第3話 はじまりの日・2



 とりあえず滞りなく魔王を倒す旅に出ることができた。


 ちなみに思い出せなかった旅の仲間三人目はピアという名前の女の子だった。ウェーブのかかった栗色の髪と新緑のような瞳を持つ、可愛らしい、だけどちょっと気が強い感じの女の子。なんだか私……シーファに対して当たりがきついのが玉に瑕だ。

 武器は弓。後方支援二人に前衛一人って言うのははたしてバランス的にどうなんだろうかと思わなくも無いけど、どうやらレアルードはかなり強いようなので大丈夫だろう。


 よくあるRPGの王道っぽく、まずはちょっと離れた村だか町だかを目指すらしい。そして今現在はその道行きの途中なのだけど。



 …………なんだろうこの空気の悪さ……!



「リリスの町まではあと一時間くらいだ。このまま休まず行くつもりだけど、大丈夫か? 朝も様子がおかしかったし……」



 心配だ、と言う感情を顔全体で表しながら、レアルードが話しかけてくる。それに当たり障りの無い言葉を返しながら、斜め後ろから感じるどう考えても好意的ではない視線について考える。

 その視線の持ち主はもちろんシーファではないし、レアルードでもない。

 ごく簡単な消去法で導き出される結論は、私に内心で首を傾げさせるには充分だ。


 シーファの記憶の中に、ピアの情報は殆ど無い。それはつまるところ、ピアとシーファの関わりがあまりなかったことを示す。

 シーファの記憶を探ってみても、彼女と会話したのは両の手で足りる程度の回数だった。シーファはあの森の中の家にほぼ引きこもっていたのだから。


 そんなシーファにやたらと会いに来ていたのがレアルードで、どう考えても人好きがするとは言えないシーファに対しても嬉々として話しかけ、外に連れ出し、時には家に泊まり込み――そんなレアルードを、シーファは結構気に入っていたようだ。なので邪険にすることも無く、それなりに仲が良かった、と記憶が告げている。


 そしてここからは私の推測なのだけど、ピアはレアルードのことが好きなんじゃないかと思う。なんか私に向けられてる感情って嫉妬っぽいし。

 なんでシーファに嫉妬なんてするのかは疑問だけど。

 だってシーファは無性体だけど、どうやら対外的には男で通していたらしいのだ。まあ、胸がない――貧乳とか言ってごまかすのも無理なくらい真っ平らなのだから、女と偽るより男と偽る方が簡単だったのだろう。


 どうやらこの世界に無性の人型種族はいないようだし、そもそもシーファはエルフ(この世界においては伝説上の人型種族で、まぁ概ねゲームとか漫画とかに出てくる『エルフ』のイメージで合ってるっぽい)であることも隠しているのだ。

 とにかく人外であることをひた隠しにしていたようなので、男であると思われたところで特に問題もないし、誤解を放置していたのだろう。


 ともかくもレアルードやらピアにとって『男』であるはずのシーファを、何がどうして恋愛的な嫉妬対象として見ることが出来るのだろうか、ピアは。

 まさかレアルードが男色家であるわけもあるまいし。……え、ない、よね?


 ちょっぴり不安になりつつも、さらに考えをめぐらす。実際のところ、ピアが嫉妬を向けてくる理由が全く予想できないわけじゃない。しかし、恐らくは理由の大部分を占めるだろう問題は、私にはどうしようもない部類のものだ。


 まあいいかと考えを打ち切る。ぎすぎすした雰囲気はちょっと、いやかなり精神に負担がかかるだろうし、視線が気になって仕方がないけど、そのうちどうにかなるだろう。別にシーファとレアルードは特別な関係というわけじゃないのだから。

 もしかしたらレアルードとピアが恋人同士になるなんてことがないとも限らない。RPGのお約束的にも有り得そうだし。なんていったって初期パーティメンバー(仮)だ。


 でもそうなるとシーファがお邪魔虫になるなぁ。新しいパーティメンバー早く増えないだろうか。


 そんなことを考えつつ、そして度々声をかけてくるレアルードに適当な言葉を返しつつ、歩を進める。

 っていうかレアルード、シーファにばっか声かけてないでピアも気にかけてあげなよ! 女の子なんだし!


 ……いや、こうもレアルードが心配してくる理由は分かっている。



 私が転ぶからだ。



 いや別に、私がドジっ子なわけじゃないよ!? 

