第4話 第一次接近遭遇



 シーファの使う『魔法』は、『世界干渉力』によって発動する。


 『世界干渉力』が一体何なのかは私にはさっぱりわからないのだけど、とりあえずその名の通りの代物であるらしい。

 『世界』に対して『干渉』する力。例えば火種も道具も何もない状況で、灯りのための火をおこそうとしても無理だけど、その『無理』を『世界』を変化させることによって実現させる力、だと思う。

 灯りの例で言えば、そこに炎があるのだと『世界』に認識させることによって炎を生み出す、みたいな。


 まあ、まだわからない部分が多い。『シーファ』の記憶だけでは心許ないので、実地でその辺は理解しようと思ったのだけど。



「えーと、とりあえず……『呪』と『魔法陣』があると、制御しやすいのかな」



 確認するようにひとりごちて、極めて初歩的な『呪』と『魔法陣』を記憶から探る。

 炎とか水とか氷とか風とか、RPGで見るような属性持ちの攻撃は一通りあるようだ。もちろん回復系統とか防御系統のものもある。


 少し悩んでから、まずは攻撃魔法を試してみることにする。これから『魔王』を倒しに行くのだし、どういうものか知っておかないとまずいだろう。


 宿の裏手の空き地っぽいところにとりあえず来てみたのだけど、うっかり人に見られても困るので、『シーファ』の記憶にあった『結界』を張ってみようと決めた。近くに生えていた木の幹に荷物の中にあった札らしきものを貼って、そこに『世界干渉力』を浸透させる。

 途端、遠く聞こえていた喧騒や人の話し声がぷつりと途切れた。どうやら『結界』を張るのに成功したようだ。

 よし、と気合を入れなおして、私は『シーファ』の記憶にある『魔法』を簡単なものから実践し始めた。





 眼前に広がる巨大な氷の壁――否、氷の盾を消滅させて、私は溜息を吐いた。



「一体いくつあるんだろう、魔法……」



 周囲に被害を及ぼさないように、宙に向かって攻撃を放ってみたり、防御系の魔法を展開してそれに攻撃魔法を当ててみたり、身体補助系の魔法を自分にかけてからその効果を確かめてみたり……各系統ごとでも両手じゃ足りないくらいの魔法を試したはずなのに、『シーファ』の記憶からは次から次へと『魔法』が出てくる。

 流石に広範囲系の魔法は怖いので試していないのだけど、『シーファ』はなんでこんなに多くの魔法を知ってるんだろう。

 『魔法』ってそこまで一般的なものじゃないみたいだし、『魔法全集』的な本があるわけでもない。

 ……自分で作ったとかだろうか。そういうことが出来るのかは知らないけど。


 『シーファ』にとってこれらの魔法を知っていることは『当然』であるらしいので、まあ、理由を知らなくてもそこまで困ったことにはならないだろう。その内分かるときが来るかもしれないし。


 あんまり長々とここで『魔法』について確認しているわけにもいかない。正確な時間はわからないけど、そろそろレアルード達が帰ってきてもおかしくない時間だろう。一応書き置きはしてきてるけど、なんかレアルードって心配性っぽい気がするからなぁ。


 とか何とか考えて、最後に回復系統の魔法を試してみようと『記憶』を探った。


 回復系も他の魔法と同じで、範囲とか威力で段階が分かれている。……違うな、分かれているというよりも、その方が使うのに便利だからそうしてるっぽい。とりあえず使いやすいように区切りをつけておいてるみたいな……上手く言えないけど。

 まあとにかく、威力も範囲も中程度の回復系魔法を『記憶』から引っ張り出して、私はそれを発動させるための魔法陣を宙に描いた。

 『記憶』の中の魔法陣を想起すれば、指先は独りでにその図形を生み出す。自分の意思の外で身体が動く現象には、多分もう慣れるしかないんだろう。

 ……やっぱり気味悪い、ていうか気持ち悪いけど。


 別に魔法陣を描かなくてもいいんだけど、暫くは魔法陣と呪ありで魔法を使うことにしようと思っている。まあ、そうする余裕があるときに限るだろうとは思うけど。

 だって切羽詰ってるときにいちいち魔法陣とか描いてられない。魔法陣を自分で描かずそのまま出現させることも出来るらしいから、そっちもその内やってみよう。


 ぼんやりそんなことを思ってる間に魔法陣を描き終わったので、呪を紡ぐために小さく口を開いた。


 『呪』は明確に決まってるわけではなく(まあそう言ったら『魔法陣』も絶対的な形状があるわけじゃないみたいだけど)、『私』がそれをその『魔法』が発動するためのキーみたいなものだと認識していればそれでいいらしい。

 『シーファ』の『呪』ももちろんあったんだけど、なんかちょっと……『私』が口にするのは難しいというか恥ずかしいというか、……いかにも『魔法使い』な『呪』だったのだ。

 だから別に『呪』を決めることにしたのだけど、ある程度それっぽくて、且つあんまり恥ずかしくない『呪』というと結構限られてくるわけで。自分のセンスに絶望的な気分になるけど、これはもう仕方ないと思う。



