第5話 第一次接近遭遇・2
現実のものでない映像が途切れる。それを見ていた時間は瞬きに等しいほど短かったはずなのに、とても長い時間に感じた。
視界の中でタキがこちらに再度手を伸ばしてきたのを見て、後退る。まだ視界が定まらない。夢の中にいるみたいにふわふわする。
頭の中に浮かんできた魔法陣を顕現させ、小さく呪を紡いだ。一時しのぎだけどやらないよりましだ。
伸ばされた手が静電気にでも触れたかのように弾かれる。タキが楽しげに笑みを深めた。
「へえ、やるじゃんアンタ。そこまでして隠そうとしてること、気になるなー」
『隠している』……そう、隠しているのだ。『シーファ』がほぼ恒久的に展開させている『魔法』――幻術によって隠されているのは、エルフの特徴。尖った耳を見られれば即座に人外であることがばれるから、『シーファ』はそれを隠した。
幻術は一度でも破られれば、同じものは効かなくなるらしい。今ここでタキに幻術を無効化されると、確実にエルフだとばれる。
『今ここで』ばれるのはまずい、と『記憶』が告げる。
なんなんだろうこれは。『シーファ』は思っていた以上に面倒くさい……じゃなかった、複雑な身の上だったらしい。
とにかく一旦タキから逃げればいいんだろうか。とはいえこの状況で何をどうすれば逃れられるんだろう。流石に人間に向かって強力な魔法を使うのは嫌なんだけど。そもそもタキは魔法無効化できるようだし。
これぞ袋小路? 八方塞? どうすればいいんだろう本当に。
とりあえず結界を解除しよう。ここはいわば隔絶空間になってるから、そのままだと他の人の介入も期待できないし。
札に向かって物質を消滅させる魔法を放つ。作成者=シーファ(私)の意思の元で放たれた攻撃だから、何の抵抗もなく届いた。ぱっと塵一つ残さず札が消え去る。
……この魔法、生物に向かって使えるとしたらものすごい凶悪だよね……。『記憶』からすると使えないこともないっぽいのが怖い。『シーファ』、使ったことあるのか……。
札が消滅すると同時に結界が解け、音が戻ってくる。鳥のさえずりとか人のざわめきとかそういうの。宿の食堂からだろう、食べ物の匂いも漂ってきて、そういえばお腹すいてるなーとか思った。
いや、それどころじゃないんだけどね?
結界がなくなったことにも頓着せず、タキは底の見えない笑顔でこっちを窺っているし。ちょっとでも隙を見せたら襲い掛かられそうだ。鷹とか豹とかそんな感じで。
方や笑顔、方や無表情で睨みあう。体感的には三十分位経った気がしたけど、せいぜい一分か二分くらいだろう。……精神力のポイント(ゲームのHPみたいなの)とかあったらガリガリ削れてるよ絶対。
どうにもこうにも仕様がない膠着状態を打破したのは、意外な人物の登場だった。
「……っシーファ!」
声と共に唐突に白銀が閃いて、タキが後方に飛び退った。
急いで駆けつけたんだろう、少し乱れた金髪。『シーファ』を庇うように立ったその手には抜き身の剣が握られている。
「レアルード……?」
なんでここに。
「ナイトのご登場~、ってか?」
ふざけた調子でタキが言うと、レアルードの纏う空気が鋭さを増した。……ていうかこれは明らかに殺気放ってるよね!? なんで!?
まあ傍から見て『シーファ』とタキが仲良しこよしに見えなかったのは確かだろうけど、殺気まで放つことはないよね? 牽制なら最初の一閃で充分だったはずだし。
そんなにタキが危険そうに見えたのかな……警戒はしてたものの生命の危機は全然感じなかったんだけど。
だって。
「レアルード、剣をしまえ」
どうしてだ、と言いたげな瞳をレアルードが向けてくる。それでもタキに対して警戒を怠らないのはすごいなぁ。意外とレアルードって戦い慣れしてる?
「殺気を向けるような相手じゃない」
言ってから、なんかこれじゃタキが雑魚だって言ってるようにも聞こえるよね、と気付いたけど、幸いにもタキもレアルードもちゃんと私の言いたいことを汲み取ってくれたみたいで、怪訝そうな表情になった。
さて、どう説明すべきか。
『シーファ』の記憶から分かったのは、タキは後々仲間になる人材だってことだ。
二人に本気で戦われるのは困る。人間関係に響くかもだし。
何故なのかはまだ分からないが、『シーファ』はこの『旅』を一度どころか何度も繰り返しているらしい。『ループ』してるのだと言ってもいい。
だからこの『旅』の最中に起こることの『記憶』がある。だけど『私』が『シーファ』の身体に入ったことで本来の『シーファ』がしない行動をしてしまったために、『シーファ』の予期しない出来事――今ここでタキに出会うこと――が起こってしまった。
どこまで『シーファ』が辿るはずだった(あるいは辿った)道筋を外れていいのかがわからないので、洗いざらい喋ってしまうわけにもいかない。というかそんなことしたらただの頭のおかしい人だ。
とりあえずうやむやにしちゃえばいいか。
「どう見えたのかは知らないが、彼は私に危害を加えようとしたわけじゃない。触れられそうになったのに、私が過剰反応してしまっただけだ」
一応、事実だ。実際タキは私を傷つける意思はなかったはずだし。
「じゃあどうして結界なんて張ってたんだ」
「少し一人で考えたいことがあって、」
「だったら別に部屋の中でも良かったんじゃないのか」
「外の空気を吸いたい気分だったんだ」
なんか糾弾されてるような気がするんですが。雰囲気が怖いよレアルード。
「なんで俺が戻るまで待たなかった? この男がそうじゃないとしても、他の誰かに襲われる可能性だってあっただろう。お前は体調を崩していたんだし」
「だから出るのは宿の敷地内のみに留めていたんだ。……そういえばレアルード、ピアは」
レアルードと一緒に行動しているはずのピアの姿が見えないと思って問いかければ、レアルードは「そんなことはどうでもいい」と言い放った。
え、ちょ、それはないだろうレアルード。ピアは弓術が使えるとはいっても女の子なわけで。そしてこの町は比較的治安が良い方だとはいえ、素行の悪い人々もいるわけで。というか曲がりなりにもパーティメンバーに対して『そんなこと』って……!
「いや、どうでも良くはないだろう。ピアはどこにいるんだ。宿の中か?」
それなら安心なんだけど、と希望的観測をもって訊いたのに、レアルードは表情すら変えずに「さあ」と言った。
「お前が魔法を使ったのを感じ取ってすぐここに向かったから……最後にいたのは雑貨屋だと思うが」
曖昧な言い方だ。きっと、殆どピアに意識を向けてなかったに違いない。……あんまりそう思いたくないけど、もしかしたら『シーファ』のことを心配していたからかもしれない。
多分、結界を解いたことで『魔法』の残滓を感じ取ったんだろう。レアルードは人の心の機微には鈍そうだけど、戦いに関することには鋭そうだ。
っていうか鈍いにも程があると思うんだ、レアルード。絶対ピアはレアルードと二人きりで喜んでただろうに。空気読もうよ。
「もしもーし、お二人さん?」
不意にかかった声に、はっとする。ちょっと存在忘れかけてた。
「何だ。用がないのなら去れ。用があっても去れ」
先に言葉を返したのはレアルードだった。っていうか、あの、ものすごい敵意を感じるんですが。用があっても去れってそんな。
「うわ、警戒心バリバリだなアンタ。……なあ、アンタ達旅人だろ? 話し聞いてる限り三人組の」
「…………」
レアルードは無言だ。さっさと消えろと言わんばかりの雰囲気だ。でもタキは全く気にする様子もなく言葉を続ける。
「一人は女だろ。で、そこの美人さんは魔法使い。アンタは剣士だな?」
にこにこ、というよりにやにやと笑うタキ。一体何が言いたいんだろうか。
「オレは一応剣士なんだけど、――オレを仲間に加える気、ない?」
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