 考えてみればすごく単純なことだけど、どうしようもない――恐らく『出来る限りのことをし』てくれたシーファにも、どうすることもできない問題があっただけのこと。


 『私』と『シーファ』のリーチが違うのだ。というか全体的に違いすぎる。

 『私』よりも長い手足、エルフだからなのかはわからないけれど鋭すぎる五感、すべてが強烈な違和感として私の感覚を混乱させる。

 普通に歩こうとすれば長さの違いでつんのめるし、耳が良すぎて音がごちゃごちゃして気持ち悪いし……挙げればキリがないほどの違和感のせいで、顔色悪いし声に力ないしふらふらしてるし時々転びかけるという、到底元気そうには見えない、色々な意味で『様子のおかしい』シーファが出来上がってしまったわけだ。


 だからレアルードはシーファが具合悪いんじゃないかとかなんか無理してるんじゃないかとか思って、気にかけてくれているんだろう。多分。


 だけどこればっかりは慣れるしかない。理由は言えないし、実践で慣れるのが手っ取り早いだろうし。

 まあ、体調悪いんだという風に誤解してるみたいだから都合がいい。多少変な言動しても誤魔化されてくれそうだ。


 ……ああ、でも私を気にかけるくらいならピアを気にかけてあげてくれないかな本当。


 善意なのはわかるけど、ただでさえ気を張ってないといけないのに心配そうな目で絶え間なく見られるのはちょっと精神的にキツい……!





 何の苦行だろうと言いたくなるような時間を経て、第一の目的地だった『リリスの町』とやらに着いた。

 『町』というだけあって、レアルード達が暮らしていた村よりも大きいし、道も整備されている。石造りの建物と木造りの建物が混在していて、やっぱりどこかファンタジーっぽい。


 普段だったら絶対におのぼりさんの如くきょろきょろうろうろする自信があるけど、今現在の体調と状況的にそうできなかったのは良かったのか悪かったのか。


 既に限界ギリギリだった私を見兼ねてか、ものすごく迅速にレアルードが宿をとってきてくれた。

 ピアの視線が痛いけどものすごく有難いよレアルード……! 今ならハグで感謝を表したって良い。……いや、単にそろそろ歩くの辛いだけです。寄りかかりたい。でもピアが怖いからやらないでおく。


 幽霊さながらな感じでふらふらと宿に向かう。よっぽど死にそうな顔色だったのか、途中でレアルードが肩を貸してくれた。視線に殺傷能力があったら十回くらい惨殺されてそうな視線をピアから受けたけど、拒否できるほどの余裕はもうなかったので厚意に甘えさせてもらった。


 っていうかありえないよこの頭痛と吐き気。鋭敏すぎる五感には早く慣れないとまずそうだ。正直ここまで影響が出るとは思わなかった。


 辿り着いた宿の一室でベッドに寝転がる。なおも心配そうなレアルードと射殺しそうな視線を放つピアをなんとか言いくるめて部屋から追い出し、溜息を吐く。


 目を閉じてすぐに、夢に落ちた。




 目の前に鏡があった。そこにはすごく申し訳なさそうな顔をした『シーファ』が映っていて、彼は口を開いて何か言う。だけどその言葉は聞こえなくて、私は首を傾げた。

 しばらく何かを言い続けていたシーファは諦めたように首を振る。そしてシーファが空中に魔法陣みたいなのを書いて、それがふわりと私の方に移動してきて――。


 ちょうど私の心臓の真上に触れたところで、目が覚めた。




「変な夢……」



 呟いて、どのくらい眠っていたのだろうと窓の外を見る。町に着いたときはちょうどお昼時だったはずだから、多分一時間も経っていないだろう。多分レアルードとピアはご飯でも食べてるだろうし、もう少しこうしていよう。


 ……あ、でもこれ一応旅装なんだから着替えた方がいいのかな。なんか部屋着的なものくらい荷物の中にあるだろうし。


 ベッドから降りて荷物を探る。難なく見つかった部屋着っぽいものに着替えようと袷を解いて、目に入ったものの異様さに凍りついた。


 殆ど上半身全体に及ぶ、全体像を把握できない複雑な文様。そして心臓の真上に、それより小さな、夢で見たのと同じ魔法陣らしきものがあった。



「なに、これ……」



 指先で辿ってみてもそこにはただ肌の質感があるだけで、それがむしろ異様さを際立たせていた。

 大きい方の文様――恐らくはこちらも魔法陣のような形状なのだろう――は黒色で、だけどうっすらと赤く発光していた。小さな魔法陣の方は淡く青色に光っている。


 青色の魔法陣はしばらく鼓動に合わせるように明滅していたけど、じっと見ている間にすうっと身体に溶けるように消えた。同時に黒色の文様の発光もおさまる。


 気付けば眠る前まで感じていた違和感の全てが跡形もなく消えていて、頭痛と吐き気も感じなくなっていた。


 それが青色の魔法陣のおかげだということは何となく分かったので、とりあえず袷を元に戻す。そしてしばらく悩んだ後に、少し外に出てみることにした。

 まだレアルード達が帰ってくる様子はないし、一応書き置きでもしておけばいいだろう。それに色々確かめたいこともある。


 荷物の中にあったメモ用紙っぽいものに少し出かけてくる旨を書き綴り、部屋に備え付けらしいテーブルの上に載せて、荷物を持って宿を出た。


 ちなみに、この世界の文字は私が知っているどの言語とも違うものだった。とりあえず絶対に日本語ではない。だけど、誰かに伝える目的で文字を書こうとすると手が勝手にこの世界の言語に置き換えて書いてくれるので、伝わらないということはないだろう。

 『シーファ』が何かしてくれたんだと思うけど、自分の意思の外で手が文字を綴るのは、ちょっと気味悪かった。便利だけど。

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