「――『癒しを』」



 呟けば、宙に浮いていた魔法陣が一瞬で光の粒子に変化し、ぱっと周囲に拡散した。次いで私を中心として地面に巨大な魔法陣が現れる。

 大きさは空き地(?)より少し小さい程度だ。魔法陣の範囲が魔法の効果範囲だろうから、結構範囲が広い気がする。


 ……それにしても、果たしてこの視覚効果は何か意味があるんだろうか。RPG的エフェクトにも程がある。最初から大きい魔法陣が展開すればいいと思うんだよね。せめて光の粒子っぽいエフェクトがなければ発動までの時間短縮にもなると思うんだけど。


 そんなどうでもよさそうなことを考えていたからだろうか、範囲指定の回復系の魔法――便宜上回復魔法と呼ぶことにする――が発動すると共に広がった光景に、私は即座に反応できなかった。



 目の前に広がる大量の緑と、そこかしこに散らばる赤やら白やらピンクやら紫やら――色の洪水といっても過言ではないそれはどこからどう見ても。



「花……?」



 それ以外の何物でもなかった。


 さっきまでは踝ほどまでしかなかった雑草その他は膝辺りにまで伸びて、そこかしこで影も形も見当たらなかった花が咲いている。ぽつぽつ立ってた木にも青々とした葉が茂り、花だけじゃなく実までつけている始末だ。


 明らかに、異常。


 原因が何なのか――なんて、考えるまでもなく分かる。




 ……やってしまった……!




 植物にも回復魔法って効くんだ?! ……あれ、でも『シーファ』の記憶だとこういう現象起こったことないみたいだったのに。それ以前になんで回復魔法で花が咲くの!?


 ええと、そうだ、とりあえずこれどうにかしないと。そのままにしてたら何の怪奇現象だって感じだし。ああでも抜いたり枯らしたりするわけにもいかないよね。


 おろおろとしながら解決策を模索する。しかし良い案は思いつかない。


 と、そのとき。



「わーあ絶景ー」



 ぱちぱちぱち、と気の抜ける拍手と共に聞こえてきた声に、ぎくりと肩を強張らせた。

 声のした方を振り返れば、見知らぬ人間がこちらを見て笑みを浮かべている。



「……誰だ」


「通りすがりの謎の剣士ー……いやいや冗談だからそう剣呑な目ェしなさんな。お綺麗な顔が台無しよ?」


「誰だ」


「うっわー丸無視かい。……あーはいはいちゃんと答えますって。オレはタキ。旅人ってか剣士?」



 いっそわざとらしいくらいに軽い口調と仕草。目に鮮やかな赤い髪と、内面を窺わせない金色の瞳。均整の取れた身体つきと隙のなさは、彼が佩いている剣が飾りではないことを示している。

 警戒を強めて見つめれば、「おー、怖い怖い」と肩を竦めた。絶対おちょくってるよねこの人。


 もしかして魔法使ってるとこ見られた? っていうかなんでこの人結界内にいるわけ!?

 結界の要である札に目を走らせる。……異常はない。結界に揺らぎもないし、きちんとその役目を果たしているようだ。


 と、いうことは。



「……無効化か」



 『シーファ』の記憶によると、特定の条件を満たすことで『魔法』を無効化できる人間が稀にいるらしい。この男は恐らくそれなのだろう。



「ご名答~。……ところで訊きたいことがあるんだけど」



 こちらに向かって歩きながら男が言う。だけど答える義理なんてないので無言を貫く。

 それに気を悪くした様子もなく、男――えーと、タキさん? ……もういいや、呼び捨てで。タキはさらに近づいてきたかと思うと、唐突に手を伸ばしてきて。



「アンタさ、何隠してんの?」



 『シーファ』の、さらさらとした長い銀髪を手にとって、息がかかるほどの近距離でにやりと笑う。



 ――…まずい!



 よくわからない衝動に従って、無理矢理に距離をとる。少し髪をひっぱられる形になったので痛かったけど、優先すべきはタキから離れることだったから仕方ない。



「逃げられちゃった」



 残念、と笑うその目は未だに獲物を狙う獣を髣髴とさせる。気は抜けない。

 今タキに近づかれるのはまずい。何故なのか、明確にはわからないけど。ただ、頭の中で絶えず警鐘が鳴っているのだ。


 そして同時に湧き上がるのは、疑問。



(何故ここに、)



 『私』じゃない。『シーファ』の、――記憶?



(タキに逢うのはもっと後のはずなのに――)



 まるで映画のコマ送りみたいに、断片的な映像が脳裏に閃く。

 『シーファ』とピアとレアルード。盗賊に荒らされる村と、連れ去られる女達。レアルードに縋り付く老婆。盗賊の根城。捕まったピアと、『シーファ』に下衆な視線を向けてくる男。悔しげに歯噛みするレアルード。地面に落とされた剣と、同時に発動した魔法。怒りに瞳をぎらぎらとさせながら『シーファ』の喉元に剣を向ける盗賊の首領。皮一枚分切り裂かれて流れた赤と、吹き飛ばされた首領の姿。剣を納めながら振り向いた赤髪と金瞳の――。



 それは、『シーファ』にとっての、過ぎ去った『未来』。


 あるはずのない、『記憶』だった。

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