、よく分からないけど」
そっと手を伸ばしてみる。
銀色の影に触れたけれど、実体があるのかないのかも、よく分からなかった。
驚いたように揺らいだ影に、少しだけ笑う。
「君がそう言うなら、そうする。難しいけど、気をつけるよ」
シーファの言い方からすれば、自然と『思い出す』ことだって本当はあまり良くないんだろう。そこから『記憶』を辿ってしまうから。
何となくだけど、シーファが言っていることと、ユールに言われたことは似ているのかもしれないと思った。今は鮮明に思い出せるその内容は、多分、『シーファ』に戻った時点でまた『記憶』から零れてしまうだろうけど。
【……ありがとう。――すまない】
感謝と謝罪を重ねた『シーファ』の影が――銀色が明滅した。
それから少しずつ、薄れていく。空間に滲んでいくように。
また、とはシーファは言わない。多分だけど、こうやって話すのはシーファにとって好ましくないんだと思う。出来るなら話さずに済ませたいくらいに。
でもそういうわけにもいかないから、あえて長く話さない部分もあるんだろう。
すぅっと溶けるように消えていく『シーファ』を見届けて、考える。
シーファは悲願を果たすために、終わらせるために私を『巻きこんだ』。
私に与えられた指針は『旅』を――『魔王を倒す』という目的の下、旅を続けることだけ。その道中で何をしろとも、何をするなとも言われてない。
ただ、最後まで旅を続けなければいけないことだけ、分かっている。
『巻き込んだ』のに、全ての情報を明らかにしないシーファは、他の人に言わせれば身勝手なのかもしれない。私だって、そう思わないわけじゃないし。
でも、シーファがどれだけの覚悟を以て私を『巻き込んだ』のかを、朧にでも知ってしまったから、責めるなんて出来ない。
どんなに『シーファ』が心を砕いても、私が自分に許された知識で回避に動こうとしても、避けられない悲劇も苦痛もきっとこの先たくさんあるんだろう。
それに直面した時、自分がどうなるかは分からない。あの盗賊に襲われた村でのように、遠い出来事のように感じるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらであっても、私は旅を止めることはないだろうということだけは確かだ。
だからこそ『繰り返し』続けた、『シーファ』の悲劇を終わらせることが出来るのなら。
歩みは止めない。『シーファ』の悲願を果たすため――そして、私が『私』に戻るために。
それがきっと『シーファ』が選べた『最善』なのだと、覚醒に向かう意識の中、思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます